「つくね小隊、応答せよ、」(十七)





「渡邉、頼みがある」


秋月が、渡邉を睨み付けるようにして言う。


「なんだ」





「…殺して…くれないか」



渡邉は、秋月の腹部をちらりと見て、秋月の顔をしばらく見て、応えた。



「…ああ、わかった」



秋月は、渡邉に、「自分を殺してくれ」と要請し、渡邉はそれを許諾した。


清水と仲村は、ただ黙って地面を見つめる。

秋月の腹部からの血液が、土の上を生き物のように進んでくる。

やがて、仲村の革靴の靴底に触れそうになり、仲村はさりげなく、横にずれた。人の血を踏むのは、ものすごく、失礼なような、そんな気がしたからだ。



「あの、た、助からないのでありましょうか…」


清水が秋月に訊く。

秋月が少し笑う。


「艦砲射撃の砲弾が、おれの目の前の岩、に着弾した。弾は砕け、飛び、散った。


羽子板ぐらいの、大きさの砲弾、の破片が、いま、腹の、なか、にある…


…どうだ…おれは、助かりそうか?」


清水は、馬鹿な質問をしてしまった、と自分を悔いた。


「今は、まだ、痛く、ない。麻痺、してるから、いたく、ない。でも、もう少し、したら、おそらく、いたく、て、気が狂いそうになる、泣きさけぶ、だろう…地獄の痛みの中で、死にたくない…だろ?渡邉、いい、か?」



「わかった。俺は軍刀は持たん。銃で、いいか?」


渡邉が訊ねる。


「ああ、貴重な、弾を、すまんな」


申し訳無さそうに笑いながら、秋月が答える。


まるで、宿題を忘れたから写させてくれと、そう頼んでいるような口調だった。





無言の時間が流れる。


殺してくれ、という言葉のあとでは、どんな言葉も価値があり、そしてまるで価値がないような、そんな気がした。






「…渡邉、たのむ…」


「わかった…おい、仲村、清水…敬礼だ…」



仲村と清水が敬礼をする。


渡邉が、三八式歩兵銃に弾を装填する。


がちゃ すちょん がっ がち


秋月が渡邉に小さく敬礼して頷き、帽子を目深に被った。死に顔を渡邉に見せないための配慮だろう。


「……秋月、最後に、いいか」


「ああ」


「お前の、得意料理はなんだ」


秋月は、にやりとして答えた。


「あったりめぇだろうが、すいとんにきま」



っぱしゅがあああああああああああんっ!



