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「つくね小隊、応答せよ、」(十八)

ジャングルの暗闇の中、渡邉、清水、仲村の三人が、話しています。

焼きもぐらと、砂飯の夕食を食べた三人は、向かい合って座り、清水の昔話「早太郎」を聴いているのです。



そしてその三人の様子を、三匹の生き物が離れたところから見守っています。



最初に狐がいて三人の様子を見ていました。

そしてそこに白い犬が合流し、

最後に茶色のたぬきがやって来ました。


三匹は、互いが生きた獣ではないということが直感でわかりました。

日本から遠く離れたこんな南国に、なぜ日本の彼らがいるのか。その理由も、お互いに直感で理解できました。


「は?こんな南国にも、こんな汚ねぇたぬきがいんのか?ふーん、なるほどなぁ…あ、俺は、信州信濃の光前寺、早太郎だ」

白い犬が、めんどくさそうに自己紹介しました。

ぷるぷると震えながら、たぬきが挨拶します。

「あ、あのわっちは、阿波の国は小松島、金長神社から参りました、たぬきの金長でござ、ってごるあぁぁ!体がデカけりゃそんな挨拶が許されるってわけゃねえだろうがぁぁぁぁ!ごるぁぁ!」

「あ、わたくしは、稲荷の使いの狐でございます。早太郎さん、金長さん、どうぞよろしくお願いいたします」

狐が、うやうやしく二匹に挨拶します。

それに金長が深くお辞儀をして、早太郎は少し会釈を返します。

「いやぁ、そうそう。挨拶はそうですよね、初対面ですから、間違っても汚いたぬきだなんて単語は出てこないですよね!話はおわってねぇえぞごるああああっ!」

「で、狐、おめえは、どいつの担当なんだ」

早太郎は金長を無視し、狐に聞きます。

金長は、ハリセンボンのように膨れて真っ赤に怒っています。これは比喩ではなく、真っ赤に燃えるハリセンボンの姿になって怒っているのです。

「私は、あの長身の渡邉です。金長さんは、色白の背の低い方ですよね?」

狐は気を使って、怒っている金長に問いかけます。金長はたぬきに戻り、あぐらを組んでぽぽんっと座り、腕を組んですんすんと頷いて答えました。

「うん、そうそう、仲村。仲村久蔵」

切り替えが早いようです。

「じゃあ、早太郎さんは、あの眼鏡の彼ってことですね?」

早太郎はつまらなそうにそっぽを見ながら鼻で息を吐き、頷きます。

「そうだ。忠義とかって言ったかな。たしか。清水忠義」

狐が笑顔で何度も頷きます。

「なんの因果か、別々の地域のわたしたちが、彼らの加護のためにこの地に来て、そしてわたしたちがこうやって出会ったわけですよね。ご縁ですねぇ」

どうやら、彼らは、渡邉、仲村、清水の三人をそれぞれ加護するためにこの南国に立ち現れたようです。

「で、早太郎さんは、なぜこちらへ?」

狐が早太郎に笑いかけます。

早太郎は、地面に寝そべりながらあくびをします。

「眼鏡のあいつのおやじがよ、毎日やってくるからよ、仕方なく、だな」

狐が笑顔で何度も頷きます。

そして金長の方を向き、笑顔で首をかしげます。「金長さんは?」という意味でしょう。

「わっちは、久蔵の祖母のマツが、毎日お参りにやってきて、“どうか久蔵をお守りください”と言うので、それでやって来ました。わっちは、主体性をもってやってきましたっ!」

金長が早太郎を横目でみながら、胸を張って言いました。仕方なくやってきたみたいなスタンスの早太郎につっかかっているようです。

しかし、早太郎は聞こえないかのように、前足に顎をのせ、遠くをぼんやり眺めています。

早太郎が狐の方を少し向きました。

「で、狐、お前はどういういきさつなんだ?」

狐は自分の手首のあたりを舐めながら早太郎に笑いかけます。

「あ、わたしは、誰かにお願いされたとかっていうのではないですね。渡邉の観測と加護をせよ、という主の命令に沿ってやって参りました」

金長がふんすんと頷いて、きりりとした顔つきになりました。

「とにかく、さまざまな理由でわっちらは彼らの加護のためにここにやってきたわけですよね」

狐が金長のその言葉に頷き、ひきつぎます。

「はい、そして戦では、情報伝達や以心伝心の心の連結が、生存と勝利の確率を高めます。ゆえに、それぞれが加護する者たちの生存率を高めるためにも、わたしたちが、ともに行動し、協力することにしてはいかがでしょう?」

金長が膝をはたと打って飛び上がり、着地します。

すると、金長はたぬきの姿から隈取をした歌舞伎俳優になっていて、きらびやかな着物で見得を切りました。

「いやぁ!そいつぁ!めえええいあんんにぃいぃい!あ!ごぉざ」「うるせえよ」

早太郎が、金長の台詞に割り込みます。

それに対して金長が抗議します。

「あ、ちょっと早太郎さん、あの、その、わっちが喋ってるときにですね、その、割り込んで話すとかそういうのはちょっとやめ」「まああいつらが三人で一緒に行動する以上、俺たちも一緒に行動するしかなさそうだな。仕方ないが、それが一番効率がいい」

