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119番通報
バス停で、おばあさんが、おじいさんを、必死で揺さぶっています。
車で多地点を移動する仕事なので、朝から移動をしていました。一つ目の仕事が終わって、二つ目の仕事に行く途中のことです。
バス停で、おじいさんとおばあさんが座っています。そして、おじいさんは脱力して、目を閉じてうなだれています。ぼろぼろになったボクサーみたいにして座っているのです。おばあさんは携帯電話を片手に、おじいさんを必死になって揺さぶっています。
喧嘩でもしてるのかな、と思い通り過ぎました。
でも、おじいさんの顔色は蝋燭のように真っ白だったなぁ。喧嘩にしてはおじいさんは無反応だったよなぁ。喧嘩じゃないのかなぁ、いや喧嘩なわけない。あの雰囲気はおかしいぞ。ブレーキを踏み、バックをして、バス停の前に車を停めます。
どうかしましたか?大丈夫ですか?
おじいさんは反応がありません。まるで突然の雨で雨宿りしたかのように、全身ずぶ濡れです。おばあさんが答えます。
「ちょうどいま、私が病院にバイクでいこうとしてたら、じいさんがバス停で倒れとったもんで、いま息子を呼ぼうとしとるけど、息子につながらんのよ、ほんとに、今日は暑いから畑はやめときって言ったのにほんとに」
バス停の傍に原付があり、おじいさんのものであろう、鍬や鋤が転がっています。おじいさんは、浅い呼吸を繰り返しながら、目をつぶってよだれを垂らしています。どうやら、全身が汗で濡れているようです。
呼びかけると、目を開きますが、何が起きているかはよく理解できていないようでした。おばあさんはずっと息子に電話をしていますが、誰もでません。
「畑で気分が悪くなったんですか?」
おじいさんに聞いても、反応がなく、おばあさんが、
「梅ジュース持たせ取ったから、熱中症とかは大丈夫だと思うんだけどね。」
と答えます。そばに水筒がころがっていて、振ると中にはなにも入っていません。近くに自販機でもあれば何か飲ませるのですが、なにもありません。おばあさんに対して言いました。
「おじいさんのこの様子だと、ご自宅よりもお医者さんに診てもらうほうがいいかもしれません。救急車を呼びますよ?」
「家に連れて帰れば治ると思うけどねぇ。」
「ご高齢で、これだけたくさん汗かいてて、意識がもうろうとしてるので、救急車の方がいいと思いますよ?呼びますよ?」
「あら、そうかね?救急車いるかね?家に連れて帰ったらだめかね?」
「おじいさんもう、意識がもうろうとしてるんで、早く診てもらった方がいいと思います。救急車呼びますね」
119番通報しました。
冷静な淡々とした声で住所や状況などを訊かれ、コロナ的な症状があるのかどうかを尋ねられました。ものすごく冷静に淡々と質問され続けたので、何か悪いことをしたような気持になりました。まぁでも、仕方ありません。正しい情報を仕入れるためには、あの電話の向こうの方はあのように電話をする訓練を受けているのだと思います。
おじいさんのびしょぬれの上着を脱がせて、おじいさんの麦わら帽子で扇ぎます。少しずつ状況が呑み込めてきたのか、おじいさんは小声で、
「ごめんね、すまんね、ごめんね」
とつぶやいています。
そうこうしているうちに、救急車の音が近づいてきました。
救急車に関わるのは三度目ですが、ほんとにいつも素早く対応をしてくれます。これはいつもすごいと思います。
救急隊員が三人おりてきて素早く、柔らかい対応で、おじいさんは運ばれていきました。熱中症でしょうね、という話でした。おばあさんは隊員の指示で、自宅に衣類を取りに行きました。
時間にすると十五分くらいの話でしょうか。
何事もなかったかのように、バス停は静まり返っています。
こういう時期だからこそ、救急車を呼ぶかどうかは、いろいろ意見が分かれるところかもしれません。
おばあさんの中には、救急車という選択肢はなく、家に連れて帰って梅ジュースを飲ませれば元気になる、という認識だったようです。
ご家庭で、おじいさん、おばあさんと暮らしている方。もしくは、離れて暮らしている方。そして、偶然にもここまで読み進んでくれている方。
ぜひこの後、熱中症について調べて、今夜、ご家庭や電話でその話をご家族でシェアしてみてください。
めまいがしたり、ふらふらしたりって、まぁ夏だったらよくあることだと思うんです。意識がもうろうとしていても、家に帰ればなんとかなるだろうって、思ってしまうかもしれません。
あのおじいさんが無事助かったのかどうか、確かめるすべがないのでいまはご自宅で梅ジュースを飲んでいるのかどうか僕にはわかりません。
大丈夫だろうと過信してしまわずに、『こんなことがある』って家族が知っているってことが、事故を少しでも減らせると思います。
なので、もし、読み進めて頂けている方がいれば、熱中症について調べて、ご家族で少しだけお話してみてほしいのです。
もし、道端でおじいさんのように、同じような症状が出ている方がいらっしゃれば、あなたが誰よりも素早く対応できるかもしれません。
このnoteがそんなきっかけになれば幸いです。
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