餃子手紙
ツーリングをしていた日の夕方、お腹が空いた僕は、とあるお店に入りました。
そう。あなたが経営されている、中華料理のお店です。
いらっしゃい、あなたはにこやかに言いました。
中華料理の厨房服を着て、白髪交じりで眼鏡。そんな出で立ちでひとりで厨房に立っているあなたは、70代くらいに見えました。本当はおいくつなんでしょうか。
僕は、表の看板に書いてあった「辛口餃子」というのが気になっていて、そしてお腹はすでに「辛口餃子腹」でした。だから、僕はお水を運んできたあなたに「餃子定食」を頼んだんです。
そしたら、あなたは訊きましたね。
「うちはね、普通の餃子と、辛口の餃子があるんだけどさ、どっちをお作りしよう?」
僕はもちろん「辛口餃子」と答えました。
そしたらあなたは、僕がびっくりするくらいに、とってもうれしそうに、こう言ったんです。
ようし!ありがとう!待っててくれよ!俺が美味い餃子作るからよ!ほんの少しだけ待っててくれよ!ありがとうなぁ!
そして、厨房に入るあなた。僕は正直、衝撃を受けました。
真夜中の、真冬の吹雪の中で震えていたら、急に明るくなって、蝶が舞って花が咲き、暖かく心地よい春風が吹いたような、そんな心持ちでした。
心の中が明るく、軽くなったように思ったんです。
僕は、厨房で独り言を言いながら餃子を作っているあなたを見つめました。
あなたは、僕に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、独り言を言っています。
ありがとねぇ、待ってなよぉ、とびきり美味しい餃子を焼くからなぁ、待っててくれよぉ
そしてすぐにあなたは、皿をひとつ携えて、僕のテーブルへやってきました。厨房に入ってから、1分も経っていません。
あなたの持つ皿の上には、キャベツの千切りと、枝豆のマカロニサラダが乗っていました。
僕は、サラダは注文していないし、定食には付いていないはずです。その注文していないサラダを僕の目の前に置きながら、あなたは言いましたね。
えっとねぇ、これは皆さんにお出ししてるサービスのサラダ。あのね、今は、元気でもね、年がたてば、必ず人間は体を壊す時がくるから。だからね、意識して野菜をとってほしくてね、お出ししてるの。よかったらお兄さん、薬だと思って、これ、食べてね。
心の中を、また春風が吹き抜けてゆきました。
厨房に戻ったあなたはまた、ありがとねぇ、待っててねぇ、と呟きながら、餃子を焼いています。
そして、にこにこしながら、あなたは餃子定食を持って来て、言いました。
ゆぅうっくり、ゆったり、くつろいで食べてくれなぁ、追い出したりしないからな、ゆっくり食べてくれな。そしてな、この餃子食べて、明日は今日よりも、もっともっと元気に、働いてくれよ、人間、元気が一番の宝だからね、それじゃあね、ごゆっくりどうぞ。
僕は、あなたの作った餃子を、ゆっくりと食べました。
そしたら、おいしかった。とても、おいしかったんです。僕が今まで食べた餃子の中で、一番、美味しかったんです。
そして、あなたは常連さんと話していましたね。
「お金がないときにこそ、机の引き出しの奥の500円玉に価値を感じるんだよなぁ、ありがたいって思えるんだよぉ。嬉しいんだよ。ありがたいんだよ。働くことも同じだよなぁ、働けるってことは幸せなことだぜ、働けなくなったら、それが分かる」
あなたは、働けることに、餃子を作れることに感謝しているんですね。ぼくは、すごいと思いました。
まいにち、いろいろあるけれど、あなたの言ったように、明日はとりあえず元気に働こうと、僕はそう思ったんです。
ぎりぎり納入!
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