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LEONE #24 〜どうかレオネとお呼びください〜 一章 第1話 1/2

この作品は、韓国の小説投稿サイト「JOARA」で2015〜16年に掲載され、TS(トランスセクシャル)のジャンルで名作と評価されている作品です。今回、原作者のCHYANGさんの許可を得て日本語に翻訳し、ここに掲載することになりました。女性義体の中に閉じ込められた犯罪組職のボス「セロン・レオネ」と、その正体が分からないまま一攫千金を夢見る賞金稼ぎ。 危険なコンビの宇宙活劇が始まります。お楽しみください!


登場人物

セロン・レオネ 主人公。犯罪組織『アニキラシオン』のボス
ビル・クライド フリーの賞金稼ぎ
ボッシ・ルチアーノ 犯罪組織『アニキラシオン』のNo.2
レンスキー・モレッティ レオネ家の執事長
エリオット・ギルマーティン SISの捜査官
カルビン・マックラファーティ 惑星ペイVの首席保安官
アダム・コープランド ペイV銀行支店の支店長


1章:The Good, The Bad and The Ugly

第1話  「金のない…」船出


ビル・クライドに「最も貴重な財産とは何?」と聞けば、彼はためらわずに『エンティパス』号と答えるだろう。

カッセル・プライム級の小型宇宙船として、二つの連発レーザー砲と強化チタニウム装甲で武装し、名高い職人が手掛けたエンジンのおかげで、普通の同級飛行艇より2倍近い速度を誇る彼の愛馬。

その小さな飛行艇はクライドにとって唯一の移動手段であり、仕事の道具であり、何よりも彼の唯一な家でもあった。

カッセル・プライム級飛行艇の宿命のような小さな内部空間のため、居間、台所、浴室、そして三つの小さな部屋と倉庫が彼の“家”を構成するすべてだったが、それでもクライド一人が使用するには、十分すぎる空間だった。

『エンティパス』はいつも彼を喜ばせるスイートホームで、彼だけの宮殿だった。『エンティパス王国』の唯一無二の支配者、国王、それがビル・クライドだった。

昨日までは……。

「お嬢様! どうか! ご慈悲を!」

ビル・クライドがいつも寝転がりながらテレビを見ていた古いソファーは、今や初めての客のものになっていた。その客は、クライドにすっかり背を向けたまま横になっていたが、正面から見ると、寝てるのか覚めているのか見極められなかった。

一方、ビル・クライド、『エンティパス王国』の偉大な支配者は、その客のすぐ前にいた。より正確に言えば、客に向かって土下座をしているところだった。

彼の口からは、すでに数十分の嘆願の声が出ていた。

「お嬢様! どうかご慈悲を! ご慈悲を!」

「さっきは私が間違えました! 私がどうかしてました!」

「2億GD、いや1億、いや5,000……せめて1,000万GDでも! お嬢様あぁ!」

「……」

その情けない姿を眺めていたお客、セロン・レオネがとうとう深いため息をつき、体を起こしたのは約40分が過ぎた時点だった。

姿勢を直して座ったセロン・レオネは、青ざめて憂鬱な目でクライドを見下ろした。まるで世の中すべてを忘れてしまったような、生気のない視線だった。実際、自分の肉体を失ってしまったという点で、生気がないのは当然なことなのかも分からなかったが、クライドとしては、そのようなセロンの気持ちを分かるはずがなかった。

そのような理由で、現在クライドの最大の関心事は、わずか数時間前にあっさりと諦めたかのように見えた4億GDだった。

「……無様だな」

クライドの姿を眺めていた挙句、セロンは一番最初につぶやいた言葉はそれだった。

「僕は確かに言ったはずだ。荷物を持っていかないと一銭も渡せないと」

「た……確かそうおっしゃいましたのですが……しかし……」

クライドは雨に濡れた犬のように哀れな顔を上げた。しかし、彼が向かい合ったセロンの顔には、同情心のかけらも映っていなかった。

セロン・レオネは肩をすくめながら話し続けた。

「僕の言葉を無視したのは君の方だろう? 何と言ったっけ、ああ……そうだ。『やっかいだ』だっけ」

クライドが体をびくつかせた。

「お、お嬢様。それはあの、その」

「『厄介なじゃじゃ馬お嬢さんとはいえ、人の命を救ったというのも少しのやりがい』でしょ? それが何なのかよくわからないが、ともかくそのフレーズでも抱いて寝てなさい。僕は今考えなきゃいけないことが多いから」

