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【感想】虚ノ少女《NEW CAST REMASTER EDITION》
ブランド : Innocent Grey
発売日 : 2020-08-28
原画 : スギナミキ(杉菜水姫)
シナリオ : 鈴鹿美弥
⚠️ここからネタバレあり⚠️
◾️ネタバレ感想
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推理ミステリーの傑作
殻から虚へ見事に繋がった
★はじめに
『殻ノ少女』シリーズの本番はここから。
前作『殻ノ少女』の”瑠璃の鳥エンド”を見届けた先にあったものは、主人公・玲人と同じく冬子への強烈なパラノイアでした。
たかがゲームに偏執って…と思う人もいるでしょう。
ですが、ED曲「瑠璃の鳥」を聴きながら流した涙には言葉にならない複雑な感情と、どうしようもない喪失感があったのは間違いないわけで、パラノイアに囚われてしまうのも仕方無しでした。
もともとの予定は『殻ノ少女』クリア後に軽めの作品を一本挟むつもりでしたが、瑠璃の鳥エンドを終えてタイトル画面に戻る際のメッセージを見せられたら、それはもう無理な話しでしたね。
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黄橙のパッケージを開封して目に映るのは穏やかな表情で眠る雪子の姿。でも無彩色に支配され彩はほぼ無く、唯一の色はリボンの深い藍色くらい。
そう思うと、色を失った虚ろなビジュアルにも思えてくるんですよね。
クリアした今なら「虚」を感じてしまうわけです。
さて、今回は『虚ノ少女』のネタバレ感想でございます。
初版の発売は2013年ではありますが、自分が所有しているのは2020年にリニューアルされた《NEW CAST REMASTER EDITION》なので、通称「RE版」に準じた感想となります。
続編という性質上、前日譚の『カルタグラ』と前作『殻ノ少女』のネタバレも含まれます。
念のためにご注意を。
今回は書きたいことが膨大になってしまった為、優先順位の消去法で真崎と紫、雪子などの重要キャラについては省かせていただきました。
その代わり感想の後半では、数奇な運命に囚われた裏のメインヒロインである理子についてと、静かな存在感を放つ圧倒的メインヒロインの朽木冬子について思う事を記させていただきました。
恐らく間違った解釈もあるかもしれませんが、どうかご容赦いただければと思います。
それではどうぞお付き合いくださいませ。
殻ノ少女シリーズ前日譚となる『カルタグラ』と、前作『殻ノ少女』のネタバレ感想も良ければ併せてお読みいただければと思います。
★前作以上に複雑化したミステリー
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本作のミステリーの特徴は”ヒンナサマの祟り”という土着的因習と、それを取り巻く近親関係の歪さを中心としていました。
人形集落を舞台としたミステリーは時を超え、玲人の人間関係にまで及び、さらに虚ろとなった雪子の事件まで加わります。
複数の事件が同時進行で進み複雑に絡み合いながらも、最後には見事な決着を見せるだけでなく、殻ノ少女から続く冬子への偏執の果てまでも見せてくれました。
いやーお見事だった…ってのが素直な感想です。
もう少し細かく語るならば、物語が進む中で細かな伏線が配置されるので、真相の先読みがそのまま推理する楽しさとなり、玲人と一緒になって事件を解き明かしていく気持ち良さがありました。
また、過去編の出来事は”ヒンナサマの祟り”とする人形集落の人々の狂信さと、土着因習の歪さがそのまま読み進める楽しみとなりました。
さらには『カルタグラ』の天恵会や『殻ノ少女』での葛城シンも関連し、物語はドロドロに溶けあってどんどん出口が見えなくなっていきます。
それなのに不思議と物語の展開を追うことに大きな混乱はなく、理解しやすいとさえ思えました。
過去と現在の関連性を考え「事件NOTE」を眺めては、あーでもないこーでもないと推理を巡らせたものです。
これがとにかく楽しかった。
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過去の出来事と現在の事件を繋ぐ謎を追うことで、複雑な人間関係が詳らかにされていく展開は、玲人が言う「探偵とは他人の秘密を暴く仕事」の如くであり、その秘密とされた理由にもしっかり物語が存在しているのが素晴らしかったと言えます。
TRUEエンドに至るまで強制的に2周することになりますが、物語の理解度が上がった状態で読む2周目は特に重要だったと思います。
スキップせずにしっかり読むが本作の正しい嗜み方で、解像度の高さゆえの細やかな心情や、伏せられていたモノローグが語られたことにより、全てのピースがガチっとハマる快感がありました。
今回は攻略サイトに頼らず自力で攻略したのでクリアまでに43時間も掛かりましたが、事件を解き明かした達成感は思ってた以上に充実したものでした。
