水素キャリアとしての合成メタン

H2とCO2を原材料にニッケルを触媒とし高温高圧下でメタンガスを合成する手法は100年以上前にフランスのポール・サバティエによって発見されており、この手法はサバティエ反応と呼ばれています。
こんな回りくどい方法で自然界にいくらでもあるメタンを量産することに実用的な価値はなかったのですが、CO2排出が社会問題になった最近になって急速に注目されるようになりました。
メタン合成の化学反応は2H2+CO2→CH4+O2ですから合成の原材料にはCO2を使います。
燃焼時の化学反応はCH4+2O2→CO2+2H2Oになりメタンは二酸化炭素CO2と水になりますが、排出されるCO2は原料として使ったCO2と同量になるので燃焼させても天然のメタンと違ってCO2が増えることはありません。
化石燃料が悪役になっている現代にCO2排出実質ゼロの合成メタンはガス会社にとって魅力的です。
日本の場合、天然ガス(メタン>90%)はほとんど全量が海外からの輸入ですからスポット価格は国際情勢によって大きく変動します。
安定供給のために備蓄しようにも天然ガス(メタンガス)は液化タンクで-162℃以下で保存しなければなりませんから、設備費用も維持費用もかかります。
そんなわけで東京ガス大阪ガスなどの大手ガス会社は合成メタンの量産化に取り組んでいます。
革新的メタン製造技術開発および合成メタンの社会実装に向けた当社の取組み(東京ガス)
世界最大級のメタネーションによるCO2排出削減・有効利用実用化技術開発事業の開始について ~都市ガスのカーボンニュートラル化を実現する技術の実用化へ~(大阪ガス)
しかし、合成メタンの商用量産には生産技術以外にも雑多な問題が数多く存在します。
第一の問題は原材料の調達です。
現在工業的に生産されているH2は製造の過程で大量のCO2を排出してしまいます。そんなH2を原料に使っていたら合成メタンのCO2排出が実質ゼロだといっても全過程ではCO2を排出してしまい、まさに羊頭狗肉になってしまいます。
そうならないためには生産時にCO2を排出しないグリーン水素(太陽光・風力などの自然再生エネルギーで得られた電力で水を電気分解して作るH2)を使う必要がありますが、国内での自然再生発電は小規模であり電力コストは非常に高くつきます。コストを下げるのに自分でどこか離れた場所に発電所を作るのもよい考えとはいえません。安い電気を作っても日本では手数料を払って送電だけを依頼できるシステムになっていないので、その電力は一旦電力会社に買い取ってもらい、今度はその分をメタン合成工場で普通に電力使用する形になります。つまり太陽光発電所を作っても電気代はたいした節約になりません。
また、もし発電所の近くに電解設備とメタン合成設備を作って稼働させたにしても、生産された合成メタンはどこかに運ばなければなりません。これにも費用がかかります。
だからと言ってグリーン水素を市場から購入してメタンを作ってもコスト的に引き合うわけがありません。そんなふうにして作ったメタンはおそらく天然メタンのコストの十倍以上になるでしょう。経済的に不合理な合成メタンを生産して流通させるには、例えば生産コストを国に補助してもらうとかいったフェアとはいえない手段を取るしかなくなり、オリンピックや原子力発電のように税金を使って利権層を太らせることになりかねません。

赤道反流上でのメタン合成

上記のように国内で合成メタンを作ることにはいろいろ障害がありますが、赤道反流上のエネルギー基地でメタンを生産すればおそらく現行の天然ガス取引価格より安くメタンを作ることが出来ます。
日本は年間8000万㌧近くの天然ガスを輸入しており、その約70%が発電燃料で30%が都市ガスとされています。
天然ガスの取引量 日本ガス協会2019

取り敢えず年間2,400万トンの合成メタンを作るとして考えてみましょう。これは2019年の都市ガス消費量に相当します。
(実際に生産される合成メタンは鉄やガラスなどの生産に使用されます。現在製鉄では原料の酸化鉄の酸素を取り去って鉄にする過程(高炉)で一酸化炭素COを使いますが、そのCOはコークスまたはメタンガスによる水蒸気改質によって得られます。その場合には酸化鉄の還元に使うCO以外に大量のH2が得られます。現在ここで得られるH2は溶鉱炉の高熱を獲得するためにCOと一緒に燃やされていますが、この段階での水素を他の燃料に切り替えることは可能であり、そうすれば大量のH2が他の目的のために確保されることになります。COは鉄を還元してCO2になりますが、一連の工程の中で排出されるので技術的には火力発電所と同じように比較的容易に回収可能です。つまり、合成メタンをこのように使えばメタンの一酸化炭素で製鉄を行い、副生するH2を他の用途に供することが出来ます。
2,400万㌧の天然あるいは合成メタンを燃焼させた場合のCO2排出量は6000万㌧程度になります。
2400万㌧のメタン合成に必要なH2の量は600万㌧ですから一日当たりの必要量は約2万㌧になります。18万㌧の水を電気分解すれば2万㌧のH2を得られます。この数字は化学反応ですから赤道上であろうと日本の山中であろうと変わりません。
電解槽は10MWの出力で1時間に2000㎥≒2000㌧の水を電解できる装置が実証実験されており、2000㌧の水からは110㌧の水素を取り出すことが出来ますから、太陽光発電を利用し蓄電をしないものとしても1日9時間分だけフル稼働すれば1000㌧の水素、つまり年間36万㌧の水素が生産されます。
ですから、太陽光発電の効率がきわめて高い赤道反流上であれば、この電解設備70組で都市ガスとして供給するメタンガス2,400万㌧の合成に必要な水素をカバーできる計算になります。


電解槽の設置場所についてはフロートの一部に船腹のような形状の収容場所を作れば問題ありません。生成されたH2は液化しなくても圧縮気体のまま海中に一時貯留できます。
メタン合成に必要な高温高圧を作るエネルギーについても心配ありません。コストほぼゼロの太陽光発電で得られる電力を熱源や動力源に変えて使えます。

メタン合成はフロートに随伴するメタン合成専用船で行いますが、原料となるCO2の確保が問題になります。

合成プラント自体はもうすでに試験稼働しているので技術的な問題は多くありません。ただフロート上でのメタン合成は大規模なスケールを想定しているので、工場船では反応部分のみを設置することでコンパクト化し、原料や熱や動力はすべて隣接するフロートから供給し、生成されたメタンは海中にタンクを浮かせてそこに保存するものとします。
サバティエ反応部分ではまだ400Nm3/h(280㎏)のCH4しか生産できておらず大型化は今後の話ですが、大阪ガスではメタンの合成方法は確立しているので生産規模を拡大し将来的に60,000Nm3/h(42,000kg=42㌧)の商用規模での生産を目指すと公表しています。もう一回り大きな規模のプラントを作れば日産1000㌧年産360,000㌧のメタンを生産できます。

関連設備をすべて船外に置く工場船では大きな反応室が設置できなくても多数の反応室を集約させるスペースができるはずです。 (実際にフロートが稼働する頃には大型の反応室が開発できているかもしれませんが、もし今のサイズのままでもおそらく1万㌧クラスの工場船に100ライン程度を組み込めるスペースを確保できるものと思われます。)
その仮定で計算すると1万㌧クラスの船舶で2.8㌧/h,すなわち60㌧/dayしかできません。必要なCH4は一日800,000㌧


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