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PEEK INNN -キリトリ

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放っておくとトピックにはなり得ないような出来事を 流れてゆく時間軸の中から切り取り、留め書くシリーズ
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#小説

一つ前の季節

雨ばっかり降っていた 寝ても寝ても眠かった ブドウの艶っぽさに心打たれて フローリングの上でぼーっと過ごす 思い返した一つ前の季節は薄暗かった。 そのときに心掛けていたことがあったことも思い出した、それが写真。 日常がスマホのデータになることを一旦やめて お気に入りの中古のデジカメに収めていた。 3ヶ月経って今日。 SDカードを読み込んでみたらちっとも薄暗くなんてなかった。 光ばかり写っていた。 SDカードの中で熟成をかけられた私の日常は、渋みが抜けてミ

コインパーキング -キリトリ

人は一生交わることはないであろう誰かを 1日何人見ているのか。 バスの窓を走るように流れるあのスーツの人だかりや、何度も繰り返し使われているであろう百貨店の紙袋を持ったおばあちゃん。 どこにいても、どこかに行く途中でも、家にいても「誰か」がいる。 その場面は誰が主人公なのか、 それは誰が決めてもいいから、私はいつも勝手に物語を見つける。 毎日ベランダに出ると必ずそこにある景色は区分けされたコンクリート。 仕事、子供の塾のお迎え、恋人に会うため、または、近くの家に帰ってくる人

懐かしいという行為 -キリトリ

乾き、香ばしく、静寂と歓声が交互に耳から首筋へと抜けるよく晴れた日。 土色の鳩が歩道を歩き、車道を走る食品メーカーのトラックが鳩を追い抜く時、わたしの手元には懐かしいバナナジュースがあった。 ふくらはぎの始まりと表すであろう部分までの丈のスポーツ用靴下をローファーと合わせて履くのがこの街の女学生の流行なのだろうか。 展望台によくある高架を投入して覗く双眼鏡で景色を眺めるような心地と重なるそれは、慣れた町に滞在することによって自分だけが得られる特別感だった。 人の中の数割は

魔法使い -キリトリ

今日だったからよかったのかもしれない と思うことはたまにある。 今日だったからあれに挑戦したんだろうとか 今日だったからあの人に会えたんだろうとか 自分が何かをした時、自分の力だけじゃない何かがそれを助けてくれたようなそんな時に思う。 ある夏の暑い日で、時間に追われる必要のない日だった。 そんな日にはちゃんと「そんな日の出来事」として片付くような出来事ばかり起こるものだ。 あてもなく自転車を走らせ、サラリーマンの帰宅とは逆行した。 スーツのシワがその人の言いたいことを代弁

魚 -キリトリ

アナログとデジタルについて考えてみた。 デジタルの世界は便利だけど責任が薄れる。 アナログの世界は手間がかかるが、ひとつずつの行動に意味があるように思える。 つまり、うまく使えばふたつは最強。 でももしどちらかを切り捨てるとなるとどちらを取るのだろうか、と。 前提を挟むとしたら、今となっては当たり前すぎるほどのテーマであることを承知の上であるということ。 だからこそ、ほつれた糸がシャツの袖元で踊るのと同じくらい日常のありふれた所にこんな考えが頭をめぐるきっかけは転がっている