「育ちと環境」〜ある男の子との出会いから〜
夏、国道の通り沿いにお店が並んでいる中にある休憩所に立ち寄りました。
そこは、田畑あり、海あり、工場地帯ありの大きな街の一角でした。
時計を見ると16時を少し回っていました。
車から降りてしばらく歩くと、どこからか男の子の元気な声が聞こえてきていました。
「いらっしゃいませー。いらっしゃませー。」
大きく聞こえたり小さく聞こえたりしていたので、その変化がなんとなく気になりました。
さらに歩き進むと次第に声が大きく聞こえてきました。お店の中から聞こえている声だということがようやくわかりました。
男の子は黄色の三角巾を被り、「いらっしゃいませー。」と声を出しながら、お店の入り口のドアのガラスを布と洗剤を使ってきれいに磨いていました。
お店の外側をきれいにしているときは、外に声が大きく聞こえ、内側をきれいにしているときは、ドアが閉まっているため外には聞こえにくくなり、そのために声の強弱があったのでした。
その元気な声とドアをきれいにしている姿に誘われて、お店の中に入ってみました。
お店の掲示物を見ると、地元の農家さんが出しているお弁当屋さんでした。
掲示物を読むと、何年もかけて工夫しながら特徴ある食材を育ておられ、よりおいしいものを食べてもらおうという想いが伝わってきました。
当然ながらこだわりの食材で作ったお弁当が人気のようで、お客さんが立て続けに来てました。
ドアをきれいにしていた男の子は、いつの間にかバックヤードにいたようで、女性と一緒にお客さんが注文していたお弁当を持ってレジのある場所まで運んでいました。
お客さんと笑顔で会計の対応をしている女性の横で、男の子は「ありがとうございましたー。」と元気にお礼のあいさつをしていました。
男の子が出てきたバックヤードの仕切りになっているガラス越しに、年配の女性が一人作業をされているのが見えました。
男の子、お母さん、おばあさんの家族でお店をされて、お父さんたちは離れた畑の方で農業の方をされておられるのではないかと想像しました。
休憩に立ち寄ったはずでしたが、おいしそうなお弁当の写真と男の子の元気な声や働きぶりに誘われ、一番人気のお弁当を注文してしまいました。
「ありがとうございましたー。」の元気な声とともに気持ちよくお弁当を受け取ることができたした。
お店の外のテラスでお弁当をいただいていると、男の子が今度は静かにお店から出てきました。
次は何をするのだろうかと男の子の姿を追うようになり、男の子の何とも言えない魅力にいつの間にか引き込まれていました。
男の子は、駐車場の端まで歩き、駐車場と歩道の境に差してある何本ものお店ののぼり旗を回収していました。
時計を見ると16時30分でしたので、17時の閉店のお手伝いなのだろうと思いました。
男の子は、のぼり旗を両手いっぱいに抱えてお店の中に戻って行きました。
しばらくすると今度は、お店の前にメニューを掲示してある立て看板の片付けをしていました。
本人の身長より高さがある看板でそれなりに重さもあるように見えましたが、それを体全体でしっかり支えながらお店の中に運んでいました。
連れの者がその様子を見て、体の使い方が安定しており、小学生低学年でもあんな動きはスムーズにはできないことを指摘してくれました。
男の子が幼稚園児という思い込みでいたため、その指摘で男の子の年齢が気になりました。
見た目では、小学生にはまだ見えない。
保育園や幼稚園に通っているのであれば、この時間にいるのはどうしてだろうか?
園から毎日お店に帰っているのだろうか?
そんなことを想像して話しているうちに、どうしてこんな豊かなコミュニケーションができたり生き生きとしてお手伝いができるのだろうかと、今度は男の子の育ちが気になってきました。
勝手なイメージですが、年長児さんで早めに園から帰ってきていて、土日など園がお休みの日もお手伝いをしていることで慣れているのではないか。それにしても園児の段階であの体幹の安定さは、すごい。
という男の子像ができました。
お弁当を食べ終わった後、容器を返しにお店の中に入りました。
ちょうどお客さんがおらず、おばあさんがおられたので思い切ってお聞きしました。
「お孫さん、年長さんですか?」
すると、おばあさんは一瞬返事に困ったような表情で、
「んー年長?」
と返してくださいました。
これは余計なことをお聞きしてしまったと瞬間的に思いました。
もしかしたら、園に通っておらず、家庭で育てているのではないか。だから、年少、年中、年長という意識はないのではないかと思い、
「園に行っていたら・・・。」
と付け加えて、ちょっと気まずくなった雰囲気をなんとか修正しようと思いました。
おばあさんは、
「ん、えー。そうですね・・・。」
とまた困った表情で返していただきました。
勝手なイメージで話をしてしまったことを反省しました。
小さな子どもさんを見ると、園に通っているものと思い込んでしまっていました。
今の時代でも、というのは語弊がありますが、幼児期をご家庭で育ているご家族がおられることを知りました。
男の子を見れば、コミュニケーションの力はあるし、お手伝いを通しての目的を持った活動や道具の使い方、体の動きなど、それぞれの成長の場が適切にあったということなのだと思います。
また、男の子、お母さん、おばあさんがお互いにかかわる様子、そしてお店の掲示にあるような食べ物に想いを込めた育て方をされているご家族というのを考えれば、成長の場は言わずもがななのだろうと推測します。
このまま小学校に入っても、友達とのかかわりや学習への取り組みなど、豊かな学校生活を送っていくのだろうと期待を巡らしてしまっています。
今の時代、園に通わせないというのはなかなか勇気がいることではないかなと思います。
仮に家庭で育てるとしても、保護者の仕事の関係や家で成長を促してくれる人は環境、友達との関係、幼児期に必要な体験、小学校への準備などを考えれば、なかなかハードルは高いです。
そんな中、男の子のご家庭は、幼児期だから園に通わせるということではなく、どんな育て方をすればいいのか、それのためにはどんな環境なのか、園がいいのか、家庭でもできるのことなど様々な面から判断されたのでしょう。
高校や大学の進路選択でも、あの学校ではこんなことが学べるから入りたいとか、あの学校には○○先生がいるから学びたいとかという選択ではなく、
偏差値がいくらだからこの学校、点数が○点だからあの学校、という選択になってきているように思います。
入りたい学校ではなく、入れる学校への進路選択という感じでしょうか。
私が幼稚園の頃も、園に入らないで家にいるという子が近所にいたことを思い出しました。
子どもたちの成長を促せるのであれば、様々な選択肢があっていいわけです。
私は、園から学校への育ちの子どもたちしか見てきていないため、その男の子の成長の様子は気になります。また、どんな方針で育てておられるのかというご家族の想いにも興味があります。
今回の出会いでは、どう育ってほしいか、どう育てたいかというご家族の目的意識の強さとでもいうのでしょうか、そんな刺激を受けました。
○歳だから○年生だからということに流されがちですが、「育ちと環境」の考え方について教えていただいたように思います。
私の住んでいるところからは遠く離れた場所のため、そう簡単に行くことはできないのですが、男の子に会うためだったらなんとかして行ってみようと思う気持ちになります。
できれば毎年のようにお店に伺って、男の子の成長の様子やご家族からお話をお聞きしてみたいと思っています。