その抗議にも早太郎が割り込んできます。

金長は、歌舞伎俳優から、だるまに変わり、体中からぐつぐつぐつぐつと煮え湯がたぎるような音を出して真っ赤に震えています。

狐がひきつった笑顔で金長をなだめてから言いました。

「それでは、今夜から、わたしたち三匹は彼らを加護するために、ともに行動することにいたしましょう。その、できるだけ、仲良く…ね?」

すると金長が、ぷしゅうううと空気を吐きながら早太郎に言います。

「わかりましたか?早太郎さん?失礼な言葉を使わないように!な!か!よ!く!頼みますよ?」

「は?俺は、もののけみてぇなのは嫌いなんだよ。お前は、もののけの化け狸じゃねえか」

「え!じゃ!じゃあ!こっちの狐はどうなるんですか?狐狸妖怪、魑魅魍魎っていうじゃないですか?」

「そっちは稲荷さまの眷属の狐だろ。化け狐との違いぐらい見りゃわかるだろ」

「そんなことをいうのであれば、わっちもれっきとした神社でお祀りされている身です!」

「…誰がおめぇみてぇなたぬきをお祀りすんだよ」

「それは…わっちがお世話になった染め物屋の方々が、そうやってお祀りくださってるんですよ…」

金長が真剣な目つきになります。

早太郎はその目つきに気づかずに次の言葉を吐きました。

「化け狸を後生大事にお祀りしてよ、物好きな人間もいたもんだな」

金長の目が鋭さを増し、風がぶぶんと吹きました。

金長は一瞬で大きなヒグマになり、目が血走り、牙をむき出し、爪を振りかざし、息荒く、早太郎に怒鳴ります。腹に響くような、太く野太い声です。

「茂右衛門さまを侮辱するのは許さないっ」

狐も、早太郎も、さきほどまでとは違う金長の気迫に驚きました。

早太郎は座り、ゆっくりと金長を見上げました。

「その、茂右衛門という人間は、おまえの恩人なのか?」

「ああ、わっちの命の恩人だ。それ以上侮辱するのであれば、わっちは我慢できぬ」

早太郎は、氷のような瞳で、ヒグマを見上げています。

狐は、一触即発のこの状況に、気が気じゃない様子です。

すると、ぽつりと早太郎がつぶやきました。

「恩人のことを、悪く言ってすまなかった…」

早太郎が、頭を下げて謝ったのです。

その様子を見て、狐も金長も、拍子抜けしています。

「わ、わ わかれば、い、いいんですよ…はい…」


金長は、ぷしゅううううう、とたぬきの姿に戻りながら、何度も頷き、なんだか不思議な顔をしています。案外、悪い犬じゃないのかもしれないなぁ、と金長は思いました。

「まあ、でも俺は、お前みたいなもののけが嫌いだけどな」

「な!ぬぬぬぬ!だからわっちはもののけじゃないって言ってるじゃないですか!」

「化け狸だろ?さっきから化けてんじゃねえかよ」

「化けはしますけど!そういうたぐいのたぬきじゃないんですよ!」

「ばけもんに、たぐいもてぬぐいもねえんだよ」

「ちょちょちょっと、やめましょうよ、おふたりとも、ね?わかり、わかりましたから、やめ、ね、やめましょうよ、ね、ほら、き、気づかれちゃいますから」



がさっ



「暗闇のなか、失礼いたしますっ。自分は、大日本帝国陸軍 上等兵 渡邉道雄と申します。敵の猛攻により、所属小隊は壊滅。
起死回生のため、転戦して参りました。ご無礼ながら、こちらの姿を見せる前に、そちら様の所属を明らかにしていただきたく存じます」








早太郎は「がさっ」という音に一番早く反応し、すぐに駆けてその場を離れました。狐は透明になって移動し、早太郎に合流しました。

「…な、なんだあの人間。気配がまったくなかったぞ…」

早太郎が驚いた顔をしています。狐は焦って困った顔をしながら頷きます。

「もうちょっとで姿を見られてしまうところでしたね……姿を見られると、いざという時の加護の力が半減しますからね…気づかれないようにしないと。…ね、金長さん…?え?金長さん?あれっ…」

金長がいません。

「な、なにやってんだ?たぬきのやろう。あいつ、なんで喋ってんだよ、なんで逃げてねえんだよ…」

茂みの隙間から二匹で金長を覗くと、渡邉が銃剣を構え、茂みに入ってくるところでした。

そして、なぜか金長が喋っています。正確には、とっさにラジオに化けた金長がラジオのふりをして、喋っているのです。

“あ、えっと、その、きょ、今日の天気は、その、は、はれです。明日の、阿波は、その、晴れで、その雨とかはあんまりない、かもしれません、たぶんそうです”