三八式歩兵銃の銃声が響いた。

清水も仲村も、唇を噛んでいる。

渡邉は歩兵銃を背負い、ひざまずいて秋月の亡骸に合掌した。

ふたりもそれにならう。






黙って渡邉が立ち上がる。背を向け、あるいてゆく。


黙って、仲村がそれを追い、清水は、秋月に深く一礼をして、渡邉を追う。





しばらくの間、だれも喋らなかった。


ただ、草をかき分ける音だけが響いている。






「清水」


渡邉が、振り返らずに言う。


「なんだよ」


清水が眼鏡を触る。


仲村は、うつむく。


「いったいどうやって、犬が市田柿買ったり、温泉入ったりすんだよ」


渡邉がぶっきらぼうに訊くと、仲村が、ああ!確かに!と相づちをうつ。


すると、清水が、ほんの少し泣いてから、笑って言った。


「ああ。嘘ついた」


清水は続ける。


「早太郎は、翌朝にはいなくなった。弁存が、何日もかけて光前寺に戻ると、早太郎はすでに埋葬されてたらしい。

老僧の話によれば、傷だらけのまま、寺まで何日もかけて歩いてきて、門前で、老僧に一声、わん!!!と鳴いて、そして、こときれたそうだ。

これが、昔話、早太郎の結びだ。


渡邉が振り返って笑い、清水に言う。目元が、ほんの少し潤んでいる。


「この、改ざん学徒め」



仲村がうんうんうんと何度も頷き、

「そうなのよ学徒なのよ」と言う。その仲村の背中をにらみながら清水がいらついて言う。


「渡邉まで…ったくなん」


「清水!伏せろ!!!」

振り向いていた渡邉の顔つきが変わり、背中の歩兵銃を素早く構え、弾を装填しながら叫んだ。清水と仲村は言われたまま伏せ、後方を確認する。

渡邉は立ったまま歩兵銃を構えている。


渡邉は歩兵銃の照準の先に、人影を捉えている。50メートルほど向こう。木の上に、人がしゃがんでいるように見える。


「貴様!撃ってこんということは日本人か!?」


渡邉が大声で訊く。


「聞こえてるだろ!返事をせんのならば撃つぞ!」


人影は、反応しな 

っぱっしゅがあああああああん!


渡邉が引き金をひく。


人影は動かない。


渡邉はもう一度弾を装填し、引き金をひく。それでも、人影は動かない。


「お、おい、渡邉、どこに敵がいんだよ…みえねえよ…」


仲村が不安そうに訊く。

清水も敵の場所がわからないようで、あたりを目を細めて警戒する。


「50メーター先、蔦の下がった枝の上だ。その上にしゃがんでやがる。狙撃兵かもしれん。気をつけろ」


渡邉は茂みに飛び込み、別の角度からもう一度撃った。しかし、人影は動かない。


「渡邉、どうしたんだよ、50メーターで外すなんて…お前らしくないな…」


清水が驚いた顔をしている。


渡邉が答える。

「いや、当たってる。全弾命中だ」


「え!!!全弾命中してんのになんでなんども打つの?!え!?鬼畜!?え?!狒狒なの?渡邉って狒狒なの?!え?!!?」


仲村が取り乱している。

渡邉が冷静に答える。


「当たってるのに敵さんは動かん。おい、二人で茂みに入って、枝を揺すっておいてくれ、おれはあいつに接近してくる」


わかった、気をつけろよ、と二人が言って、渡邉は小走りに茂みをつたい、人影に近づいてゆく。


仲村と清水はまだ敵の姿がどこにいるのかすらわからない。渡邉の言った、50メーター先の蔦の下がった木のあたりを覗くが、発見できない。


渡邉は音を立てず小走りで近づいてゆく。


距離30

距離25

距離20

距離10


人影は、いっこうに動かない。

もしかしたら、縊死した遺体なのかもしれない、と思った。


しかし、やはりシルエットは、枝の上にしゃがんでいる。顔は見えないが、たしかに人の姿だ。しかし、軍装は帝国陸軍のそれではない。そして連合国の兵士のものでもなさそうだ。


白い袴?頭に黒い小さな帽子のようなものを被っている。そして、下駄?のようなものを履いている。


…下駄?やはり、日本人か?


