太平洋赤道反流の概観
広大な太平洋の中央、赤道付近には北赤道海流と南赤道海流という二つの大きな海流がアメリカ大陸からミンダナオ海に向けて流れています。北赤道海流は太平洋の西端で陸地に遮られて北方に向きを変え、日本近海で「黒潮」と呼ばれる暖流になり、アメリカ西海岸に戻り南に進んでまた北赤道海流となります。
ところで、南北の赤道海流は赤道付近では東から西に流れているのですが、その二つの潮流の間に逆方向、つまり西から東に流れる海流があります。これが赤道反流(Equatorial counter current)です。上の図で見る限り赤道海流も赤道反流も同じ流幅があるように見えますが、実際の赤道反流は南北方向に最大300㎞ほど移動しますが、反流そのものは幅が20㎞~30㎞しかないのに長さは10,000㎞もある細長い川のような海流です。巨大な南北赤道海流の間に川のような海流のあることは何か不思議な感じがしますが、これは主に地球の自転が引き起こす現象だそうです。地球は西から東に毎日一回転していますが、地球の円周は4万㎞ですから、赤道上の地点は一日に4万㎞動いており、南極や北極の近くでは一日に数㎞とか数十㎞しか動いていないことになります。つまり赤道付近では海底が速い速度で回転するので、上にある水や大気がその速度についていけません。その結果、海には自転とは逆向きの海流や恒常風が吹くことになります。もし、地球に陸地がなかったら海流はそのまま西向きに移動し続けて地球を一回りするのでしょうが、実際には陸地がその流れを阻むことになります。水は圧力で収縮しませんから、行く手を阻まれた海流は水面が盛り上がりそのまま左右(南北)に押し出されるように流れ出し、その一部は流れて来た海流の上を逆方向に流れます。しかし、赤道反流は熱帯性低気圧による水面の盛り上がりなど気候の変動によっていろいろな力が働くので、その動きは非常に不安定だとされています。下記のマグロ漁業についての論文中には赤道反流について言及が見られるので引用します。
<以下引用>
太平洋の赤道反流は、季節的にも長年的にも変動が大きい。太平洋中部での平均流速は、 南北赤道海流の中間の 35~60cm/sec であるが、3~4 月には 20cm/sec 程度に減ずる。この 海流の北縁は 6~8°N、南縁は 2~4°N にあり、北半球の夏には北に移るが、季節変動と して規則正しいものではない。観測結果をみると、1958 年には北縁が著しく北に偏し、1965 年秋には南縁が 2°S に達している。また地球観測年(IGY)の観測では、僅か半月の間に 反流の南縁が緯度 4°も移動した例があるし、1933 年 9 月、1953 年 6~7 月のように反流 が認められなかった例もある。 <引用元>http://fsf.fra.affrc.go.jp/nakamura/2-1-souron.pdf
この一風変わった赤道反流にはその上の気象にもいろいろと際立った特徴があります。その一つが赤道反流々域には台風やハリケーン、サイクロンなどの暴風雨がないことです。
このことはこのページのタイトルの画像を見ていただければ一目でわかります。無数の髭のような線は1951年から2006年まで50年以上の間に発生した台風などの発生点、進路と強さですが、ご覧のように赤道上はぽっかりと空白になっています。穴に吸い込まれる水の渦が北半球では反時計回りで南半球では時計回りになることはよく知られていますが、そのことから類推できるように赤道上では水と同様に空気も渦を作らないからです。赤道上での熱せられた空気は上昇しても上空で左右(南北)に分かれてしまうだけで、その後に南北から流れ込む空気は、流れ込むだけで渦を作りませんから台風の卵も出来ようがありません。おまけに反流の流域近くには陸地がありませんから海面での温度差が生じづらく浜風海風も吹きません。空気の流れは上に抜けて横から入ってくることになりますから、したがって反流流域には日中は雨も降りません。日が暮れて海面の気温が下がると一旦上に上がった水蒸気がそのまま冷えて雨になり降ってくることがあるようですが、それも夜半だけのことです。波がほとんどなく晴天が一年中続く・・そして赤道上だから四季もなく年間を通じて安定した日照時間と膨大な日照量が得られる・・・東端のガラパゴス諸島を除けば反流の東西端を除いて周囲1000㎞にわたって島影一つ存在せず、領海だとか経済水域などというものも存在しない公海である赤道反流々域・・・そこに設備を備えることが出来たら、まさに太陽光発電には願ってもない場所です。流域のほんの数パーセントを発電に利用できればおそらく日本の総需要を取り込めるくらいの規模になります。
