LEONE #16 〜どうかレオネとお呼びください〜 序章 第8話 1/2
序章:Running On Empty
第8話 二人の船出
ビル・クライドは今、自分の人生の重大な分かれ道に立っていることに気付いた。夢じゃないかと思い目をこすってみたが、何回やってみても露出狂の少女は消えずに彼の前で自信満々に笑っていた。クライドは躊躇しながら聞いた。
「2億……GD(GalaxyDollar)なのか?」
「2億GD。一括で。望むなら現金で」
セロン・レオネは頷いた。実際にセロンにとって2億GDくらい大した金額ではなかった。セロンにはルチアーノなんかには絶対に探せないいくつかの秘密口座を持っていて、2億GDはその口座の中に入っている金の100分の1にも及ばなかった。
しかし普通の人々にとって2億GDという金は全然違う意味を持っていた。2億GDといえば、大企業のサラリーマンの給料の何十年分だった。少女一人と、荷物一つを運ぶ。少女のご機嫌に逆らわないという条件付きだが、対価としてはとんでもない、怖いくらいの金額。
そしてその分、信じがたい話でもあった。
「お……お前、そんなの誰が信じるとでも……」
クライドは震えている手を上げ、彼女を罵倒した。その疑心は理性的な判断だった。たとえ2億GDという言葉の重さが彼の全身を震わせていたとしても。
「い……急ぐからって、お、大人をバカにすると、い、いつか痛い目に合う……」
「これだから雑魚は」
セロンは軽いため息をついたあと急にクライドに顔を近づけた。いきなり裸体の少女と鼻先がぶつかりそうになったクライドは、「ひっ」と声を出してしまった。彼は瞬間的に後ろに下がろうとしたけど、セロンから伝わってくる得体のしれない威圧感に体が動かなかった。
セロン・レオネが言った。
「よく聞け」
クライドは固まっている頭をゆっくり動かした。セロンは低い声で話をつづけた。
「本来、俺はお前なんかには想像もできないほど大きな家柄の一員だ。今は訳あってこんな様だが、一族の力は健在だ。2億GDなんか、俺にとってははした金だ。そういう面で見るとお前は俺を助ける機会が与えられただけで十分な幸運を拾ったのも当然だ」
話が終わってからも、セロンはしばらくクライドの顔を静かに睨んでいた。クライドがごくっと固唾をのんでからセロンが少し後ろに下がって、クライドはようやく息を吸うことができた。
セロンはゆっくり後ろに下がり、防犯カメラのスクリーンの前に座って足を組んだ。
彼は再び質問を投げかけた。
「どうする? やるのか、やらないのか?」
この小娘はもしかして悪魔なのか。
クライドは真剣に悩み始めた。
おそらくこの少女は今真実を言っていた。言葉一つ一つ、しぐさ一つ一つから漂っている気品がその証拠だった。「あなた」から「お前」に、説明から命令に変わったのは言い方だけではなかった。あえてその傲慢さの正体を表現するなら、それは一種のオーラに近いものであった。
クライドの経験によると、そうやって人そのものに漂うオーラは、真似や演じることでは身につかない才能の一つだった。長い間、そのような生活をしてきた者だけに身についた、言葉通り「体に染みついた傲慢さ」だった。
「ふ、ふむ」
クライドは咳払いをしながら、横目で少女をこっそりと見た。少女はまるで餌を狙っている鷹のようにこちらを睨んでいた。裸のくせに、優雅に足まで組んで、胸まで自信満々に張っていて。気のせいなのかその貧弱な胸も大きくなったような気がした。
彼は認めるべきだった。この少女は本当に名門家のご令嬢か、それとも自らそうだと信じている精神病者だった。そしてクライドが思うには、ご令嬢の方の可能性が高かった。
『アニキラシオン』に狙われたターゲットとしては、その方がもっと説得力があったからだ。
つまりこれは本当にチャンスだった。少女の言うとおり、今日のクライドは完璧な幸運の持ち主だった。
クライドは軽くうなずいた。
「わかった」
セロン・レオネは冷たく返事した。
「わかった。じゃないだろう。丁寧な敬語を使いなさいと……」
「はっきりわかった。お前というガキは、世の中金ですべてが解決できると思っているんだ」
「……何?」
セロン・レオネの瞳が少し揺らいだ。
クライドはゆっくりセロンに近寄って、拳をふるった。彼の拳はセロンの耳をギリギリにかすめ、その背中においてあるスクリーンをドカンとたたきつけられた。セロンは思わずその音に驚き、スクリーンに背中をくっつけた。
真剣な目と力がこもっている声で、クライドは口を開いた。
「お前の話はとりあえず信じよう。だけどよ、世の中のすべての人間が金をくれるからって、腰を折りながらテメエの足を舐めることはない」
「4億」
「荷物はどこにありますか、お嬢様?」
著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」
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