挫折〜それから〜
29歳で、それまでの病院での仕事を辞めて、東北での衝撃を受け止められないまま、心機一転写真スタジオに勤め始めました。
畑違いの仕事だから初心に返ってと覚悟はしていたけれど。。。医療スタッフの患者さんへの接し方と、サービス業としてのお客様への接客は大違いでした。
先輩たちは子どもたちに優しく楽しく接して撮影していて、お客様愛に溢れてるし、いつもキビキビ仕事をこなしてる!接客業にしっかり携わるのは初めてだったのもあり、プロ根性に脱帽させられました。
必要とされる話し方も声のトーンも、提供する事も配慮することも、職場に居る人のタイプもルールも仕事の回し方も全く違っててビックリ。
私も先輩たちのように堂々としてお客様を楽しく喜ばせられるようになりたい!と思ったのも束の間、想像以上に難航しました。
今までほぼ最年少として働いていたのが、一番下っ端なのに最年長になったのも大きかった。元々、いわゆる「女の子が好きなモノ」に全く興味がなかったのもあるよね。馴染んでいく事が出来ず、仕事もなかなか覚えられなかったので、自信を無くして萎縮しがちでした。
周りがそんな私に苛立っているのを感じて、また萎縮してミスする悪循環。
どこにいても、邪魔になってる気がする…
そう思いこんで、ずっといたたまれない思いで過ごした日々。
そんな中、東北での日々がまた頭をよぎり、何もかも中途半端な自分にまた嫌気がさしてました。
うまくいかない原因は、私がその環境に素直に順応できなかったから。今なら分かるよ。
当時の私をその場で見ていた人からは「ウソつけ!!」「本当かよ⁉︎💢」と言われてしまうかもしれないけれど、私なりに必死だった。
自分なりに考えて、みんなの歯車に入って助けになりたいのに、やればやるほど空回りしてしまう。同期がどんどん仕事をできるようになる中、何の役にも立てず、求められる役割にいつまで経っても応えられない自分が情けなくて、悔しくて、何より教えてくれてる先輩や期待して採用してくれた社長にも申し訳なくて、頭を抱えるばかりでした。
そして、夏くらいだったかな。
東北の活動でご一緒した方から
「秋は東北6県の長期公演をやる予定です。
いつ来られますか?」
と連絡が入りました。
えっ、秋!?長期公演!?
実は、夏にまた宮城県を訪れた際に、活動で撮った写真で、東北のみんなの笑顔の写真集を出したらどうか?という話が出ていて、心が動いていたんです。それを叶えるならば、絶対に行きたい!でも、現実を考えると参加は絶望的。しばらく、胃が痛くなるほど葛藤しました。
行くなら、連休をとらないと無理。
でも子供スタジオの秋は七五三で繁忙期。
休みを頂くなんてとてもできない。
だけど、行かなかったら後悔しない?
行くなら辞める…?
でも、繁忙期要員を育てるために忙しい中時間を割いて教えてくれた先輩を裏切るのか…?仕事できない分際で!?うまくいかないからって逃げるのか!?卑怯者。
そもそも、一人前のスタジオカメラマンにすらなれない私に写真集なんて出来るはずがない…
本当に?やってみもせず決めつける?
もし行くとして、
この時期に辞めると切り出せる??
行きたいけど、行けない理由を探してはモヤモヤする事を繰り返しながら悩んでいました。
そんなある日、社長から呼ばれました。
伸び悩む私を見かねてなのか、身が入っていないことを見抜いていたのか。
「今後について考えてみて」と。
それから数日間悩み。。。というのは口実。
この話を聞いた時に、辞めることを切り出すチャンスだと思った。
今回を逃したら次はない。
東北の活動に参加する事。そのために辞めたいことを社長に素直にお話しし、なんの役にも立てなかった事を謝りました。
思いのほか暖かく送り出してくれた事に少しだけホッとしつつ、先輩、特に私が勤める予定だった支店の人たちの気持ちや状況を思うと、申し訳なくて胸が押しつぶされる思いでした。
写真を仕事にしてみたかった
厳しいとは分かってたけど、
自分なりに頑張ったけれど、
やっぱり私には無理だったんだ。
どんなに頑張っても、
ダメなこともあるのかもしれない。
一番やりたかったブライダルスナップで失敗したわけではなかったけれど、社長から遠回しに私にはブライダルスナップなんて無理だと言われ、スタジオでの挫折とともに燻った夢として心の奥底に押し込めました。
もう落ち込んでは居られなかったので。
東北で演奏する曲も練習し、資金を少しでも集めるべくアルバイトを掛け持ちし、その場の空気が伝わる写真を撮れるようになりたくていろんな写真集を見ていました。
そんな中、転機となる一冊の写真集と出会います。
続く
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