LEONE #11 〜どうかレオネとお呼びください〜 序章 第5話
序章:Running On Empty
第5話 手下の男たち に追い詰められる
その言葉を最後にスクリーンが消えた。
セロンは画面の中のルチアーノが完全に消えてから、やがてゆっくり視線を戻した。
彼はしばらくうつむいたあと、自分を囲んでいる組織員たちに目を向けた。
その中には何人か見慣れている顔もいた。しかし見慣れてはいるが名前すらよくわからないその数人以外は、見たことのない顔がほとんどだった
それは当然のことだった。
セロンはいつも組織員たちに自分の姿をさらすことを極端に避けていた。
ほとんどの命令はルチアーノを通して通達したし、必要な席ではない限り顔を出さないようにしていた。おかげで『SIS』や競争組織を含むセロンの敵たちは彼の情報を入手できなかったが、それは今のこの状況を作ってしまった原因でもあった。
ここにいるヤツラは、今銃を向けている相手が『アニキラシオン』の主であることも知らないはずだ。
しかし。
しかし、そうだからって。
「クソ野郎ども」
セロンは悪態をつき続けた。少女のか細い声だったが、そんなことは関係なく組織員全員の耳に入った。同時に、裸の少女を見つめながら下品に罵っていた彼らの口も止まった。
凍り付く空気の中、セロンはもう一度悪態をついた。
「犬みたいな、いや、貴様らには犬も惜しい。少なくても犬は主人を噛まないからな。だがお前らはどうだ? 今までレオネのメシを食って、レオネの家で寝てたっていうのに、今になってその主人に牙を向けるっていうのか?」
セロンは組織員の顔を一人ずつ、次から次へと睨み始めた。彼と目が合った組織員はそのたびに顔をしかめたが、その中の誰一人口を開けなかった。
事情を知らない人から見ると、とても不思議な光景だった。真っ白い裸身をさらけ出した少女と、そんな少女を囲んだ百人を超える男たち。
しかし勢いに押されているのは、男たちのように見えた。組織員たちはセロンを完全に包囲してるのにも関わらず、たかが数メートルの距離を縮めることができないまま、尻込みしていた。
そしてそれはセロンの思惑通りだった。
セロンは父親のやり方があまり好きではなかったが、彼の父親は宇宙最大の犯罪組織を導いた男であったためセロンも父親の助言の中からいくつかを頭の中に刻み込んでいた。
(いつ、どんな時でも奴らの主として行動しろ。だからこそ奴らを収めることができる。)
「おい、お前ら」
裸の少女が再び口を開いた。
「お前らが今俺をルチアーノに捧げるとしよう。そして俺はこのまま終わりを迎えるとする。だけどいま、この旗艦を占領したからといってルチアーノが『アニキラシオン』を手に入れたと思うわけではないよな? 『アニキラシオン』には十二の艦隊、百二十の艦艇があって、ルチアーノはその中の一つを手に入れただけだ。ルチアーノがボスになろうとすれば、他の艦隊長が黙っていると思ってるのか?」
不満そうな顔でそのまま立っている組織員たちを見て少女は話を切った。
より劇的な効果のために、しばらくの沈黙した後に言葉を投げつけた。
「その命、いつまで続くと思う?」
沈黙。
いつの間にか組織員たちの中から意気揚々さは綺麗に消えていた。彼らはただ無言で表情を強張らせ、セロンに銃を向けたまま微動だにしなかった。
しかしセロンは感じた。沈黙の中から彼らの間に不安と疑心が広がっていくことを。どうせ奴らは雑魚であり、ルチアーノの脅しと大言壮語に半分怯えながらいやいや応じたに違いない。今頃間違いなく必死に自分に催眠をかけているはずだった。
しかしセロンも必死なのは同じだった。
手術した直後のせいか、それとも電脳化技術自体の限界なのか、セロンの体はまだセロンの脳と対応していないようだった。
セロンはそうなって幸いだと思った。
