禍話リライト: 忌魅恐NEO「現実の残酷さを知る授業の話」
とある方の思い出の話、なんですけどね。
仮に、その男性の名前をGさんとしておきます。
今は大学生のGさんには、中学時代の変な思い出があって。
なんでも、授業で変なことをした記憶がずっとあったんですって。
というのも、ある日の授業時間中にわざわざ特別教室に行って。
そこで黒い遮光カーテンで窓を閉め切って、
プロジェクターでスライドを見せられたらしくて。
そのスライドを使って、クラスの皆は次々と───家族写真を見せられた、と。
最初は大家族の集合写真だったのが、段々と個人の写真になっていく。
そういう流れで幾つかの写真が表示されていったそうなんです。
その時具体的にどういう話をされたかは覚えてないんですけど、
それは例えば現実の残酷なことを伝える怖いCMとか、
自動車学校の講習で見せられる映像みたいな、
凄く悲惨な話だったっていう印象だけがあって。
何の目的なのかも分からないままで一時間ぐらいずっと、そんな授業をされて、
今となってはただ「聞いててつらかった」って記憶しかないんですよね。
確かそのとき前に立って話してたのも担任じゃなかった気もするんですけど、
じゃあ誰が話したのかって言われても分かんなくて。
でも絶対、夢とかじゃないんですよ? 現実に起こったことだっていう、
リアルな記憶として頭の中にあって。
Gさんそこでなんか無性に気になったから、
小中高と幼馴染だった女の子に連絡してみたらしいんですね。
大学は違ったらしいんですけど、
お前あん時一緒のクラスだったろ、覚えてるかって。
そしたらその子は、いや覚えてないって言って。
「私その時他のクラスの子と仲良かったからさ、
そもそもあんまり中二の時のこと覚えてないんだけど、
たぶんなかったと思うよそんな授業」
まあそりゃそうだよなあって納得しかけたら、
その子が「あ」って思い出すように続けて。
「そういえば中二の時、一週間ぐらい雨が続いてた時期があってさ。
外で体育もできないし、なんかどんよりした感じがずーっと続いてた時期。
その時に、なんかのレクレーションだったのかな───特別教室、
そう特別教室だよ、そこにクラスのみんなで集まってカーテン閉めて。
そこで先生が『怖い話』をした、ことはあったかな」
「は、怖い話? 逆に俺全然それ覚えてねえんだけど」
「いや、私も今あんたと話してて思い出したよ。
私その時、別に暑い夏とかじゃないのに変だなーって思った記憶があって。
でもそん時、スライドは使ってなかったと思うなあ。
だってそれ使うならスクリーンにプロジェクターで見せるから、電気消すじゃん。
でもその話をしてるときに電気は消してなくて、眩しいなあって思った記憶があるから」
「ふーん……それどういう話だったとかって、覚えてるか?」
「いや、話までは覚えてない。いやだってさ、
そんなうまい話し方じゃなかったじゃんあの先生いっつも。話し下手でさ」
先生に対する、大袈裟に言うならば悪感情みたいなものを隠さずに彼女はそう言って、
Gさんもそれには同意したんですね。確かに授業とかみんな寝てたよなって。
でも、その「怖い話」の大筋は何となく思い出せる、って彼女は続けたんです。
それは家に纏わる話だったそうです。
ある家に引っ越してきた家族が「何か」に呪われて、
家族がひとりずつ不幸な死に方をして、いなくなっていくんです。
よん、さん、に、いち、ぜろになったらまた次の家族が越してくる。
その家族もまた一人ずついなくなって、全員がいなくなったらまた次。
そういう話をされたっていう記憶が、彼女にはあるらしくて。
「授業が余ったから……とかじゃないよな。余ってもそんなことはしないか、わざわざ」
「うん───どうなんだろう、私もちゃんとは覚えてない。ほらさっきも言ったけど、
他のクラスの子たちと仲良かったからさその時」
そんな話があって、暫くして。
大学の長めな夏休みの時に、中二のときのクラスの中心的な人から、
Gさん宛に同窓会の葉書が来たらしいんです。
Gさん、ああじゃあ折角だから参加してみるかって思って。
前ちょっと気になってた話もできるだろうし、ってことで。
いざ当日になって会場に行ったら、あの幼馴染は来てなかったんですけど、
あの頃クラスの中心にいた同級生とかは結構集まってて。
会場にいた連中と話をしてるときにGさん、
担任の先生がいないことに気付いたらしいんですね。
「あれ、先生は?」
「あー先生、今日来ないんだって。来るって言ってたんだけど、
急遽具合悪いとかで欠席しちゃったらしくて」
「あーそっか、残念だな」
それからも色んな人と雑談してたらね。
なんか突然、無性にそわそわしてくる瞬間があるんですって。
焦燥感っていうか既視感っていうか、とにかくそわそわする。
それも常にっていうんじゃなくて、お喋りしててパッと視線を外した時になんか、
すごく心が不安定になる瞬間があって。
暫くして気付いたんですけど。
その宴会場の前の方に、司会の人とかが立つ台があって、
その近くのスペースがちょっと空いててそこに、
プロジェクターを下ろしてスクリーンにスライドを映せるようになってるんですね。
それに気付いた瞬間に何でか背筋がぞわってして、