前作よりも難易度がコントロールされていたとは言え、推理した通りに物語が進んでいく高揚感は脳汁がドバドバで、物語の展開そのものを堪能出来たなと思います。
だからこそ、不意打ちでもある冬子との再会には言葉にならない喪失感を覚えてしまうわけで…。
これは別項にて語らせていただこうと思います。
★薄れた狂気性と、濃厚となった異常性
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物語の中心となる連続殺人事件の真相だけ言ってしまえば、花恋の引き起こした兄である理人への妄執なので、黒々とした狂気性は前作より少しだけ薄れたようにも思えます。
そう感じてしまうのは恐らく物語が花恋にフォーカスされていなかったのが理由かもしれません。
花恋の心情を考えると、カルタグラの由良と同じく「妄執と狂気に至る愛」であったことも否定は出来ません。本質は異なれど、歪な愛であったことは間違いありませんので。
ただ、由果が殺された経緯はあんまりだと思いますけど…。
それよりも語るべきは、本作にて決定的になった『殻ノ少女』シリーズの闇と言える近親交配の異常性でしょう。
本作で言うならば雛神家の因習然り、理子と皐月の出生然り、千鶴と文弥然り、そして未散の出生然り。
子を成す成さないに関わらず近親交配という禁忌が歪さの極みとなっており、ここに物語の深い闇があるように思えます。
前作を振り返れば冬子の出自もそうでした。
一部の”想い”だけ切り取れば決して全てを断ずることは出来ませんが、それでも禁忌の領域に足を踏み入れた異常性は底知れない闇を感じるわけです。
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本作の背徳は他作品でよく語られる”いけないものであるという甘美さ“などは一切なく、ただただ現実に起きた出来事として突き付けられる緊張感と恐ろしさがありました。
その禁忌を当たり前としている一部の人々の因習こそ真の闇であったのは間違いありません。
このドロドロ具合がたまらないわけで、本作を影から支える歪な魅力であったとも言えます。
ただ未散の出生に関しては複雑な思いがあるので、簡単に禁忌であったと断ずることは出来ませんけどね。
★時坂玲人という主人公の価値
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前作『殻ノ少女』でも感じましたが、やはり時坂玲人の魅力は凄まじいものがありました。
真崎視点で物語が進むと何故かハラハラさせられるのに、玲人視点になった途端に圧倒的な安心感があると言いますか…。
探偵としてのカッコ良さだけでなく、時坂玲人という人間が醸し出す男としてのカッコ良さがあるんです。冬子への偏執すら哀愁となってしまうので、弱点すら含めて魅力的に写りました。
それでいて妹想いの兄でもあるんだから隙無しです。
本作では冬子の偏執に苛まれながらも、探偵として他人の秘密を暴くことに対し強い信念を感じました。ただ暴くのではなく、渦中の人々が囚われた偏執を絶つことで当事者たちの心を救っているんですよね。
それでも事件の被害者を救えなかったことを悔い、自分に出来ることは何かを追い続けている。
なんて言うか、惚れるんですよ。
寂しさゆえの傷の舐め合いという杏子との関係も、人生経験豊富な大人ならではの情事とも受け取れますし、大切な存在なのがよく分かります。
お互いを縛らないような、心と身体だけの関係がアダルトで良いんですよね。
また、TRUEエンド以外で雪子と歩を抱いた経緯もある意味大人の対応。本来であれば”ありえない選択”だったとしても、何故か玲人ならば良いかな…なんて思えてしまうような、大人の男としての魅力と思てしまうチート具合がありました。
主人公を好きになることは、物語を読み進める大きなモチベーションとなり得ると思います。
彼の見ている世界、彼の考え、彼の行動そのものを好意的に受け取る理由になるんですよね。
本作においては物語への没入感にも直結していると思われます。
その意味でも時坂玲人の存在は非常に大きな価値があったと思っています。
★理子について想うことを語りたい
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個人的な主観で語るならば、本作でフォーカスされたのは理子の数奇な人生と、それに派生した偏執だったと思います。
物語の中心に座していたのは理子なんですよ。
生まれながら影の存在として育てられた彼女は、雪子と同じく『虚ノ少女』のタイトル通り虚ろな存在で、自分自身を持たない空っぽな存在だったと言えます。その為に”自分だけのもの”を欲していたように思えます。
影の存在であるからこそ、「理子」という自分の名前のみが唯一の持ちものだったと言えるのでしょう。空っぽな自分と向き合うほど、表の存在である皐月への憧れや嫉妬が闇となっていったのかもしれません。