渡邉は木陰に隠れ、もう一度声をかける。


「日本人なら反応してくれ」


返事はない。


木陰から飛び出しながら、渡邉は人影を撃ち抜いた。背中に命中。渡邉はごろごろと転げて茂みにまぎれる。

草の隙間から、結果を確認する。


人影は、まったく動かない。


やはり、どうやら、死んでいるようだ。


渡邉は立ち上がり、ゆっくりとその人影の下に歩いて行く。


すると、人影の背中が、ぶわりと大きく広がった。

コートのようなものがコウモリのように広がる。まるで、翼のように。


アメリカの新しい落下傘部隊か!
渡邉は銃を構えた。



が、引き金を引けなかった。


その人影は翼のようなものを広げ、渡邉の目の前にふわりと着地した。



一本歯の下駄。

白い袴。

六角の杖。

赤い顔。

長い、鼻。


どこからどう見ても、天狗だった。


天狗は、渡邉に静かに合掌をする。


渡邉は、小さく会釈をする。


背丈は同じくらい。けれど、下駄を履いているので天狗のほうが少し高い。


渡邉は、歩兵銃の銃口を下に向け、天狗に歩み寄る。天狗は、悲しそうな顔で、渡邉を見つめている。






「ほんとに天狗?なわけ…ない…よ」


天狗は悲しそうな顔をしたまま、自分の背後を振り返り、後方の森を指さした。


渡邉がその方角を見る。

そこには森しかない。

渡邉が首をかしげる。


天狗は、渡邉の銃を指差し、自分の額を指差し、後方の森を指さした。


渡邉は、その指先を見ながら、考える。


さきほど、三人が歩いてきた方向。


このさきには、秋月の亡骸が、ある。



「…秋月…のことか?」


天狗は頷き、悲しい顔をして、お辞儀をしながら、渡邉に手を合わせる。


手を合わせるということは、攻撃ができない。頭をさげるということは、敵がどういう動きをしているのか見えない。


つまり手を合わせたり、頭を下げたりすることは、相手に攻撃しないということを行動で表しているということなのだ、ということを、渡邉は頭の隅のほうで思った。


天狗がゆっくり、顔をあげた。

悲しそうな顔をしたままだ。





天狗は、黒い翼を広げる。そして背中からうちわのような物を取り出し、一度だけ空中を優しく扇いだ。


びゅぐるゆるるるるるりゅうううううう!


森の中を、暴風が吹き抜けてくる。

木々がうなり、枝葉が舞い上がる。

帽子を押さえ、渡邉が目をつむる。

南国の台風のような風ではなく、真冬のつむじ風のような、そんな激しく素早い風だった。



すんっ



風がやむ。



目を開けると、誰もいなかった。




渡邉は、くるくるとまわって、辺りを確認する。


けれど、360度、どこにもだれもいなかった。








「ちょちょちょちょちょっと!見ました!?あのあかいひと!ねえ!あの赤い人!人間に姿見せましたよ!ねえ!見せました!?ねえ!見せましたよね!???」


「うっせぇよ、見りゃわかんだろ」


「え!交流してましたよ!え?!そういうのいいの!?あり!??」


「うっせんだよっ、ぽんぽこぽんぽこ言いやがって…」


「……は?いや、ぽんぽこぽんぽこなんて言ってないんすけど…は?」


「今言ったじゃねえかよ」


「それはあなたがぽんぽこぽんぽこうるせえって言うから、言ってないって意味でぽんぽこぽんぽこって言ったんじゃないですか…」


「今も言ってんじゃねえかよ。とにかくうるせえわ、おめえ、たぬきはたぬきらしく蕎麦屋の前にでも座ってろよ」


「…は?ちょ、ちょっと早太郎さん、ちょっと失礼にもほどがあるっていうか…え、ちょ、おま、ごら、ご、あやまれごるあぁあああ!!!!」


「まあまあ!金長さん、落ち着きましょうよ!また見つかっちゃいますし、ね?」


「そうそう。狐の言う通りだ、くそだぬきが。

だいたいおめぇ、“交流してましたよ?あんなのありなんですか?!あ、ぽんぽこぽんぽこ!”

とかって言ってるけどよ、おめぇが一番あいつの前に姿現してんじゃねえかよ…ばかたれが」


「いやだから!まじでぽんぽことか言ってないしっ!は?…く、くそだぬきだぁ!?あんだとごらぁぁあぁ!!!」



南の国のジャングルで、3匹の生き物が会話しています。

いや、会話というか、なんというか、こう、まあ、なんか炎上してます。


一匹は大きな大きな白い犬。

なんだか低い声で、なんかこう、ぶっきらぼうな堤真一という感じ。


そしてもう一匹は、茶色のたぬき。

愛くるしい顔つきで愛嬌がありますが、なかなかに精悍な顔つき。

でもなんかこう、怒りっぽいところがあるみたいです。雰囲気的には、阿部サダヲって感じ。

で、今はブチギレておりまして、不動明王に化けてめらめらと燃え上がっております。


そしてもう一匹が、満月のような色合いの、狐。

男なのか女なのかわかりませんが、雰囲気的には、麻生久美子みたいなイメージ。

ふたりをなだめております。




さて、三匹は、昨晩出会ったのでありました。



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拝啓 あんこぼーろ
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