Tasogare Manbiki Boy
こどものころ、世界は今よりも大きく、そして全体性を持って動いているものだと思っていた。
ものすごく簡単に言えば、大人たちの事を万能集団なのだと思って世界を見ていた。大人は全員が知り合い同士で、すべての情報を全員が共有している。知らないことはない。というふうに思っていた。
車がどうして走るのかも、ゴールデンウィークに泊まる旅館で働いている着物の人たちのことも、頭上を飛んでいる飛行機の乗組員全員のことも、すべてを把握している。ニュースで流れる意味不明な日本語についても大人たちはふんすんと頷きよく理解し、工藤静香や中森明菜も、知り合いだからちゃん付けで呼ぶ。だから世界はとてつもなく大きく、そして全てが繋がっているのだとおもっていた。
だから、あんこ少年のこともすべての大人たちが把握していると信じていて、何歳なのかを僕に質問するのは、確認のためだと思っていた。
けれども、徐々に世界に触れ、あんこ少年を知らない大人たちが存在することが分かってくると、世界の輪郭がぼんやりと定まってきた。大人たちは万能じゃなかった。全部知ってるわけじゃない。なるほろなるほろ。少しづつわかってきたなりよ。なるほろなるほろ。
そんなふうに、輪郭が定まりかけた小学校1年生の下校時間。学校そばの駄菓子屋前で立ち尽くし、店のことを興味深く見つめていた僕に、とある男子児童が話しかけてきた。
背は僕よりも高く3つくらい年上の少年だった。
なぁ、おまえ、一年?一人?
えっと、そうです。
おまえなんばしようと?
なんか、立って見てます。
ふぅん、なぁ、あのさ、おまえさ、店の中入ってからくさ、ガムとってきてくれん?
ぼくはいろいろとかんがえてみてそしていやいいですと言って、その場をけっこう早足で立ち去った。
鍵っ子だったぼくは、急いで家に帰って鍵を締め、その人が追いかけてきてはいないかと、なんども窓の外を見た。
その少年は、あんこ少年に万引をさせようとした。おそらく一年生ならば善悪の判断もまだできないだろうし、年上の自分の言う事は簡単に聞くと思っていたのかもしれない。
この日、あんこ少年のシステムに、新たな情報が書き加えられることになる。
世界には変な怖い人がいる!話しかけてくる!!!!
悪いことをさせようとしてくる!!!!
それからというもの、あんこ少年は警戒しつつ、人々と接していくことになるのであった。大人たちが万能に動き回り成り立っていると思っていた世界の、夕暮れの薄暗い目の届かないところに、ああいう少年がいて、困ったことをしている。そうやって世界が再構築されていった。
ふと、僕が旅先とかで誰かに話しかけたい気持ちは、あの大人たちの万能感に由来するものなのかなぁ、とそう思った。誰とでも知り合いで、情報共有が万全に行われていたと信じていたあの頃。あのころのあんこ少年はまだ、あんこぼーろの中であの頃の世界を信じているのかもしれない。駄菓子屋の前で崩れ去ったあの世界を。