ドラッグストア昔話 八
ふたりがドラッグストアに入ると、いらっしゃいませ、と若い男の店員が言いました。おばあさんが頭を下げ、昨日はまっことお世話になってかたじけねぇ、と言うと、店員は品出しの手を止め、大きく口を開け、
「あ!!昨日の!おばあちゃん!!」と驚いています。昨日は野良仕事から抜け出してきたような着物でしたが、今日は茶道の師範みたいな雰囲気ですからね。しかも、となりにはすらりと美しい女性も立っています。
「昨日はあのぅ、ゲンキンをもっとらなんだで、おめぇさんがたに迷惑かけてもうたように思うてなぁ、もうしわけねなぁ」
おばあさんは、ちょぼちょぼと店員に歩みより小さく頭を下げました。店員は両手を顔の前で振り、いやそんな謝られることじゃないです、と反論する。
「それよりも、なんか、追い返すようなかたちになってしまってすいませんでした。」
店員が頭を下げると、そこに女が割って入り言いました。
「いや、ほんとにごめんなさい。おじいちゃん助けたい気持ちが先走っちゃったみたいで。今日は、ちゃんと買いに来ました。現金で。」
店員は女に見とれていましたが、すぐに我に帰って返事をし、バックヤードから湿布と薬の入った袋を持って来ました。
店員は女に湿布などの説明をしていますが、女はなにやら考え事をしています。なにか思い付くとやがて、店員に指示を出し始め、追加の薬を持ってくるようにお願いして、そそくさとレジに行って会計を済ませてしまいます。さて、追加の薬は、一体何に使うんでしょうね。
店員は、サービスカウンターのところへ二人を連れてきて、昨日描いた絵をおばあさんに見せました。薬や湿布の使い方の説明の絵です。おばあさんが文字が読めないので、店員さんが描いてくれていましたね。
「あ、この絵、どうします?」
店員が絵を見せると、女が驚いて言いました。薬や湿布の使い方がひと目見てわかったからです。
「え!すごおいっ!これ、店員さんが描いたんですか?」
「あ、そうなんです。昨日、その、おばあさんが文字が読めないっておっしゃってて、それじゃあ、絵で説明できないかなって思って描きました」
「すごい、お兄さん、すぐにこういうのが思い付くってすごいことですよ。才能と、あと、人の良さが光ってますね。すごいですよ」
女が店員をしきりに誉めています。店員は照れながら話し始めます。
「いや、そんな、そんな感じでもないですよ。いや、実は僕、絵を描くのが好きで、学校にも通ってたんです。でもまぁ、なかなか食べてくのは難しくて、描かなくなってたんです。でも昨日、家に帰ったあと、僕の描いた絵をおばあさんがあんなにありがたがってくれて、すごく、なんか、わくわくしたんです。また、描いてみようかな、って、描き始めてみようかなって、昨日、ひとり、思ってました。だから、おばあさんには、すごく感謝してます。」
店員は、おばあさんに頭を下げ、昨日描いた絵を、おばあさんに差し出しました。おばあさんは絵をありがたそうに受け取り、半分に折り、大切そうにして懐にしまいます。
そして、女とおばあさんは、店員に礼を言い、ドラッグストアをあとにしました。
「さて、おばあちゃん、どうしようか。」
しばらく歩いて、大きなレジ袋を下げている女がぽつりと言います。
「どうしようっちゃ、どういうことじゃね?」
おばあさんは、少しとぼけたように聞き返します。
「もう、帰るでしょ?お授けも終わったし。」
女はすこし、俯いて喋ります。
「んー、いんやぁ、まあだ、帰れんなぁ」
おばあさんが笑顔で言うと、
「え、なんで?」
女が不思議そうな顔をして、おばあさんを見ています。
「世話になったおめぇさんに、最後にわしんがたの畑の菜っぱ飯を食うてもらわないけんけの」
おばあさんは、胸を張ってそう言って、にんまりと笑いました。
もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。