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LEONE #21 〜どうかレオネとお呼びください〜 序章 第10話 2/2


もう二度目だった。

揺れている廊下を疾走しながら、セロン・レオネはそんなことを考えた。

セロンはかろうじてあのクソ『SIS』要員、エリオットの懐から抜け出すことができた。艦船を襲った衝撃のおかげだった。いきなりの衝撃には、いくら精鋭要員でもかなわず他の人達と同じく彼女も見事に床を転がった。

もちろん、床を転がったのはセロンも同じだった。しかし立ち上がることだけは、セロンはほかの人よりも早かった。

セロンは転ぶと同時に、床をけって立って走った。後ろから「そこに行くと死ぬ!」とエリオットが叫んでいたがそんなことは構わなかった。

だから今、セロンは走っていた。

ムダに痛覚まで具現したこの精密なサイボーグのどこからも苦痛は伝わってなかった。さっきの衝撃はセロンの体に大した影響を与えていないようだった。

もしかしたら、『SIS』がこの艦船に乗りかかったときの衝撃のおかげで慣れてしまったのかも。とにかくセロンはそんな衝撃を今日、二回も経験した。

しかしセロンは考えている「二度目」は、物理的な衝撃のことではなかった。

全部嘘だった。

セロンはギリッと歯ぎしりをした。

最初から、あの手術室からスクリーンで俺をたぶらかした時から、ルチアーノはこの船にいなかったんだ。その時点で奴はもう『第三艦隊』に移動してこの艦船を囮として使ったんだ。

結局セロン・レオネは、策略を組めないという理由で自分のそばに置いたボッシー・ルチアーノに、今日2回も派手にやられてしまった。

その精神的な衝撃の方がセロンにはもっと大きい影響をもたらしていた。今どんな痛みも感じてない理由も、その精神的衝撃のせいかもそれなかった。

セロンは自分自身に怒りを感じていた。ルチアーノを侮った自分に、彼に愚弄された自分に、その対価としてすべての物を失われる危機に陥った自分に。

「お嬢様!」

その時、切迫な声がセロンを呼び起こした。セロンは走りながら、後ろを振り向いた。彼を追いかけてきているのは、ビル・クライドだった。

……

……

……

クライドもまた、複雑な心境だった。

艦船を襲った衝撃の直後、顔を上げた彼の目に入ってきたのは、銃弾のように飛んでいく依頼主の背中だった。どこに向かっているのかは聞くまでもなかった。彼らの本来の目的地、あの問題の“荷物”を取り戻しに行くに決まっていた。

しかし状況は変わった。今この艦船は攻撃されていた。いつどこから爆発と崩壊が起こるか分からない状態だった。

「頭でもぶつけたの?! どこ行くの! 戻りなさい! そこに行けば死んじゃうのよ!」

エリオットはまだ自分の体も起こせない状態でも、少女の背中に向かって叫んでいた。無理もない。沈没していく艦船の中をさまようことより危ないことは、なかなか見つからない。

クライドは少し悩んで、結局彼の依頼主を追いかけて走り出した。

エリオットの隣を走り抜けるとき、彼はちらっとエリオットの顔を盗み見た。

ぼーっとした顔でクライドを見つめている彼女の瞳は危なげに揺れていた。彼女にクライドは短い挨拶をした。

「また会おうね、ダーリン」

そして彼はエリオットをあとにして走った。さっきの少女の場合とは違って、後ろからは何の声も聞こえてこなかった。おそらくあきれて……いや、息がとまるくらい苦しくて何も言えないはずだ。そういう女だから。

状況は良くなかった。廊下は揺れ続けていて、不安な音が艦船のいろんなところから聞こえていた。どこかはわからないけど、焦げ臭いにおいまでしていた。きっと、どこかが燃えているに違いない。

(クソったれ、4億GD!)

クライドは心の中で悪態をついた。4億GDというばかばかしい金額を約束した少女に、またその金をどうしても拒否できない自分に、そしてその金のために沈没していく艦船の中を疾走するこの状況を用意した神様に。

どうしても口では言えない長くて汚い悪態をついたあと、クライドは彼の依頼主に叫んだ。

「お嬢様!」

相変わらず走ることをやめずに、彼女は首を少しだけ動かした。

「なんだ」

(わからないのか?)

「危ないです。エリオットが言ったこと聞いたでしょう? 荷物はあきらめて今からでも脱出しましょう」

「ダメだ」

(少しくらい悩めよ!)

クライドは顔をしかめた。

もちろん最初からあきらめるならここへ走ってくるともなかっただろう。それでも少しくらいは考えてから返事するべきじゃないか。人がせっかく言ってあげてるっていうのに。

とにかく予想していた答えだったが、それでも湧き上がるイラ立ちはどうすることもできなかった。ただ、それとともにクライドをとらえたのは好奇心だった。

いったいその荷物は何だろう。

何故この小娘が命も惜しくない振る舞いをしているんだろう。

その時、少女が話しかけてきた。

「おい、ビル・クライド」

「は、はい。お嬢様」

クライドはいそいそと返事した。

ひょっとして、今になって怖くなったのかな? そうすると助かるんだけど。

「お前も命は惜しいよな」

「あ、はい。そうです。もちろんです」

おお、いよいよ、ついに…

「なら黙ってついてこい。最大限早く荷物を取り戻せたら、お前の命が助かる確率も高くなるから」

「……はい、お嬢様」

……このクソアマ。

今すぐ足を掛けて転がしてやりたい欲望を抑えながら、クライドは彼女の後ろを走り続けた。それでも希望的なのは、彼らの目的地がもうそんなに遠くないということであった。ここを曲がって、階段を昇ったらすぐにその問題の「手術室」があるフロアだった。