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そんな彼女にとって理人は”虚ろな自分を埋めてくれる”希望の存在でした。
皐月への憧れや嫉妬を決定的にしたのも、理人を愛を欲してしまったことが理由に思えます。
ただ運命とは悲しいもので、理人を好きになったことこそ苦難の人生の始まりとなりました。
そして皐月にとっては、理人を好きになったことが人生の幕引きとなってしまったわけです。
本編の物語だけを読んだだけならば、正直言って理子が抱いた理人への感情は、あくまで自分だけのものを欲するエゴイズムのように思っていました。
もちろん彼女の境遇を考えれば擁護せざるを得ませんでしたが、それでも理人の愛を手に入れること以上に、”自分自身の肯定”の比重が大きかったように感じたんですよね。
ただこの考えは間違いであったと、付属された短編小説『流し雛の邂逅』を読むことで明かされました。本編では語られなかった理子の空白の期間の心情が良く分かるんですよね。
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「教えてください時坂さん……好きになった人と一緒にいたいという願うのは罪なのですか……?」
冬美となった理子が玲人に語ったこの言葉に嘘はありません。理人をどれだけ好きだったのか、お腹に宿した新たな命を知った時にどれほど生きる希望となったのか。
そう思うと、本作に限ってのメインヒロインは理子だったと思えてきます。
まさか美砂や由良と出逢っていたのは驚きでしたが、これも彼女たちの数奇な運命が導いた悪戯なのかもしれませんね。
理子にとって我が子を想う母としての自覚は間違いなく自分自身が獲得したものであり、虚ろだった彼女は人格矯正から茅原冬美として生まれ変わったのだと感じます。
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その証明となるのが雪子と共に過ごした時間であり、実の娘と別れた哀しみを背負いながらも、雪子の母として芽生えた愛情が、かつて空っぽだった少女の心を救ったように思えるんです。
だからこそ、再び巡り逢った娘の未散を抱きしめる描写は心に響くものがありました。
理子は遠回りはしたけれど、この先は雪子だけでなく、実の娘である未散の母として再び生まれ変わろうという想いを感じ取れます。
どうか理子と雪子と未散が幸せになれる未来がありますようにと願わずにはいられません。
そしてこの流れから迎えるNormalエンドには、何とも言えない切なさがあって本当に素晴らしい。
運命のいたずらで再び巡り逢ってしまった理子と理人は今では冬美と真崎であり、お互いに違う人生を歩んでいるのだと淡々と語りかけてくるんです。
生きるとは変化する事だと言いますが、まさにですよね。
それが真崎のモノローグに表れていました。
彼女は茅原冬美としての人生を送っている。
そして自分は、真崎智之としての人生を送るつもりだ。
理子と云う少女と、雛神理人と云う少年の物語は過去のものだ。
理子にとっての生きる糧は“理人との思い出”から“母としての自分”に取って代わりました。
そして真崎も雛神から離れ、新たな人生を歩んでいます。
二人にとって惹かれ合う感情は永遠の想い出であり、お互いにとっては過去のことなんです。
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最後に口にした金平糖のやり取りと、過去編での二人の睦み事とが重なる演出はお見事だったと言えます。
とても美しい幕引きでした。
余談ではありますが、理人だった真崎も理子への偏執による壮絶な過去を抱えてしまったと言えるので、真崎が幸せになるがあっても良いですよね。
それならば真崎は紫と結ばれて幸せになってもらいましょう。
次作『天ノ少女』ではどうかこの二人のロマンスを……。
★圧倒的な冬子の存在感
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TRUEエンドを見届けて感じる圧倒的な冬子の存在感。本作のメインヒロインは間違いなく朽木冬子でした。そして、裏のメインヒロインだったと言えるのが理子でしょう。
前作『殻ノ少女』を振り返れば、玲人が見つけた「本当の私」の答えは、決して数奇な運命や出自などに縛られたものでは無く「自分を探し続けた冬子は、どこまでも朽木冬子だった」の言葉通り、時坂玲人が出会った少女の朽木冬子そのもの。
そんな彼女の人生の最期を見届けるのが『虚ノ少女』だったのかもしれません。
これまでの事件の真相や理子の物語も、全ては冬子への偏執ゆえに、最後の最後に感情の全部を持っていかれました。
玲人の慟哭がプレイヤーの心の声そのものを表していたように思えます。
これを踏まえ前作『殻ノ少女』のタイトル画面のメッセージを思い返すと、どうしても言葉に詰まってしまいます。
自由と引き換えに希望を失った少女。しかし──
扉の先に希望がないと知りつつもアオイトリは光を求めて飛び続ける