万が一、この少女型セクサロイドが完璧に自分の精神と対応出来たら、今頃彼女の体は抑えきれない恐怖で震えていたはずだ。白い顔は恥ずかしさで赤く染まり、冷や汗が際限なく流れているはずだ。
このか弱い女の子の体は、彼の体ではなかった。だから彼は多くの男たちの中で裸の少女が感じる感情がどういうものなのか、正確にはわからなかった。
彼に出来ることは押し寄せる恥と恐怖を必死に抑えながら、まるでそんな類の感情を全く感じない人種のように、普通の人々が想像するような冷血人間にようにふるまっているだけであった。
まだ完全に適応していないその肉体が、彼の努力を手助けしていた。
「……君たちに機会をやる」
想い沈黙の中で、セロンはかろうじて声を絞った。隠しきれない微細な震えが、そのか弱い声に付いていたが不安に押されている組織員たちはそれに気づいていないように見えた。
「今すぐにこんなふざけたことをやめて、俺と一緒にルチアーノを捕らえるんだ。そうすれば今日のことはなかったことにしよう。どうせ今俺の元の体はあの手術室内にそのまま残っている。簡単な手術だけでいくらでも元通りに……」
セロン・レオネはそこでしばらく口を止めた。
本当に可能なのか。もしかしたら、もう元には戻れないのではないか。
「……元通りに戻れる」
疑心を飲み込みながらセロン・レオネは話を終えた。
事実がどうであれ今はそう信じるべきだった。自分がそう信じないと、このまぬけどもをたぶらかすことはできないはずだ。
幸いにも、この中には自分の十分の一くらい頭が回るヤツも、ルチアーノの十分の一くらいの度胸を持っているやつもいないようだった。
(説得できる)
悩んでいる組織員たちの姿を見ながらセロンは心の中で囁いた。たぶらかせる。このまぬけどのをたぶらかして、ここを抜け出せる-。
「ふざけるな、この小娘」
濁った声がセロンを貫いた。
セロンの首が反射的に、その声が聞こえた方向を向いた。包囲網の一番後ろ側、名前を知らない組織員の一人が残酷な笑顔でセロンを見ていた。
彼は唾を吐きながら、他の組織員たちを追い散らしながらズカズカとセロンに近寄ってきた。足を運びながら唇を舐めながらつぶやいた。
「ふざけたまねしやがって。このメスブタが」
わずか何秒ほどで、その者は一番前に出てきた。十分近くの間に狭まらなかった組織員たちとセロンの間の空間をまっすぐ侵入してきた。
「何、何の……ぎゃっ!」
男は瞬時にセロンの目の前まで近づき、セロンは慌てた挙句、悲鳴を上げながら自分の胸元を隠した。しかし男はセロンの腕を掴んだ。そしてセロンの後ろに回って左腕ではセロンの首を絞め、右手ではセロンのおっぱいを絞り出すようにつかんだ。
セロン・レオネの口から苦痛の悲鳴があがった。
「いたああああっ!」
「黙れ、このアマ!」
男は怒鳴りながらセロンの口を手で封じた。そしてセロンの耳に、小さい声で囁いた。
「静かにしないとてめえの首をこのままへし折るぞ。言っとくけど、ルチアーノがなんて言ったのかは俺には関係ない。俺が命乞いするためにここにいると思うのか? どうする? 静かにするか、それともこのままくたばるか?」
セロンは仕方なく頷いた。男はほんの少しだけ左手の力を抜く代わりに、セロンを手荒く立たせた。そうしてセロンの裸身を組織員たちによく見えるようにして、男は口を開けた。
「ほら見ろ! 野郎ども。まだこの小娘がボスに見えるのか?」
再び沈黙が組織員たちに広がっていった。男は一度歯はぎしりをした。彼はまた右手に力を入れて、千切そうな勢いでセロンの胸を強く揉んだ。再びセロンの口から悲鳴が漏れたが、男はものともしなかった。
「見ろよ、このバカ野郎ども!」
男はさらに声を上げた。
「これはもうただのクソアマ、小娘に過ぎないんだ! こんなやつに踊らされてビビりやがって!てめえらそれでも男か!?」
「バカ野郎?」