この階段さえ登れば……。

少女が立ち止まった。

続いて、クライドもまた立ち止まった。

二人の目に入ってきたのは階段をふさいでいる崩れ落ちた天井の残骸と、その残骸を燃やしている炎だった。

……

……

……

バカな。

セロン・レオネは目の前の状況を否定した。

ありえないことだった。

ここまで来たのに、もうこの階段さえ登れば、それで手術室に行けば、彼の本来の肉体はその中にいるはずなのに。

それさえ手に入れればいいと思った。それさえ持ってここを抜け出したら、どんな手を使ってでも、元の体に戻れると思っていた。そしたら、ルチアーノから今日の屈辱を取り返せるはずだった。

骨にまで染みついた二回の敗北を噛みしめながら、セロン・レオネはただそれだけを見てここまで走ってきたんだ。

「……お嬢様」

後ろから、ビル・クライドの声が聞こえてきた。

「お嬢様、これは無理です。あきらめましょう」

クライドの声は今までの彼とは違って、真剣で断固たるものだった。まるで父親が娘にを言い聞かせるように、拒否できない力と切なさがこもっていた。

しかしセロンはクライドの声を聞いていなかった。その瞬間にも彼は、このフロアを上るために別の道を必死に考えていた。そんなセロンの心中など露知らず、クライドしばらく沈黙して返事を待っていた。

やがてセロンの口が開き、か細い声が流れた。

「エレベーターがある」

「お嬢様」

「人用のエレベーターは安全装置のせいで止まってるけど、このフロアーの反対側の突き当りに貨物用エレベーターがある。今ならそれに乗って上に行ける」

「急ごう。俺がそのエレベーターに荷物を入れるから、君は下でそれを受け止めてから、またエレベーターを上に送ったら……」

「……もう、ダメか」

「え?」

セロンの足が、空中を走っていた。

彼は目を大きく開けて、彼の雇人を見つめた。ビル・クライドは、これ以上のない断固な表情で、彼女を持ち上げ、肩に担いだ。

彼は強制的に彼女を連れてここから逃げるつもりだ。

それに気付いた瞬間、セロン・レオネは惨めな叫び声をあげた。

「ビイイイルークライドオオオ!」

「さてと」

さっきのセロンのように、もうクライドはセロンの話を聞いてなかった。その代わりに彼はセロンの腰を支えていない片方の腕を上げた。彼は軽く腕をのばして、指を全部開いた。

セロンが再び声を上げた。

「ビル・クライド! 冗談はよせ! こうしている暇はないんだ!」

「このままマヌケのお嬢様を行かせたら、お嬢様がくたばり、俺の今日の苦労は0GD。しかしこのままマヌケのお嬢様を連れて近い惑星まで送ったら、依頼の半分は完了したものだから、俺の稼ぎは2億GD」

クライドはまるで独り言のようにつぶやいていたが、それが独り言ではないのは誰から見ても明確だった。もうセロンは完全にパニック状態だった。いや、むしろ彼は怯えていた。

「誰かそんな戯言を言った! 俺のか……いや、あの荷物を持っていけないなら誰がテメエに一銭でもやるもんか! 放せ! さもないと……!」

「では、変更事項を計算に反映しよう」

クライドは気乗りのしない声で再び手のひらを開いた。

「このままマヌケのお嬢様を行かせれば、お嬢様はくたばり、稼ぎは0GD+夜眠れない気まずさ。しかしこのままマヌケのお嬢様を連れて行ったら、俺の稼ぎは0GD+じゃじゃ馬お嬢様とはいえ、とにかく人の命を助けたという少しのやりがい」

「ビ、ビル・クライド? あの? その、おい? ほら、おまえ、いや、君……」

「そこに走りながらこのお嬢様のケツも叩ける」

「……ビル、クライド? おい?」

セロン・レオネの声はぶるぶる震えていた。なんとかこの人間を説得しなければならなかった。すぐこの男を説得して、自分の体を手に入れなきゃダメだった。脅しでも、取引でも、そうじゃなければ泣きついてでも……。

しかしどうやって? この男、さっきなんて言った?

……人助けからくる少しのやりがい?

「このクソったれ! でめえにそんな感情があるはずかー!」

「計算は終わった」

ビル・クライドはうなずいた。

クライドは大声でわめきながら、全身でもがいている少女を肩に乗せたまま、彼の飛行艇が待っている格納庫に向かって突っ走った。

セロン・レオネはビル・クライドの肩の上にのせられて、どんどん遠ざかる階段を、そしてその上にいる彼の体を見つめなきゃいけなかった。

彼に出来ることは、泣き叫びながらビル・クライドの背中を叩くくらいだった。

幸い、ビル・クライドはその返り討ちに、セロンの尻を叩くことはなかった。

<序章-終わり>

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著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」

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