「六麓荘までお願いします」
これを言いたいがために私は阪急夙川駅まで向かった。なお今回の愚行にかけた交通費は0円である。
1. きっかけ
修論発表を終え、卒業が確定し、追加で研究を進める気力も失せた私は、人生最後の自由な時間を手に入れた。とはいえ金も無尽蔵にあるわけがないので、実家でタダ飯を食らいTwitterを興じるなどニートさながらの生活を送っている。そんなある日、母から「これ余ってるんやけど期限今日までやしどっかで使ってや?」と一枚の券を渡された。
「長岡京市高齢者タクシー利用応援券」というらしい。祖母宛に届いたものらしいが、本人でなくても利用可能らしい。2000円分使えるとのこと祖母は基本的に母の運転する車でしか移動をしない。それに母も祖母の介護で忙しいし、弟はコミュ障なので運転手と二人きりになるタクシーなんてものに乗りたくなかったらしい。それで余りに余って期限である今日に旅好きの私の元に回ってきたという。
上のリンクを見ると対応している事業者の一覧が載っている。基本的に京都のタクシー会社がメインのようだ。
交通オタクとしては珍しい券なので是非にもこれを活用して謎移動をしてみたい。しかし2000円分で移動できる距離は高々6km程度らしく、使用できるタクシー会社も限られているようだ。タクシーを呼べるのはせいぜい主要ターミナルからだろう。すると京都で利用するのはもったいない。なぜなら京都の観光名所や行きたいスポットは市バスの1日券で回れる場所ばかりである上に、京都大学在学時代に散々行ったところばかりである。
タクシーを使わないと行けないところはあんまりなさそうだ。困った。
そこで事業者リストを眺め直すことにした。阪急タクシーがあるではないか。これなら阪急沿線沿いならどこでも利用できそうだ。しかも、私の祖母に阪急阪神HDの株主優待券をもらっているため、阪急線の駅ならどこでも実質無料で降りることができる。これは熱い。
そうだと決まれば即行動!と長岡天神駅までにきたはいいものの行き先が全然決まっていないことに今更気づいた。
阪急沿いでタクシー欲しいぐらいアクセスが悪い行きたいところ...と考えていて真っ先に浮かんだのは、伊丹市昆虫館だった。
しかし時間はすでに15:00。昆虫館のような屋内スポットは16:00とか17:00とかに締まるので、着く頃にはほとんどしまってしまう。
となると営業時間の関係ない屋外スポットに絞るのが良いだろう。
ハーバーランドは鉄道でアクセスできるからうまみもないし...うーん、行きてえけど行ったことがないところ...うーーん...
その時閃いた。六麓荘じゃん、と。一度は行ってみたいけど、なかなか立地が悪い上に、タクシーで六麓荘にいくなんてめっちゃ金持ちになった気分になれないか?無料で手に入れたものだけでできる究極リッチ体験では?
そう考えた私は高校生が背負ってそうなバッグにボロボロの靴、ヒートテックというリッチとは程遠いスタイルで「六麓荘」に向かうことにした.
2. 阪急夙川駅へ
そのまま特急に乗り込み、阪急夙川駅に向かう。今の私はリッチで優雅な上流階級である。労働階級のようにセコセコと電車の中でバキバキに割れたスマホを眺めてSlackの通知に対応しているなんてあり得ないじゃない。当然、電車の中の時間でも文学を嗜み優雅に過ごす。さて、カバンから小説でも取り出すか...と思ったらナボコフのロリータしかなかった。目の前にJSが座っていることもあってか、このままではリッチピーポーではなくエッチピーポーになってしまう。そこで、泣く泣く私は表紙を破り捨てることにした。
優雅な上流エッチピーポーを謳歌しているとすぐに阪急夙川駅についた。この時点でちょっと高級住宅街感が出てきている。
駅ホームの中で鯉が飼育されているという言うガーデン感。
3. 「六麓荘までお願いします」
ついにこれを言う時が来ちゃった。今更ながら緊張している。そもそもタクシーってどうやって捕まえるんだっけ?違う会社のタクシーばっかりなんですけど。
なーんてあたふたしてるとついにお目当ての阪急タクシーがきた。チャンスを逃すわけにはいかない!と思いすかさず乗りこむ。
乗り込んだはいいものの、冷静に県外の阪急タクシーで「長岡京市高齢者タクシー利用応援券」が使えるか分からなくね?