そうは言っても、いざ、赤道の海の上で巨大な発電をするという思い付きを思い付きで終わらせないためには基本的に解決しなければならない問題が二つあります。
一つは絶えず水が流れている潮流の上で太陽光発電をする場所をどうやって固定するか?という問題、もう一つは出来た電力をどうやって運ぶかと言う問題です。膨大な水域にソーラーパネルを設置する筏状のもの(フロート)を浮かべる作業は別に難しくはないのでここでは取り上げません。
これらの問題の解決法は既存の技術で対応できる範囲で考えなければなりませんし、太平洋の真ん中で発電しても現在の他の発電コストよりも数段下回るコストでできなければなりません。
陸地の池やダムに太陽光パネルを張り巡らす、静止水面を相手にするやり方は海流の上では通用しません。洋上風力発電所で行われているような発電設備などを乗せた「浮体」を海上に浮かべ、それを海底に備えつけたケーブルなどで固定するという方法も参考になりません。浮力発電の場合、洋上とは言ってもせいぜい水深100mです。赤道反流の深度は平均4000mです。それに、洋上風力発電の場合風車を乗せて安定させるだけの浮体面積で済みますが海上太陽光発電の場合にはソーラーパネルを乗せなければなりませんから比べものにならないくらい広い面積の浮体(以下フロートと呼びます)が必要になります。
太陽光発電やその他もろもろの設備を積載するフロートは必要な発電量などを参考にすると幅2km長さは50㎞~100㎞、つまり100㎢~200㎢程度の広さが必要になります。長細い形になっているのは反流の流幅が狭いので、それに合わせることと、フロートを停止した状態に固定するか、もしくはスイッチバック作業(後述)を簡単にすること、長い側面を利用して多くの工場船(後述)を随伴できるようにするためです。メガフロートにはその上面のほとんどにソーラーパネルを張り詰めます。その規模はよく見かける市販のソーラーパネルに換算して7500万枚から1億5千万枚程度になります。数字だけで表すと実感に乏しくなりますが、東京の大田区と世田谷区を併せた面積が約120㎢にあたります。それだけ見ればやたらに広いと思われるでしょうが、赤道反流の流域は東西10,000㎞南北は30㎞と控えめに計算しても30万㎢です。つまり120/300000を使うにすぎません。先ずはこの広さが現実離れしたものでないことを実感として受け入れてください。
やや雑学めきますが、全国のゴルフ場の総面積は合計140㎢くらいあるそうですから、全国のゴルフ場のコースを全部使えばメガフロート二つ分くらいのソーラーパネルを貼れる計算になります。(もちろん、発電可能量はそんな計算にはなりません。所在地の緯度、地形、年間の日照時間などを考慮すると、発電効率はおそらく1/4程度になります。)
また、フロートは穏やかで公海上に順番に浮かべて繋げて作りますから、技術的な困難がないことはもちろん、基本的には領海や経済水域などの権利関係住民の立ち退きなどの問題もありません。
フロートを敷設するのは規模が大きいだけで難しくはありません(後述)が、それが勝手に漂流してしまわないようにコントロールできなければなりません。前述のフロート面積を100㎢と最小に見積もって、フロートの喫水は1mしかない、まさに筏の形状をとっても排水量は1億㌧になります。 これは排水量100,000㌧の原子力空母1,000隻分の排水量とほぼ同じですから人工の動力で動かせる大きさではありません。
しかし、この膨大な排水量も海流のエネルギーを以てすれば別に特別な数字ではありません。現にどんな大きな浮遊体であっても海流の上に浮かんでいる以上、1億㌧であれ10億㌧であれ海流と同じスピードで移動します。海流の運動エネルギーはそれこそ莫大ですから、その上に浮かぶ1億㌧の物体など小川に浮かぶ笹舟のようなものでしょう。
お誂え向きに赤道反流の両側や下には反流とは正反対の向きに流れる北赤道海流や南赤道海流があるのですからそれを上手に利用できれば、つまり双方向のエネルギーを相殺できればフロートは静止し動力源問題は解決します。
