Little Black Dress
19-21歳という期間を過ごしたビックバンドの本番で何度も着た黒いドレスは、今の私にとってタイムカプセルのような存在。
お守りのようにひっそりと、ワードローブの奥に掛けてある。
私がそのドレスを着ることはきっともう無いけれど、あまりにも思い入れがあるので、やっぱりどうしても手放し難い。
愛着がある って、こういうことを言うのではないかと思う。
大学に入学した2016年の4月、学内の新歓イベントで一際目立っていた真っ黒な集団。
それが後に私を信じられないくらいに辛く苦しめ、そして何にも代えがたく愛してしまうことになる、ジャズ ビッグバンドの部員達だった。
バンドでは伝統的にドレスコードが黒と定められていて、ライブやイベントの際も全員が黒い服で揃えていて。集まるとなんとも怪しいので新入生の興味を引くには一役買っていたのかもしれないけれど、桜の舞う構内では異様に浮いていた。
なのにそれがステージとなると、楽器がよく映えて、途端に格好よく見えるので不思議だった。ドレスアップして演奏している先輩達の姿に、気付けば憧れていた。こっそりと。
春に入部した新入生の初ステージは、9月の頭に行われる秋ライブ。それを控えた夏休みに、私は短期留学で訪れたアメリカでこのドレスに出会った。
出会った、なんて言うと大袈裟だな。
普通にアバクロで売っていたもので、探してはないけど別に多分日本でも同じ物を買えたんじゃないかと思う。
だからそこでそれを買うことに拘らなくたって良かったのに、とにかく一目惚れしてしまったのでどうしても欲しくなっちゃって。
試着してみたらちょうど合うサイズがなくて、案の定脇の下が私には緩かったから一度は諦めて店を出たけど、やっぱり忘れられなくて再訪したのが懐かしい。
そんな経緯で日本に持ち帰ったドレスは、デビューステージを含むいくつものライブを共に乗り越え、三年生の11月、引退のライブまで、あのバンドで過ごした三年間の私をずっと見守ってくれることとなった。
目まぐるしい三年間だったなと、自分でも思う。
サックスという楽器とも、ジャズという音楽とも、部員という仲間達とも、全力で向き合った日々。
何がそんなに私を惹き付けたのかは分からないけれど、狂ったように夢中になって部活に取り組んでいたんだよね。特に部長になってからは、それはそれはもう入れ込んでいた。
四六時中バンドのために動いていて、遊びも疎かに練習ばかり。忙しい上に楽器の腕もなかなか上達せず、思うように行かないので嫌気がさすのも日常茶飯事。
誰に頼まれたわけでもないのに 一生懸命になりすぎたから、あの頃の私はいつも焦っていて、不安で、悩んでいて。正直ちっとも楽しくなんてなくて。
それでも頑張れたのは、ステージが好きだったからだ。
ステージで感じる、緊張とときめきの混じるあの独特の雰囲気は、言葉では形容し難い。
練習をして準備をして費やした時間に対して、本番はほんの一瞬で、あまりにも儚い。しかもそこで出せたものが全てで、練習でどれだけ上手く行っても、本番でそれができなければお客様には二度と届かないのだ。
だからその一瞬に、全てがかかってる。
そう考えるとかなりプレッシャーだけど、逆に言えば、どれだけ努力しても練習では届かないエネルギーを、誰かに与えられる唯一の場所でもあるのがステージ。
非日常的な体験がそこにはあって、めちゃくちゃ怖いのに、また立ちたいといつも思ってしまう中毒性がある。
それでも怖いものは怖いんだよね。前日くらいまでは楽しみで仕方なくても、本番前はあの独特な雰囲気に押し潰されそうになって。
そんな私を奮い立たせてくれるのが、あの黒いドレスだった。
最初にステージに立った時の感動が、ドレスの中にはずっと生きているのかもしれない。
着るとなんとなく背筋が伸びる気がして、「大丈夫、あの時もできたでしょ」「ステージに立つのが好きでしょ」って、そっと寄り添うように支えてくれるの。
冬用に長袖の服とかも用意はしてたけど、本当に大事なライブで手に取ってしまうのはいつもこのドレスだった。
年間にこなしていたライブ数は10以上で、新しいのが欲しくもなったけど、結局このドレスがいちばん頼もしかった。
だから引退のラストライブも、私はこのドレスで臨んだ。
今はもう、次のライブはない。
それでも手放せないのは、このドレスと一緒に過ごした時間が、今でも私の背中を押してくれるから。
思い入れがありすぎて、私の中でもはや服以上の存在になってしまったこのドレスは、あの春の日に憧れた黒い集団の一員として輝いていた私の分身。
辛いことも多かったけど愛おしいな。
いつの間にか過去になってしまった今でも、私の思い出で、経験で、自信だ。
決して丁寧に扱えていたわけではない。
本番の後は大抵疲れていて頭が働かなくて、洗濯機が回り初めてからネットに入れ忘れたことに気付いたこともあるし。結局最後までサイズは合わないままで、実は毎回脇の下を安全ピンでとめてたし。なんならそれを付けたまま洗ってしまったこともある。
だけどそれすらも、綺麗事でない、私のリアルな学生時代を象徴しているような気がするでしょ。
愛と憧れだけで動いていたあの時間は、ずっと私の宝物。
その時間を共に過ごした、戦友のようなドレス。
-Mayu
MayuとLittle Black Dressの写真は instagram @peepinstyle でご覧いただけます