既視感というかとにかく物凄く気持ち悪くなったんです。
その気持ち悪さが何に由来してるのかも分かんないんだけど、
でももう少しで何かを思いだしそう って思った時に
「じゃあ始めましょうか」
いつの間にかその台の近くにいた元学級委員長がそう言ったんです。
「え、───始めるって、なにを?」
自分の近くにいた同級生にGさんが尋ねると、
その人はなんだお前知らなかったのかってちょっと驚いて。
「これから、思い出の写真を見ていくんだよ」
と話したんです。
なんでも、自分たちが中二の時の写真を、
これからスクリーンに映したスライドで見ていくんだと。
そうこう言ってるうちにスクリーンが降りてきて、
じゃあ始めまーす、って椅子に座った元委員長の姿を見た、
その瞬間に。
自分の記憶が完全に一致したんですって。
今目の前に座っている、あの頃の委員長の面影を残した女の子の姿と、
あの時の特別教室で前に座っていた「担任じゃない誰か」の姿が。
このままじゃだめだってGさんは本能で思って。
今まさに何かが映ろうとしているスクリーンに背を向けて、
彼はその宴会場を飛び出して家に帰ったそうです。
変な、ほんとうに変な話なんですけど、
駆け足で息を荒げながら会場のドアに手を掛けるときにGさんは、
「もしこのドアに鍵が掛けられてたらどうしよう」って思ったんですって。
当然鍵かかってるわけがないんですけど、それくらい切羽詰まった気持ちのまま、
逃げるように会場を出て。
実家では親が「随分早いね、どうしたの」なんて言ってるんですけど、
もう答える気力もないから適当に流したらしくて。
家に戻ったGさんが色々考えていくうちに気付いたんですけど、
よくよく考えたら彼、中二の同級生とだけは何にも特別な思い出がないんですって。
良い思い出は勿論、悪い思い出すら何もない。
中一中三の色んな事は思い出せるのに、
中二の時だけは本当に特筆すべき思い出が、それこそあの「授業」の記憶くらいしかない。
しかもね。顔はそれこそ同窓会で面影を辿れるくらいには覚えてるんですけど、
でも彼らの名前は全然思い出せないんですって。
これは流石におかしいだろって卒アルを引っ張り出したんですけど、
あの同窓会にいた中二のメンバーの名前だけ、
そのアルバムの名簿を見ても全然しっくりこないんです。
例えばあの、同窓会に来てなかったあの幼馴染とかは名前も顔も分かるのに。
そこで電話が鳴って。
それは恐らくGさんの親から何かの話を聞いたであろう、
幼馴染からの電話だったんですよ。
「ねえあんたさ、何で同窓会出たの?」
呆れるような半笑いの声は、
恐らく先ほどまでの出来事は全く知らないだろう口調で。
だからGさんも、言葉を選びながら返したんですね。
「えーっとな、───面白くなくて、先に帰ってきたんだよ」
「でしょ? だって中二のクラスとかずっとつまんなかったじゃん。なんで行ったの」
「いや、ほら、久々にそういう葉書が来て、舞い上がったのかな。
───にしてもさ、変な聞き方するけど。
なんで、あの時の中二のクラスって、つまんなかったのかな」
そしたら幼馴染が、前話した時みたいな、
先生の授業がつまんなかったって言った時みたいな口調で答えて。
「だからほら、あの時クラスの中心だったグループと先生が仲良くてさ。
その主流のメンバーからあぶれた連中には先生も冷たいっていうか、
表面上は仲良くしてるんだけど明らかに態度違ってたじゃん」
「───そう、だったっけ」
「そうだよ。だから私もその時は他のクラスの子と仲良くしててさ。
三年の時はほら、あんたもいたから覚えてるだろうけど、
担任も同級生も普通にいいクラスだったじゃん。いい思い出もたくさんあってさ」
「…………ああ、確かに、そうだったな」
「でしょ? ほんとあんた、何で行ったのさ」
彼女は可笑しそうな口調でそう言うから、Gさんは、
「なんでだろうな」
って返すしかできなかったそうです。
そこからGさん、色々と調べたらしいんですよ。
あの同窓会にいた元同級生、クラスの中心だったメンバーの人たちのこと。
そしたら、先生と仲良かった人たちは全員、
「どうやら今も普通の生活はしていない」ことが分かったらしくて。
同窓会の会場では普通に社会人ですみたいな恰好でスーツ着てた人も、
世捨て人みたいにふらふらした生活を送ってるとか、
家族と音信不通になってるとかで。
もしかしたら変な思想を持った何かに傾倒してるのかもしれない、っていうんですけど。
ただ、あれから時間が過ぎた今となっても、
彼らがどんな生活を送ってるのかも、
あのクラスに何が起きたのかも、
あの「授業」とはいったい何だったのかも、
一切分からないんですって。
で、この話が凄い怖かったから、
Gさんから話す許可をもらって、私の他の友人に喋ってみたんです。
そしたらその友人が話を全部聞いたあとで、
「でもほんとに危なかったね、そのGさんって人。
多分その同窓会の人たち、中二の時に取り込み損ねたから、
もう一回取り込もうとしたんだと思うよ」
そう言っていて。
こいつ本当に一言多いやつだなと思いながら、
私も多分そうなんだろうなって、思いました。
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