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ニアミス棚からぼた餅おじさんが主役の物語。





居酒屋。会社の送別会。
3つの部署。総勢100名。

別の課のなんとかっていうぱっとしない名前の、ぱっとしない顔の女の子が結婚するらしいんだけど、そのぱっとしない子が何しようが私は知ったこっちゃない。私には私の別の目的がある。狙っている男性がいて、彼と近づきたいがために、私は、今日、ここにいる。

私は、騒がしい宴会の席を徐々に移動し、その場の会話を楽しんでいるふりをして、お目当ての男性に近づいていく。

まぁ今どき一気飲みなんかやっても盛り上がらないだろうに、そういうことでしかアピールできない人たちが、数人で競い合って酒を飲んでいる。この中の誰かが、どうせ誰かに介抱されて、大丈夫大丈夫!大丈夫だってぶあもろもろもろもろっって、居酒屋の前の道路に嘔吐して、色んな人に迷惑をかけるんだろう。そんな奴らを横目で見ながら、私はやっと彼の隣に座ることが出来た。


送別会開始から28分。2時間飲み放題コースだと、途中でオリエンテーションと、後半にスピーチ大会みたいなのが開かれるから、否が応でも会話は中断する。それまでに彼に心理的、物理的にも近づくためには、早くても駄目、遅いのはもっと駄目。だから、開始26分から28分ぐらいに隣に座るのにベストなタイミング。


彼はワイルドで汗臭い。まるで獣がカウボーイになったような雰囲気で、なんか、もう、漢って感じがする。最近のおとこの子たちにはない、獣っぽい雰囲気が漂っていて、その体臭を嗅いでいるだけで私はくらくらしてしまう。彼は別の部署の部長で、白崎さんという。私の4つ上。独身。


「白崎部長、お疲れ様です。」

「おぅ、おつかれさま、どうよ?足の調子。」

ひと月ほどまえに、会社の階段から足を滑らせて転げ落ちそうになった私を、白崎さんが、抱きかかえ、助けてくれた。ほんの少しだけくるぶしを打撲したけど、大事には至らなかった。

…という設定で、本当は、私はあの日、わざと転げ落ちた。目の前の女の子がバランス崩せば、だいたいの男はとっさに手を出そうとする。だから、否が応でも私のことは印象に残ると思う。支えてくれた太い腕に必死で抱きついて、胸を押し付けて、すがるような目で見上げておいたし。

「もうぜんっぜん大丈夫です!いやぁ、あのときはとってもびっくりしました、白崎部長がいてくれなかったら私今頃松葉杖かもしれません。助かりました。本当に、ありがとうございます。でもそれにしても、白崎部長って、すごく腕が太いですよね、ジムとか行かれてるんですか?私もジムに行こうかなって考えてて」

私は自分の胸が、部長の腕に当たるか当たらないかぐらいに調整しながら、取皿を取る。

「いや、それよく訊かれるんだけどさ、なんもやってねぇんだよなぁ、たぶん、犬の散歩かなぁ、レトリバー飼ってて、でけぇやつだから、かなり腕力鍛えられる。あ、あとはキャンプとかかなあ」

「えぇ!レトリバー私も子供の時飼ってました!ゴールデン?ラブラドール?え?チョコレート色のラブラドールですか?かわいいっ!」

レトリバーの話を深めていくと、やっぱり写真を見せてくれた。写真を見せてくれると私は部長に近づき、かつ前かがみになる。これで、ボタンを緩めたシャツの隙間、という誘引剤を使える。

後はもう少し私が酒に酔い、本当はおっちょこちょいの子が、職場では頑張ってしっかり者を装っているのに、酒でそれらが剥がれていくという一連の流れを演じる。獲物が弱っていくのを見るのは、獣にとってはショーのようなものだ。白崎部長には、それを特等席で見ていてもらう。

私はトイレに立つ。
化粧直し、香水追加、そして、コンタクトを外すために。

香水はさっきとは違う香水をつける。相手の五感を絶妙に刺激して、飽きさせずに、獲物の私だけを見させる。そしてばっちり化粧直しをしない。目元と口元だけの化粧直しに留める。目は口ほどにものを言うと言うけれど、同じように、唇も口ほどにものを言うと私は思っている。黙っていても、唇と目だけは雄弁。