フロートの位置と動きをコントロールする問題については二つの解決案があります。詳細の説明は長くなるので別のページに掲載しますが、いずれにしても人工の動力はほとんど使わず海流という莫大な自然エネルギーを使って解決しなければなりません。
一つは浮体(フロート)を固定せずに反流の流れに任せてしまい、東西の端近くで赤道反流の両側の逆方向に(東から西に)流れる赤道海流に乗り換える(スイッチバックする)という方法です。西端では同様の方法で赤道反流に乗り換えます。赤道反流はその年の気象条件や南北赤道流の流路の変化などによってその流路が南北に大きく振動することが知られていますが、もともと赤道海流の流れによって作られたものですからどの位置にあっても赤道海流に近接していることは間違いありません。
反流上を漂流するフロートはその東端近くで南北どちらかの赤道海流に近づくようにします。反流の流速はその中央が早く両側は遅くなっています。ですからフロートの幅が2kmしかなくても何もせずに海流の上を流れれば幅2kmの両端では流速が違ってしまいますからフロートは徐々に流れの片側に近づいてしまいます。(この問題はフロート下に多数の舵をつけるだけで動力を使うことなく方向を調整できます。)
フロートをスイッチバック移動させるには南赤道海流側に寄ったところで、今度はフロートの後部から多数の抵抗版を赤道海流に伸ばします。
(北赤道海流を利用しても同じことですが、反流は北緯2°あたりを流れるので南赤道海流を利用した方が赤道に近い部分を使うことが出来ます。)
フロートの南端と南赤道海流の北端の間に双方の流れが相殺される静止域があるわけではなく、暖かい反流は冷たい南赤道海流の上に重なっているはずです。
ですから、フロートをスイッチバックさせるのには、ある程度の大きさの抵抗版をフロートから南赤道海流側に差し入れればいいことになります。
抵抗版はその抵抗力だけででフロートを逆流させる必要はありません。1億㌧の浮遊体を逆行させることなどはできない相談ですが、フロートの後尾を数百メートル横にずらすくらいのことはできます。
フロートとワイヤーロープで結ばれた抵抗版を南赤道海流の北側に沈めるのには、普段はフロートでの諸作業用に作られるタグボートを利用するのが一番簡単かと思われます。抵抗版は海流に流されて南前方に進むように作りますから、それに引き寄せられて一部が南赤道に引き込まれたフロートはあとは自分の体積の抵抗力も加わって徐々に全体が南赤道海流の上に移ることになり、そのまま西に進むようになります。この方法だとフロートの前後は入れ替わりますが、そのことでの不都合はありません。場合によっては東京都より広い面積のフロートをそう簡単に引っ張れるの?と疑問が出るでしょうが、フロートの面積がどれだけ広くても、喫水量は見かけほど多くありません。フロートをいくつ作るかによりますが、スイッチバックをする地点では両方の海流の流速は非常に遅くなるので、東西方向のベクトルを合わせてもせいぜい3knots程度でしょう。フロートの側面は何十キロもありますから、ワイヤーをたくさん繋げばお互いの引っ張り張力に耐えられます。抵抗版の面積も自由に変えられます。別ページにもう少し詳しい説明があります。
もう一つの方法は赤道反流の下を潜るように流れている南北の赤道海流の端の動力エネルギーを利用する方法です。(※さらにその下を流れるクロムウェル海流とは違います。)
南北海流は反流の下200~400mほどのところを流れているそうですから、そこにフロートからトロール船のようにパラシュート状の制御物を沈め、フロートの流れを堰き止めるだけの抵抗力を持たせればいいことになります。
反流の流速は両端に近づくほどゆっくりになりますが、下を流れる赤道海流の流速はさほど変わらないはずですから、流速に違いがある分だけ制御物の面積は小さくて済むことになります。
この方法が実現すれば、フロートは制御盤の面積や角度を調整することで赤道反流上の一点に静止することになります。(フロートは静止しますがフロートの下の海流は流れていますから、フロートに乗っている人からはフロートは西に向かって進んでいるように見えます。)ただこの場合には制御盤を水深300m地点に沈めてかつ双方向の推力を均衡させるには制御盤をフロートよりかなり前方に置く必要がありますからフロートと制御盤をつなぐワイヤーに猛烈な力がかかるだけでなくワイヤーの長さも考慮に入れなければなりません。