渡邉は驚いて、銃剣を金長の方へ向けました。

“それで、それよりも、あ、天気は以上です。そ、それで、今年は大相撲春場所が、す、すごいですね、横綱照國、そして小結佐賀ノ花、すごい取組をみせていただけました”

「くそ、なんだよ、ラジオかよ」

渡邉はラジオの前に、へなへなと座り込んでつぶやきました。

「なんでこんなとこにラジオがあんだよ…」

“さすが佐賀ノ花、飛燕の出足と言われるだけあって、なんか、小結ながら横綱照國と、えっと、とにかくすごい取組み”

「喋ってるやつめちゃくちゃ下手だな、え、っていうか、電気、どっから来てんだよ…」

渡邉は金長を持ち上げます。早太郎と狐が、“あちゃー”という顔をしました。

「あれ…電気線がねえじゃねえか」

渡邉がそう言うと、金長から電気線がゆっくり垂れさがってゆきました。

「あ、これか。で、どこに繋がってんだよ、これ」

渡邉がそう言うと、電気線の先が、地面に「すちゃっ」と繋がりました。

早太郎が呆れながら言います。

「あいつ、その都度、いきあたりばったりで化けてんのかよ…だいじょうぶかよ…」

狐も心配そうな顔です。

“えっとぉ、その、つ、次のお知らせも、その、大相撲春場所です。大相撲春場所といえば、照國と、佐賀ノ花の取組がすごいってことは、さっきもお伝えしたかもしれませんが、あとは、”

金長は何度も同じことしか言いません。狐が口元を手で覆いながら不安げに言います。

「……金長さん、相撲がお好きなんですね…相撲のことしか喋ってないですよ…しかも同じ力士の取組だけ…これはさすがに、怪しまれちゃいますね…」

渡邉は、訝しげな顔つきで、ラジオのつまみを回そうとしています。

「わたしが出ていったほうが、よさそうですね…」

狐がそう言うと、早太郎がそれを制しました。まだ見届けておくほうがいいという判断のようです。狐は動かずに見守ることにしました。


渡邉がラジオのつまみを回します。

“あとは、今回の取組みでは、照國の緩んだまわし、通称“ゆるふん”は効果を発揮いたしませあ! ふんぎゃっ いや!そ!そこだけは!ご!ご勘弁!”

ラジオが反応して喋ったので、渡邉はびっくりして、金長を放り投げました。

金長は、投げられるとは思わなかったようで、無意識に脚を、

にゅるりんぽんっ

と出して着地してしまいました。

早太郎と狐が、“あ〜あ…”という顔をしてうつむきます。

渡邉は、銃剣を構え、金長を凝視。

金長は、振り返って銃剣を見て、早太郎と狐のいる茂みの中へ大慌てで駆けてきました。

渡邉は、唖然とした顔をして、立ち尽くしています。








息を切らしている金長。

彼を無表情で見つめる他の二匹。

金長は汗をかいて無言で荒い息をしていますが、おもむおに、ぴょこんっと飛び上がりました。
着地をすると頬かむりをした農民に化けていて、土下座しています。

「ふたりとも申し訳ねぇ!!!突然の出来事にたぬきは弱いんですっ!ほら、狸寝入りっていうでしょ?死んだふりをしちゃうんです…だからとっさのことにはちょっと反応が間に合わないというか、動けなくなるというか…だからその、せめて、化けようってことで…それで、そのぉ…」

早太郎が、鼻からため息を吐き出しました。

「なんでラジオなんだよ。石でも丸太でもいいだろうが」

「い、いや!そう簡単に言いますが、石は土をかけたり、苔が生えたり、いろいろ細部の描写が大変なんですよ。体の周りの情報に合致した变化をしないと、場になじまず逆に、変になっちゃったりするんです。

で、丸太の場合は、戦場で丸太があったらそれはすなわち人の痕跡ですからね、怪しいということで警戒させてしまいます…それは避けたほうがいいなと、わっちは思ったわけです…で、…その…」

狐も小さくため息をつきました。

「で…その……なるほど、それで…ラジオ、と…なるほど……」

金長は、震えながらまた飛び上がり、大きなダンゴムシになって丸まって土下座をしました。ダンゴムシは小刻みに震えています。本当に不甲斐ないと思っているのでしょう。

「いや、まあでも、完全に正体がバレたわけではないので…まあ、よかったですね。でも、やっぱり私達は彼らを陰ながら加護するものです。だから次回は全員でもっと警戒しつつ、彼らに気づかれないようにしましょう…」

三匹は互いに頷きあいました。


渡邉は、元いた場所に、首をかしげながら、戻ってゆきます。

ラジオが脚を生やして逃げるなんて、現実的ではありません。現実だと考えるよりも、幻覚を見たと考えるほうが普通です。

戦場で冷静に任務をこなしてきた渡邉にとって、幻覚が見えてしまった今回の出来事は少なからずショックでした。




南国の夜は、いろんなことを湿った風で包み込み、ゆっくりとふけていきます。

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拝啓 あんこぼーろ
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