そして、コンタクトを外す。コンタクトを外すと、少しうつろな眼差しになり、か弱い雰囲気を演出出来る。隙ができて、部長は私を見据えることができるようになる。動物にとって視線を合わせるというのは、征服の第一歩だ。彼にそれをしやすくしてあげる。


「おまたせしましたぁ、ちょっと酔っちゃいましたあ、あ、いててっ、あ、ごめんなさい、」

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私はトイレから戻ってきて、ふらついたふりをして、あえて部長の太ももに手をついて座る。

「すいません、お化粧直ししてたらコンタクトが外れちゃって。ごめんなさい」

部長はやけに明るい声でそれに答えた。

「え?あ?い、いや、え?まあ、全然大丈夫だよ、っていうかまずさ、化粧直しなんてしなくても全然綺麗だよ、君」

「んもぅ、酔ってるからって馬鹿にしないでくださいよぉ、んもぅ」

私は部長の胸のあたりを拳で軽く叩く。部長がにやりと笑うのが見えた。よし、かなり懐に入り込めたようだ。これで今日の行程はほぼ終わり。あとはしょうもないレクリエーションで時間を潰して、あとはもうお開き。次のターンは来週休み明け。部長から声をかけてくるタイミングをこちらが作る。

「えー、なんか君、面白いねぇ、ねぇ、もっと飲みなよ、ね、せっかくだから、ね、」

そして部長が積極的にお酒をすすめてくるようになった。彼もすこし酒が回ってるみたい。もしくは、か弱い雰囲気と、香水の変化が、彼の本能をくらっとさせちゃったのかも。そしてしばらく彼は、私の休みの日何してるかとか、彼氏とか、そういう質問を重ねてきた。一つ一つ彼の体に偶然を装って触れながら答えていく。すると、

「あのさ、ねぇ、ちょっとさ、よかったらさ、他のところに、静かなとこにさ、行こうよ、ね?」

と、突然彼は言った。
ちょっと雑だけど、大胆。
あ、 これ、きた、きたこれ。

私は小さく頷いて、トイレに行くフリをして店を出る。その後、彼もすぐに店を出てきた。店の前の夜風は涼しい。開放的だ。

「落ち着けるとこでさ、飲み直そうよ」

彼は言って、しばらく歩き、ホテル街の真ん中を通り、途中で突然立ち止まり、

「入ろうよ」

と、言う。

「え、それ、すっごい大胆ですね、わたし、そういうの好きです」

わたしがそう言うと、彼は私をホテルへ強引に連れ込んだ。


部屋を彼が選び、二人でエレベーターに乗る。ふたりきりの狭い密室。あの白崎部長と。あのワイルドな男臭いオスと。

ん?  え?

男臭いっていうか、なんか、違う。強いて言うなら、オヤジ臭い。
密室だとそれが際立つ。
あれ?なんで?
おぼろげな視界で、部長を見ると、私の顔のすぐ横に、彼の顔があって、エレベーターの数字を見上げている。

あれ?白崎部長って、180センチぐらいあるよね。わたし、160センチなんだけど。なんで?いままで20センチのシークレットブーツでも履いてたの?あれ?なんか、髪型も違う。酔った頭と、おぼろげな視界で解析する。白崎部長じゃない、いや、え、だれ?

「あの、えっと、誰ですか?」

私は、酔いが醒めていくのを感じながら問いかけた。

「んもぅ、誰って、そんなさ、名前なんかいいじゃないのよ、お互いがどこの誰なんて、気にしない気にしない」

誰だよ。







ほら、“会”とか“式”って、同時に、同じ場所で開かれたりするじゃないですか?

結婚式とか、送別会とか、忘年会とか、お葬式とか。

で、勘違いして、まったく知らない会に参加しちゃってることって、みなさんにはありませんか?

ほら、トイレから戻る時、座敷を間違えて、まったく違う別の会社の送別会に参加しちゃうとかってこと。




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