「つくね小隊、応答せよ、」(廿六)
「そしたらそこに、大将が現れたのよ。
俺より年下。しかも小柄。そのくせ、大熊を見てもびびりもしねえ。
でよ、腰の抜けそうな俺見て、お袋見て、最後に大熊見て、大将言ったのよ。
“あーあ、目、合っちゃったなぁ…立ち去ることは、もうできないなぁ…”
何言ってんだこいつって、思ったよ。俺よりも年下のくせしてよ、ちいせえくせによ、何ができんだよ、って。とっとと逃げろよって。
そしたら大将、みるみるうちに二頭の熊を越えるようなヒグマになってよ、雷みてえに吠えるのよ。
俺は、動けなかった。二頭の熊が、大将に噛み付いて、うめき声上げて、大将は血吹いて、それでも負けじと二頭に噛み付いて、爪で薙ぎ払って。
血と爪と牙、悲鳴にうめき声、肚がめくれかえるような咆哮。
俺は、地獄みてえなその光景をずっと見てたよ。ただ見てるしかなかったのさ。弱っちいからよ…。
恐怖でぼーっとしてたんだろうよ…いつの間にか、熊二頭はいなくなってやがった。
そしてよ、血まみれの大将がよ、お袋を、慰めてるのよ。何事もなかったみてえに、怖かったですよねぇ、二頭ですもんねぇ、とかなんとか言ってんのよ。
本当なら俺が助けなきゃなんねえおふくろを、俺がこころん中じゃ見捨てちまったおふくろをよ、赤の他人の大将が助けて、笑いかけてんのよ。
俺は、安心感と、情けなさと、恐怖感と、そして、大将への感謝で、ぼろぼろと泣いちまったよ…」
四天王、四匹とも武器を下ろし、大鷹の話に聞き入っています。
大鷹、大太刀を鞘に仕舞い、自分の胸に右手をあてました。
「あのとき、俺は、死んでんだ。本来なら、そのとき熊の胃の中に入ってた俺とお袋を、大将が助けてくれたのさ。
“四国統一” だ?
“男の野望”だ?
笑わせんじゃねえよ。
そんなことで、
俺が大将を、
裏切れるわけが…
ねえだろうがああああああああああああああああああああああああ!!!!」
大鷹、体を奮い立たせ、全身刃だらけの鋼の狼に化け、牙をむき出しにして、四匹に吼えました!
体を震わせると、鋼が擦れ合う鎧のような音がして、四天王、あまりの気迫にどよめきます。
八兵衛、槍を構えながら大鷹に言い放ちます。
「大鷹、考え直せ!傷も浅くはない!お前ほどもあろうやつが、こんなところで!死ぬのはならん!さっきは3対1だ、しかし今は4対1!おまえがいくら強くても、おまえは、勝てねえ!!!」
大鷹、血を吐きながら、満足そうに笑って言いました。
「…おい、俺をみくびってもらっちゃ困るぜ。あんたがたは、阿波を納める六右衛門の四天王だ。俺が一人で勝てるなんて、はなから、少しも、微塵にも、思っちゃいねえ!!!!」
すると八兵衛、寂しそうに肩を落とし、言いました。
「ならば、この八兵衛、お前を全力で殺す!覚悟せよ!!!」
大鷹、体中の刃を逆立たせ、四匹に飛びかかる!四匹、それぞれの武器で大鷹の身体中の刃を受ける!四方八方に火花が飛び散り、四匹は四方に弾かれる!
手裏剣苦無が飛んで来る!
槍が幾度も風を穿つ!
刀の斬撃が激しさを増す!
体を大きく震わせそれらを何度も弾く大鷹!
大鷹!九右衛門にくらいつこうと牙を剥きます!
九右衛門、刀で牙を受けるが、大鷹、刀を噛み砕く!
作右衛門、大鷹の額を刀で打つ。しかし額で刀を弾き、作右衛門に頭突きの大鷹。作右衛門は九右衛門に叩きつけられ、二匹は折り重なって倒れます。
真横から役右衛門の鎖鎌がしゅるるるるんっと飛んでくる!鎖は大鷹の胴体に巻き付きます。
すると、鎖はみるみるうちに赤と黄色の毒蛇に化けました。
毒蛇、大鷹の刃の隙間に入り込み、大鷹の腹をがぶりと噛みました。大鷹は大きな雄叫びをあげます。
毒で術が解け、大鷹、しゅるしゅると元の姿に戻ってゆき、八兵衛すかさず大鷹の腹を槍で突く!
すると大鷹、その槍をしっかり握り、自らの腹に槍を突き通す。そうして八兵衛を引き寄せしっかりと抱き込み、小さな刃を八兵衛の喉元に突きつける。
「おめえら動くな、一歩でも動けば、こいつの命はねえぜ…」
金長は、風のように小松島へ駆け抜けました。
そして、突然の主の帰還に、驚き喜ぶ手下の藪たぬきたち。
けれども金長挨拶もそこそこに、彼らの支度をすぐに整えさせ、勝浦川のほとりで戦う大鷹の元へ、皆を従え、舞い戻るのでございました。
「金長さま、ご無事でなによりでございます!」
走る金長に並走する一匹のたぬき。
名を「小鷹」。
年の頃は15、6。きりりとした、誠実でたくましい顔のたぬきです。
「金長さまあ!ほんとによかった!なあに!津田の四天王なんか、おっとうが、やっつけてる頃です!」
そしてもう一匹の並走するたぬき。
名を「熊鷹」。
年の頃は9つほど。なかなか良い顔つきをしておりますが、まだまだ幼い子だぬき。
この若いたぬきの、小鷹、熊鷹は、大鷹の息子たちです。金長の右腕として働き抜く父を、心より尊敬しておるのでございました。
明け方の勝浦川。東の空が白くなりはじめました。
東西に走る勝浦川。南に小松島、北に津田がございます。
金長、小鷹、熊鷹、そして100匹近くの藪だぬき達は、勝浦川南側に到着致しました。
そして一行が川を越えようとしたその時でございます。対岸の森の中より、大きな大きな火柱が立ち昇りました!
「あ!ありゃ!おらのおっとおの出した炎の色だ!」
熊鷹がそう叫ぶと、藪だぬきたちは、おおおおおおおおお!と歓声をあげました。
「さすが大鷹さまじゃなあ!」
「ぼくらの出番がないやもしれませぬな!」
「津田のたぬきども、今頃冷や汗かいてるんでねえか!」
藪だぬきたちは、高らかに笑い声をあげております。
「おめえら動くな、一歩でも動けば、こいつの命はねえぜ…」
大鷹、八兵衛に小刀を突きつけ、言いましたが、毒と出血で体に力は入りません。ほとんど八兵衛にすがりついて立っているようなありさまでございます。