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Virtual 症例帖 1-②

昨日に引き続き、ERでの診療を疑似体験しましょう。以下のような症例でした。

1 歳位の男の子が、変な咳をして呼吸が苦しそうと母親に連れられて受診。
看護師が様子を見に行くとぐったりして母親に抱かれているとのことで、
急ぎ診察の依頼があった。

呼吸:ゼーゼー音がする。よく見えないが肩で息をしているようだ
循環:顔色が悪い。チアノーゼ? 蒼白?
意識:なんとか視線は合うが、母親にしがみついている

母親に抱かれながらですが、胸郭は動いているようです。しかしお腹で呼吸をしています。息を吸い込むときに低く響くような音がしています。

呼吸数は40 -50 回/分、胸骨の上が吸気時に凹み、肋骨が浮き上がります。
吸気時の低い音はどうやら「吸気性喘鳴」のようです。痰が絡んだようなゴロゴロ音は聞こえません。酸素飽和度は室内気(= 酸素を吸っていない状態)で 93% をつけていましたが、酸素投与で 98% まで上昇しています。

昨日までの段階で、「第一印象は不良で酸素投与開始したものの、気道菜なんとか開通している」ところまで評価介入がされており、呼吸を評価する所でした。

呼吸を評価する

シンプルに

スムーズに空気が出入りしていない = 一生懸命息をしている = 呼吸窮迫
酸素化不良(SpO2低下)/ 二酸化炭素貯留  = 呼吸不全

と考え、重症度を判断します。

「しかしお腹で呼吸をしています。」
「呼吸数は40 -50 回/分」
「胸骨の上が吸気時に凹み、肋骨が浮き上がります。」

これらの徴候は全て呼吸努力が増している徴候(= 呼吸窮迫の徴候)です。

ちなみに、陥没呼吸については下記のリンクがわかりやすいです。

そして

酸素飽和度は室内気(= 酸素を吸っていない状態)で 93% をつけていましたが、酸素投与で 98% まで上昇しています。

ということですので、「呼吸不全」と判断出来ます。言い換えると「呼吸不全はあるが、酸素投与でなんとか酸素化は保っている」ということです。

この時点で、「呼吸が悪い」「呼吸が悪そう」という曖昧な表現でなく、「呼吸不全」とカルテにきちんと記載をすることが必要です。ことばで呼吸が悪そう、、、というだけでなく、「カルテに記載」するだけの判断をしている、と自覚するだけで、一気に緊張感が増しませんか?

重症度が判断出来たら「どこ」が原因かを考える

呼吸不全と判断したら、次は「どこ」が悪いのかを考えるのでしたね。

「息を吸い込むときに低く響くような音がしています。」
「胸骨の上が吸気時に凹み、肋骨が浮き上がります。」
「吸気時の低い音はどうやら「吸気性喘鳴」のようです。」

太字部分に注目します。

喘鳴は空気が細いところを通り抜けるときに響く音のことです。

吸気時の喘鳴 = stridor = 低い音の場合が多い = 上気道閉塞
呼気時の喘鳴 = wheeze = 高い音の場合が多い = 下気道閉塞


音がするタイミングでざっくりと区別します。これを区別すると何がおいしいかというと、呼吸障害の部位が推測できるということです。(もちろん、吸気時、呼気時両方で喘鳴がすることも多いですので、他の所見も参考にすることは必要です)

上気道とは胸郭外の中枢気道のことです。つまり、本症例では

口 → 咽頭 → 喉頭 (声門)→ 気管(胸郭に入るまで)

のどこかに異常(空気の通り道が狭くなっている)ことで、呼吸努力が増している、と判断出来ます。

上気道閉塞をさらに分解する

上気道閉塞だと判断できたら、さらに、

声門上の問題なのか?
声門下の問題なのか?

を考えます。この判断は、意識レベルが低下したり、分泌物が増加しているお子さんでは特に重要です。一般的には、肩枕や用手的に下顎挙上、頭部後屈-あご先挙上することで、喘鳴が消えれば声門上、消えなければ声門下の問題と判断します。

さらにさらに分解する

もう一段分解します。

啼泣時・暴れたときに喘鳴が出現するのか?
安静時にも喘鳴が出現するのか?

乳児の気道は非常に細く、すこしの狭窄で気道抵抗が一気に跳ね上がります。Poiseuille(ポアズイユ)の法則というのをご存じでしょうか。

一気に嫌悪感がましアレルギーが出る方もいらっしゃるでしょうが、超簡単に言うと「気道抵抗(R)は、半径(r)の4乗に反比例する」ということです。こんな感じです。

乳児の気管が4mmだとして、1mmの浮腫が生じると半径は1/2 になります。
気道抵抗は、1/2 の 4 乗倍、つまり、16倍になります。乳児の小さなカラダで、16倍 にも増えた抵抗に打ち勝って呼吸するというのは如何に大変か?ということが解って頂けるかと思います。さらに、このポアズイユの法則は層流(つまり空気の流れ場乱れていない)ことを仮定した式です。空気の流れが乱れるとこの気道抵抗はさらに2-3倍になります。

啼泣時は吸気呼気は乱流になりますので、気道抵抗はさらに2-3倍、つまり32-48倍になる計算になります。

従って、啼泣時だけに喘鳴が出現するのか、啼泣時にも出現するのかは重症度が全く異なる、ということがご理解頂けるでしょうか?

今回の症例では、

母親に抱かれながらですが、胸郭は動いているようです。しかしお腹で呼吸をしています。息を吸い込むときに低く響くような音がしています。

ということですので、「安静時にも吸気性喘鳴が出現している」と判断出来、上気道閉塞が差し迫った状態であることが解ります。

ではどうしたらいいのでしょうか?

本日は長くなってきましたので、「上気道への介入」はまた明日、ということにしたいと思います。







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Kaz(@ka_z000n)
小児科、小児集中治療室を中心に研修後、現在、救命救急センターに勤務しています。 全てのこども達が安心して暮らせる社会を作るべく、専門性と専門性の交差点で双方の価値を最大化していきます。 小児科専門医/救急科専門医/経営学修士(MBA)/日本DMAT隊員/災害時小児周産期リエゾン