”扉の先に希望が無い”を突き付けられながら、それでもアオイトリは光を求めて飛び続けた結末だったわけです。
冬子の生存は薄いと分かってはいても、心のどこかで生きていてくれるだろという淡い希望を抱いていただけに、現実を叩きつけられた喪失感は半端なかった……。
想い入れのあるメインヒロインの白骨死体を見るエグさには、流石に悔しさで涙が出ました。
あまりにも冬子が不憫すぎます。
さらにParanoiaエンドの幸せな光景が追い打ちのように現実を突き付けてくる喪失感。
ああ、どうしてこうなってしまったんだろう……。
この絶望に打ちひしがれながら、それでも僅かな救いはありました。
もちろんそれは冬子が産んだ新たな命です。
四肢を切断された身体のまま連れ去られ、命が尽きる直前に彼女が残した唯一の希望。
この事実があまりに衝撃的で、冬子を想えばとても哀しいのにどうしても嬉しくて、無事に情緒は破壊されました。
この新たな命こそ、冬子が生きた証なんですよ。
玲人を愛した幸せの証なんです。
しかもこの伏線は物語の冒頭から既に語られていました。
──泣いている。
この世に生を受けたばかりの命が、泣いている。
──ああ、よかった。
元気に生きてくれている。
とても──とても大切な、あの人の血を受け継ぐ子。
──生まれてきてくれて、どうもありがとう。
どうか私の分も、幸せになって下さい。
私はもう、長くは生きられないから──
産まれてきた我が子を抱き締める事すら出来ないから──
この想いすら、誰にも伝える事は出来ないから──
……休もう。
願わくば、次に目醒める時は、あの人の腕の中で──
物語の最序盤でファーストOP直前にあったこのモノローグと、四肢が無く腹を膨らませた女性は冬子だったわけです。
このシーンは黒矢尚織が「プルガトリオの羊」を書き上げた様子まで描写された超絶ネタバレシーンだったのに、あまりに序盤すぎて正直まったく気づいていませんでした。
てか、忘れてました……。
(セカンドOP直前のモノローグは恐らく理子だったのでしょう)
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今思えば、やたらと玲人と紫に懐いていた赤ん坊のシーンってかなり印象的だったんですよね。
そりゃそうですよね。だって冬子が生んだ血の繋がった家族だったんですから。
今さらながら冬子の生きた証を思い知らされてしまいました。
冬子にとって玲人との間に授かった新たな命がどれだけ嬉しいことだったのか。冬子のモノローグからその気持ちがよく伝わってきました。
だからこそ複雑な感情と相対しながらも、冬子の想いに涙が出ました。
そして本作クリア後のメッセージがこちら。
久しぶりだね。
ずっとあなたに逢いたかった──
また逢えなくなるのは寂しいけど
ずっとそばにいるから──
もう、私は寂しくないから……
変化したタイトル画面を眺めながら放心してしまいました。ああ、冬子……。
正直言えばこの結末をどう受け止めればよいのか分かりません。それでもきっとこのまま、冬子の想いを宿したアオイトリは光を求めて飛び続けていくのでしょう。
それならば、やはり幸せな人生を歩んだ結末だったと受け取るしかありません。
いや、幸せな人生を歩んで逝ったと思いたい。
そう思わないとあまりにも哀しすぎます。
どうか冬子と玲人の子供が幸せになれる未来がありますように。
どうかパラノイアから解放されますように。
■最後にまとめ
殻ノ少女シリーズ…とんでもない作品ですね。
まさか前作の瑠璃の鳥エンド以上のやるせなさを味わうことになるとは思ってもいませんでした。
ダンテの神曲ではありませんが「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」を理解したうえで挑むべき作品でした。
発売当時のプレイヤーにとっては次作『天ノ少女』発売まで7年待ったって事ですよね。
もうこんなの頭狂うじゃん…て。
パラノイア疲れするじゃん…て。
この喪失感と虚無感をどう言葉にすればよいのか、いやそもそも言葉にするとチープになってしまうのではないか……。
ネタバレ感想を書く理由というのは、物語から体験した感情の備忘録が最大の目的なわけですが、今抱えているこの感情を文章にすることなどとても無理な話しなので、徐々に抱えている感情が薄れてしまっていく未来を想像すると哀しくなってきますね。
それでもこの感想を読んでくださった方にとって、作品を振り返るきっかけになっていたならば嬉しく思います。
さてさて、これにて感想を書き終えたので次作『天ノ少女』のプレイを始めようと思います。
はたしてこの先にパラノイアからの解放はあるのか。
希望を捨てる覚悟をもって、それでも僅かながらの精神的な救いを求めて挑もうと思います。
では最後に謝辞を。
強烈なパラノイアを再び味あわせてくれたInnocent Greyのスタッフの皆様、作品に関られた全ての方に感謝を。
また、相変わらず主観だけで押し通した感想にお付き合いくださったあなたにも最大の感謝を。
ありがとうございました。