私「この券使えますか〜?」
運ちゃん「本部に聞いてみますね〜」
この時点でリッチピーポーの威厳もクソない。そして計画性もクソもない。
運ちゃん「オッケーですよ!」
どうやら今回の愚行はチャレンジ可能なようである。そして、ついに言う時が来てしまった...
私「六麓荘までお願いします」
運ちゃん「六麓荘のどこですか?」
しまった...全く考えていなかった。テキトーなことを言っても運ちゃんを困らせるだけだし、もし豪邸の住所を言ったとしても玄関に止められると色々とやばい。
私「アッアッ...あ!芦屋大学の方ですぅ...」
とっさに出た言葉がこれだった。リッチピーポーの威厳は愚かただのタクシーにすら乗りなれてない貧乏人丸出しだった。貧乏人がイキってすみませんでした...
私の敗北をよそに、無慈悲にタクシーは芦屋大学に向かっていく。私が盛大に滑ったこともあって運ちゃんと私の沈黙が続く。はっきり言って地獄の空間だった。
運ちゃん「着きましたよ〜。構内に入りますね〜」
私「アッ!手前でいいですぅ!」
情けなく止めてそそくさと降りていく。「長岡京市高齢者タクシー利用応援券」1200円分を渡して。
そう、「六麓荘までお願いします」を堪能できるのは本物の金持ちに限られているのだ。乞食でもらった貧乏優待券で来ただけでは恥を晒すだけだったのだ。
4. 六麓荘散策
噂に違わぬ豪邸が立ち並んでいた。電柱はなく、風情のある街灯がポツリポツリと立っているだけ。歩歩いている人も上品そうなおじさんおばさんや、白人系のモデル級の美女、服からも育ちの良さがわかる紳士淑女ロリショターズだった。
街を歩いているだけで令嬢ヒロインのうちに遊びに来たラノベやエロゲの主人公になった気分だった。もしここで美少女が倒れているのを見つけて、救急車を呼んで一命を取り止めたら、後日この豪邸に呼ばれたりそのヒロインと恋愛展開になって身分の差から悲恋ルートに...なんてことになるんだろうかと妄想しながら歩いていた。
しかし、現実は厳しそうだった。町の人同士がすれ違ったときに談笑しているのに対し、不審者である私とすれ違ったときは警戒心MAX軽く会釈を返すだけだった。多分僕からは不審者オーラがでまくっているのだろうし、そもそも町内付き合いが濃いめでそれによりこの町の治安維持をしている感じがした。よって、お嬢様とボーイミーツガールなんて起こり得ないだろうし、早めにこの場所を去った方がいいなと言う感じがした。人が住んでいる場所だものね。あと、コンビニとかないのでなかなかトイレに行けなかった。尿意が我慢できなかった。
また、何より見晴らしが良かった。住宅街を歩いているだけで海の街神戸を一望できる。この豪邸に住む人はさぞかし優雅な日々を送っているに違いない。家の窓から日本三大夜景も広がる海も広大な山も眺めることができるのだから。
なお、特定の家の写真を撮った方が豪邸感は伝わるであろうが、それはプライバシーの侵害になるのであくまで街並みとしての写真を撮ることにした。
ちなみに超金持ちの豪邸ばかりだと思っていたが、割と普通より大きい程度のサイズの家もあったし、全部がロールスロイスなんてわけもなくメルセデスや普通の日本車も走っていた。なんなら犬のうんこも落ちていた。
5. 帰宅
近くに「涼宮ハルヒの憂鬱」の聖地である北高があったのでそこにもよって帰ってきた。有名なハルヒ坂である。キョンお前だいぶ金持ちだったんだな。
中学受験で最難関校として有名な「甲陽学院中学・高校」も帰り道に通った。やっぱ金持ちエリアにエリート校があるんすね。
そのまま徒歩で甲陽園駅まで歩いて帰った。ここもハルヒの聖地らしい。高級住宅街なこともあって、駅まで一つもコンビニやスーパーがなかったので聖地にて尿爆弾を投下してきた。リッチピーポーとしてふさわしい行為である。
その後、阪急電車に揺られて西山天王山駅まで戻ってきた。余ったタクシー券を使いきるめ、長岡天神駅ではなく西山天王山駅を選んだ。西山天王山には都タクシーを無料で呼び出せる電話があった。これは便利っすね。
これでタクシーを呼び出し、キッカリ800円を使って自宅に帰宅しました。