しかし、これらの方法を検討するには赤道反流についての研究情報が不足しています。反流の流域は平均深度が4000mもあり、海底山脈や火山などもないため、反流の東西端を除いては海底深部から湧昇流が発生せず海面表層部との対流にも乏しいので海水にプランクトンなどの生息が少ないため、それを餌とする魚類の生息も少なく、人間から見れば貧弱な海域でしかありませんから研究をする学者も少なかったようです。
もっとも赤道反流の年毎の動向がペルー沖の大漁場の漁獲量を左右するエルニーニョ・ラニーニャ現象の発生状況と関連することは以前から知られており、反流の研究は気象学者のテーマになっている感すらあります。
一方で、赤道反流が人類の自然エネルギー基地になり得るなどという話が出て来たのは、かれこれ十五年前のことで、つまり化石燃料の濫用によるCO2の野放図な排出による環境破壊がぼちぼち言われるようになってからです。
今振り返ってみればそれも当然の話であって、化石燃料を使うことを誰も不思議に思わなかった時代にわざわざ赤道直下まで出かけて行って自然エネルギーを獲得しようなどと考える必要は全くなかったのですから、自然エネルギー確保の観点から漁業資源の貧弱な赤道反流を研究しようなどという研究者がいなかったのも不思議ではありません。もし仮にいたとしてもどこからも研究予算が出なかったでしょう。
ですから、巨大なフロートを反流上に静止させて大量のエネルギーを得るなどという話は十五年前も現在もデータが不足しているだけに実現性についての説得力を欠き、下手をすれば誇大妄想狂の戯言としか取られかねないのもやむを得ないところです。
しかし一方では特に自然エネルギー資源の貧弱な日本において、この企画を凌ぐ規模での自然エネルギーの獲得手段が見当たらないのも事実です。
太平洋の真ん中に技術的に問題なく無尽蔵に近いエネルギーを取り出せる場所があるなんて、「そんなうまい話はあるわけがない」という心理が働くのは無理からぬところです。
この企画は赤道反流の動きさえもう少し明らかになれば自ずと結論の得られる話です。もし結果がポジティブであれば、その先のことは技術的にも資金的にも難しくはありません。ネガティブであればこの与太話はそれでお終いです。つまり、ここで述べているすべてのことは、海流の流れの結果次第です。そして、海流調査には調査能力を持った船とスタッフを実施派遣しなければなりませんから、かなりの資金が必要です。
大航海時代の船乗りたちのように調査+発見=収益ということにならないのですから、うまくいっても儲かることのない調査だけのために莫大な資金を提供する企業や個人はないでしょう。(上手くいけば小さな国の年間予算ほどの儲けが見込めると言ってもです。)
調査船を派遣できる当事者能力のない私達がこの企画を提唱することは、つまりは口先だけのことですからあまりに安易です。
それに仮初めにも、こんな素朴な構想でエネルギー問題の大きな部分が片付いてしまったら、今いろいろな立場から熱心に脱炭素に取り組んでおられる方々の立場がなくなってしまいます。
もし、この企画を真剣に検討してもらえることがあるとすれば、これからの技術進歩の成果を前提にして化石燃料によるエネルギーを自然再生エネルギーに転換するという施策による政府の助成案ががすべて暗礁に乗り上げてしまったときでしょう。国のエネルギー転換政策にはどんなに助成金を注ぎ込んでも出来っこない企画が並んでいます。
私達が自分達の企画を各方面に持ち歩くことはあきらめて、こうして普段は脱炭素活動などに関りがないであろう人達にこの企画の紹介をしようとしているのはそこに理由があります。
この企画はやろうと思えば技術的には今すぐにも出来る話ですが、実際には他の企画が通用しなくなったときが実施できるときですから、当分先の話になってしまいます。「当分先」が来ないことだって十分にあります。
地中海と紅海を運河で結ぶことを夢想した人はレセップス以前にも掃いて捨てるほどいたはずです。
この話は非常に重要なテーマだろうと思いますが、このページの主題からは逸脱してしまうので、別の項目「炭酸ガスCO2循環」で私達の考え方を紹介させていただきます。
脱炭素とCO2循環を考える。
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