ノモリクヲノミカ ⑥の真ん中
「僕は、ハルカと言います。このセオドアで、王をしています」
白いパーカーを着たハルカは、そう言った。
「はるばるここまでよくたどり着いたね。ほんとうにおめでとう。君たちはよくがんばったよ。お疲れさま、おめでとう、がんばったね、ほんとうにありがとう」
そしてひとりで拍手をする。
ぼくたちは、転がったままだったので、それぞれ手をとりあって、ゆっくりと立ち上がった。
「さて。ここまでたどり着いたみんなには、まずここセオドアのガイドからさせていただこうかとおも」
ハルカはひとりひとりの顔を見ながら、にこやかにそう話し始めたけれど、ぼくと目が合うと口を開けたまま、しゃべることをやめてしまった。
「ハルカ、久しぶりだね。ぼくだよ」
ぼくがそう言うと、ハルカは少しだけ首を左右に振る。
「いや、いやいやいや、だって君は、うん、そうだ。ぼくと同い年のはずだ。君がここにいるわけがない。他人の空似だ、いやいや、失敬、友人に似ていたからね、つい、その」
「いや、ハルカ。ぼくは君を知っているし、君はぼくを知っているはずだよ。ぼくはユウだよ。君の友人の。ユウだ」
ぼくがはっきりと言うと、ハルカは押し黙った。
まるで、幽霊を見るように、ぼくを見つめる。
「でも…君は一体、どうやってここに?」
「どうやって来たのかは覚えてないんだ。でも、誰に呼ばれて来たのかだけはわかる。ぼくは、ダレカに呼ばれて来た。もうひとりのハルカだよ」
ハルカは、驚いた顔つきから一転して、僕に興味をなくしたように冷ややかな顔つきになった。
「ああ。あいつか。ああ、なるほどね。
あいつが、考えそうなことだな…そっか、じゃあ、ユウは、なるほどね、そうかそうか。
わかったよ。あ、じゃあえっと、ユウ、つもる話はたくさんあるし、君と話したいのはやまやまなんだけど、さきに皆に説明しなきゃいけないことがある。あとででいいかな?」
ぼくは、ゆっくりと頷いた。
ハルカはすばやく僕から目を逸らし、みなを笑顔で見つめた。
「さて。みんなごめんね。
まずは、僕の話から。
僕はね、ここセオドアで王をしているわけだけど、現実世界では僕は動けない。寝たきりで、意識はない状態なんだ。不思議だよね、意識がないはずなのに、こうやって話してるってのはさ」
ハルカがひとりで笑うと、ナオが口を挟んだ。
「ねえ、あなた、ウツミ君でしょ。ウツミハルカ。わたし、あなたのこと知ってる」
ハルカは、ほぅ、というように口を開き、ナオに興味を持った。
「おや、僕の名前。久しぶりに聞いたよ。でも不思議だね?一体どこで君と僕は出会ったんだろう?」
「あのね、わたしが入院している病院に、子供の頃からずっと目覚めない男の子がいるって聞いたの。その男の子の名はウツミ君。眠りの王子って呼ばれてる」
ハルカは小さく笑ってから、ナオに近づいた。
「なるほど。僕は目覚めないうちに、勝手にそんなあだ名をつけられていたのか。患者に勝手にそんなあだ名をつけるような病院は訴えてあげたいところだけど、なにせ僕は無意識だ。そんなことはできない。
それより、君とは同じ病院なんだね。奇遇だ、縁がありそうだね」
ハルカはナオに向けてにっこりと笑い、また続きを話始める。
「と、いうように僕は子供の頃から寝たきりで、まさに眠りの王子なわけだから、僕には文字通り、意識がなかった。
夢の夢の夢のなかのそのまた夢のなかの片隅で、ぼおっとしていた、というような表現が一番しっくりくる気がしている。僕はそうやって何年も座っていた」
ハルカは僕たちのまわりをゆっくりと歩き始めた。
まるで足の裏で金属探知をしながら何かの宝石を探すように、とても丁寧に。