一番前の組織員の一人が呟いた。
「そんなことはわかってる。だがその小娘が言ってること自体は正しい。他の艦隊長たちがルチアーノがしでかしたことを知ったらただでは済まないぞ」
「バカ野郎はお前の方だ」
男は鼻で笑いながらセロンの体を解放した。いや、正確にはセロンをそのまま床に放り投げた。セロンは再び悲鳴とともに床に転がった。手の中で大事に握っていた神像も、カチャンと音を立てて床に転がった。
「ああああっ!」
男はそんなセロンの背中を踏みつけながら、逃げないよう固定させた。彼は顔を歪めて他の組織員たちを見まわしながら笑った。
「他の艦隊長だって? それをでめえらが心配してどうするんだ? この小娘が言った通りルチアーノを殺すつもりなのか? この小娘にそれができるとでも思っているのか?」
「ああああっ!」
男はセロンを踏みつけた足にもっと力を入れた。セロンが動けないことを確認した彼は顔を上げてしゃべりだした。
「ルチアーノがいくら石頭でも、こいつが言ったことくらいすでに考えたはずだ。俺たちはそういうことを知る必要もなく、知っても出来ることもない。ルチアーノは俺らにこいつを捕えて来いと命令した。なら俺たちはただやればいい。他のことは知ったこっちゃない。おい、小娘。立て」
男はセロンの髪の毛を引っ張り無理矢理立たせた。セロンはふらつきながらかろうじて立つことができた。
セロン・レオネの姿はすでに数分前とはかなり違っていた。ボサボサになった髪はもちろん、一連の暴力により赤くなった頬には涙のあとが残っていた。手足はプルプルと震えていた。一見、それは犯されたように見えた。
たが恥ずかしさと恐怖は薄まっていた。彼の代わりにセロンを動かしているのは、とてつもない怒りだった。髪の毛を引っ張られた状態だったが、セロンは悔しさに歯ぎしりをしていた。
「このクソ野郎。ただで済むと思うな……!」
しかし男はその言葉に動じることなく嘲笑った。
「おやおや、そうですか。どうするのですか、ああん? ルチアーノの下で喘ぎ声を出しながら愛嬌でも振りまくのか? 中出しさせてやるからあいつを殺してくれと?」
「き きさま……!」
組織員たちの笑い声がした。それが男の下品な妄想か、それとも無力なセロンが怒りで体を震わす姿にに対するひやかしなのかは分からなかった。
確かなのは一つだけ。
さっきまでセロンは彼らを丸め込もうとし、そしてそれにほぼ成功した。そしてその不安と恐怖はほとんど残らなかった。
男はまた最初のように、左腕でセロンの首を絞め、右手では胸を強く揉んだ。彼は意気揚々とした声で叫んだ。
「ほら見ろ! ルチアーノは今この小娘にぶち込めなくてイライラしているようだが、正直俺には全く理解できねぇ。顔以外、胸もケツも全然ないガキじゃないか! ロリコンじゃなきゃこんなガキを見て勃たないがな!」
セロンの顔はさらに赤くなり、囲んだ人達の笑い声はもっと大きくなった。男はその笑い声がおさまるを待ってから話を続けた。
「しかし重要なのはそこじゃない! とにかくこの貧弱な小娘さえあいつに差し出せば、俺たちには餌が与えられる、そこが重要だ。あとはルチアーノに任せればいい。朝までこいつにぶち込もうが、他の艦隊長と11対1で立ち向かおうが、それはルチアーノがするべきことだ。みんな同意す……ぐあっ!」
男の話にうなずいていた組織員たちが、びっくりして姿勢を正した。
男は左手を掴み、いつの間にか彼の懐から抜け出したセロンを睨んでいた。
セロンは荒い息づかいをしながら口を拭いた。男の左腕の歯形と、セロンの口元に付いた血のあとが状況を説明していた。
男は歯をむき出しにして笑った。
「このクソアマが。処女を失う時まで血は流さないようにしてやろうと思ったのに」
著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」