「僕は、そうやって何年も過ごしていたわけだけど、夢の夢の夢の夢の夢のそのまた夢のなかのほんのちょっとした小さな通路を進んで行くと、不思議な扉があることに気づいたんだ。
僕は当時、自分が夢を見ているという自覚すらない。自分が自分であるという自覚もない。
そんな状態で、僕は、その銀色のドアノブに手をかけた。
するとその瞬間、うすぼんやりとした薄暗がりの世界から一変して、明るい明確な世界が姿を現した」
ハルカは、ぼくたちの真ん中にたち、両手を空にかざした。
「それがここ、セオドアだよ」
この門の頂上からは、セオドアの端から端まで見渡せる。
村や街や城や森や湖や山々などが、見渡す限り続いてる。
ハルカが手をあげた瞬間、見渡せるすべての森や山や村や街や城や川や湖から、大きな特大の花火がうち上がった。
かなり遠くでうち上がっているはずなのに、山や街を包み込んでしまうほどに大きな花火だ。
そしてその花火に呼応するように、空が群青色に染まり、星々が一斉にさまざまな方向へ流れ始めた。
花火が次々にうち上がり、流れ星が空を駆け回る。
ぼくたちは口を開け、その競演を眺めた。
「みな知っての通り、ここセオドアでもさまざまなことが出来る。でもね、王になれば、さらにさまざまなことが出来るようになるんだよ」
「それが、不老不死ってこと?」
ナオが訊ねる。
「うん、まあ、そういうことになるかな。
でも、このお話の続きは、王の権利を君たちが獲得してから話すとしよう。これから君たちには、最終難関が待ち受けている。
まあ言わば、最終選考というか、最終試験というか、そういうものだ」
ハルカは、ポケットから手をだして、手の平を上にむけ、数センチほど上にあげた。
すると、ぼくらの周囲の水色の地面に凹凸が出来始める。
その凹凸は、みるみるうちに細かくなってゆき、色がつき、さまざまな形になっていった。
フライパンやどこかの国の国旗や、古い瓶のジュースやノコギリ、筆やアルパカの置物や車のハンドル、旅客機や桜の木など、多種多様なさまざまなものだった。
大きなものや小さなもの、さまざまな雑多なものが、まるで貨物船の荷物が浜に打ち上げられたように、ぼくらの周囲を囲んでいる。
「君たちには、この中から、あるものを探してもらう。とあるアイテムだよ」
「え、こんなにたくさんの中から?ヒントはあるの?」
コウタがすかさず質問する。
「もちろん。ヒントは、というか、もうヒントはすでに答えなんだけど、いいかい、言うよ?ヒントは、君たちがここへたどり着くまでに目にしたもの。それがそのアイテムだよ。王になるための鍵だ」
「鍵?」
サキが首をかしげ、身を乗り出す。
ハルカは頷いて付け加える。
「あ、でも、鍵の形をしているわけじゃない。君たちが目にしたもの。それがヒントであり、答えだ。このなかにたったひとつだけ紛れている。
さあ、みんな、はじめてくれ」
その言葉を合図に、ナオ、リョウ、コウタ、サキは“それ”を探し始めた。
煉瓦の塀の上に上ったり、滑り台の上に上ったり、匂いを嗅ぎ回ったり、日本の城の天守閣にもぐりこんだり、マンホールを覗いたり、大樹のウロのなかに入ったり。
完成された瓦礫のなかを、探し回る。
ぼくは、それには加わらずに、ハルカに近づいた。
「ハルカ、いいかな」
「うん。なんだい」
「ダレカに、聞いたよ」
「ほう、なんて?」
「君がしようとしていること」
「だから、なんて?」
「君が、この世界の王を増やして、この世界の力を強めようとしていること」
「まわりくどいな。というと?」
「君が、君とおなじような寝たきりの子どもをたくさん生み出そうとしているということだよ」
「ああ、なるほど。そういう考え方もあるね。で、それで?」
「それでって…そんなこと、ほんとうにするつもりなのか?」
「そんなこと、とは乱暴な言い方だね。ああ、そうだよ。ぼくは、そんなこと、をしようとしている。ところで、ユウ、君の質問は以上かい?」
「質問じゃない。ぼくは、現実世界では教師をしている。ここにいる以上、君の行いを看過できない。
まだ判断力も未熟な子どもたちを、子どもたちだけの判断でここに閉じ込めて王にするなんて、あまりにも横暴だ」
「教師。ほう、すごいじゃないか。たしかにそうだね。横暴だね。君ってやつは」
「なにがだよ…」
「君は、人の苦しみがわからないから、そんな自分勝手なことが言えるんだ。とにもかくにも、決めるのは、彼らであって、君じゃない。君が教師だろうが孔子だろうが、子どもたちの選択は尊重してもらいたいね。
ったく、君の授業を受ける子どもたちがかわいそうだよ。君は、なんでもかんでも勝手に決めつけてかかるんだね」
「そうじゃない。そういうことはよくないと言ってるんだ。子どもたちには家族もいる。みな悲しむじゃないか!」
「ああ、そうだね。悲しむかもしれない。でも、それを選ぶのもあそこの彼ら本人だ。君が干渉することじゃない。じゃあ、教師なら、彼らを説得してみせろよ。現実世界の美しさを説いてみせろ」
そう言ってハルカは、ひまわりのように大きく美しく笑った。
ぼくは、その笑顔が怖くなって、おもわず後ずさった。
「なにかいる!!!!」
ナオが日陰を指差しながら叫ぶのが聞こえた。
その声を聞いて、ほかの三人は一斉に日陰を取り囲む。
暗くてしっかりとは、見えないけれど、なにかがうごめいているように見える。アラビアの宮殿の屋根のようなモノの下で、なにかが動いている。
みな、恐る恐る、目を凝らす。
そこには、一匹のうさぎが潜んでいた。
「なあんだ!モモじゃん!どこ行ってたの?」
コウタがほっとしたようにそう言うと、ほかの皆もゆっくりと肩を落とした。
「なによモモ、来てるなら来てるってそう言ってよぉ」
ナオがモモに近づきながらそう言うと、ほかの皆も日陰のモモに歩み寄る。
けれど、モモは、日陰から動かなかった。
「どうしたの、モモ?大丈夫?」
サキがすぐそばに近寄ろうとすると、モモは日陰から抜け出して、ぴょんぴょんと跳ね、斜めになった宮殿の屋根の上に飛び乗った。
「どうしたんだよ、モモ」
リョウがモモを見上げながらそう言う。
けれどもモモは返事をしない。
よく見ると、モモはなにかを抱えている。
「モモ、それ、なに、持ってるの?」
ナオが、首をかしげて問いかけた。
モモは、テディベアを片手で抱き抱えている。
リョウが、目を細めて、喜びの声をあげた。
「モモ、まさか、それは、あ!あのとき見た!テディベアだ!それが、鍵だ!よし!見つけた!ハルカ!見つけた!モモが見つけた!さあ、こっちへ来いよ!」
ナオも、サキも、コウタも喜びに満ちた顔で飛び上がった。
ハルカは嬉しそうに拍手をする。
「いやぁ、参ったなぁ、もう見つかっちゃったかぁ、さあ、じゃあこちらへ持っておいでよ」
ハルカは皆を招き入れるように、両手を大きく開いた。
「さ、モモ、いこうよ」
サキがモモを見上げてそう言うけれど、モモは返事をしなかった。
「モモ、急いで。なにしてるの?」
ナオがいらいらしてそう言った。
コウタもリョウも、モモに問いかける。
「おい、はやくしろよぉ」
「なにしてんだよぉ」
しかし、モモはハルカを見つめたまま、動かなかった。
その表情からは、モモが何を考えているのか読み取れない。今までのモモの様子とはまったく違う。表情のない顔で、ハルカをじっと見つめている。
ナオが、ぽつりと言った。
「…モモ、まさか、それ、ひとりじめするつもり、じゃ、ないよね…?」
モモは、やはり、なにも答えなかった。