「お嬢様あぁぁ!」

結局、ピンチに追い込まれたクライドの選択は、涙を流しながらセロンにすがりつくことだった。彼はセロンの足を抱え込み、その足首に頬を擦りながら泣き叫んだ。

「お嬢様! 頼みます! このままだと一週間内に飢えて死んじゃいます! 燃料代もないし、食費もないです!」

「僕が知ったこっちゃない」

セロン・レオネは冷たい目でクライドを見下ろした。

「お前は依頼主である僕の要求を完全に無視して、ほぼ拉致同様のやり方で僕をあそこから引きずってきた。それでも僕にお金を要求するのか? じゃあお前が強盗と何が違うんだ?」

「し、しかし……」

「……本当にいい訳の多い男だ」

クライドはもう完全に絶望した表情をしていた。

セロン・レオネは軽く足を動かして、力の抜けたクライドのふところから自分の足を戻した。彼女は優雅なしぐさで姿勢を立て直した。どう見てもスポンジが突き破れ始めた古い地球製ソファーには過分な客だった。

セロン・レオネはしばらく口をつぐんでクライドをにらみ、唇を舐め、結局もう一度深くため息をついた。

「……まあ、良い」

「はい?」

予想しなかったタイミングの前向きな答えに、クライドは気を引き締めてセロンの口を凝視した。

セロン・レオネが言った。

「もちろん君が僕に犯したばかげたことを考えるとまだ許せないが……とにかくお前のおかげで、僕の命が救われたこと自体は否定できないから」

彼女は少し首を回してモニターを見つめた。画面には遠くに、おそらく衛星の光の塊に囲まれた惑星の姿が映っていた。

「ビル・クライド」

「は、はい!」

「あの惑星までは、どのくらいかかる」

クライドはものすごい速さで立ち上がり、操縦席に駆けつけた。セロンが堂々とした表情で自分の爪を見ている間、彼はまたセロンの前に戻ってきて、頭を下げた。

「こ、これから2時間くらいで到着できますよ!」

2時間か。

それなら、考えをまとめるには十分な時間だ。

「2億あげよう」

セロン・レオネは吐き出すように話し、席から立ち上がった。

「2億GD。あの惑星に到着した次第、銀行から引き出して渡す。それでお前と僕の関係をきれいに終わらせよう。小娘……一人抱えて走った対価として、その程度なら悪くないはず」

その言葉を最後にセロンは席を立った。ぼんやりとしているクライドを残して、後ろも振り迎えず、部屋の中に入ってしまった。

一人で残されたクライドは、しばらく黙ってその場に立ち、やがてドアが閉ざされる聞き慣れた音が聞こえてから、ようやく口から風が抜けたような音を出しながら席に座り込んだ。物悲しい顔をした彼の口から、死に掛けているような声が流れた。

「これで一息ついたな……」

……

……

……

ドアを閉めた後、セロン・レオネは部屋の中を見回した。

どうやら今は使われていない部屋のようだった。小さなベッドはマットレスだけ置いていて、飾り棚とテーブルには薄くほこりが積もっていた。彼はしばらくためらったが、ベッドに近づいて座り込み、黙って窓の外を眺めた。

すべてが小さくて古い部屋だったが、窓だけは唯一大きくてきれいだった。その向こうには広大な宇宙の星々が、競い合うように輝いた。

わずか数時間前までは、自分の体で、自分の目でこの風景を見たのに。

セロン・レオネは苦笑いしながら窓際に寄りかかった。

もう永遠にそうなる可能性は消えたな……。

彼は静かに脱出した時の場面を思い出した。

クライドは後の座席にセロンを投げ出し、驚くほどのスピードで飛行艇を出発させた。ほとんど放心状態だったセロンは、何もかもをあきらめた心情で窓に張りついた。

彼らが飛行艇で十分に離れた時、『ブラッディ・レイブン』はついに壮大な爆発を起こした。『SIS』の艦船と見える戦艦は、爆発直前に辛うじてその地域を抜け出した。『第三艦隊』のルチアーノは、あえてそんな彼らを追うことなく悠々とその場から消えた。

セロン・レオネは少なくとも最後を見届けることができた。

全宇宙から恐れられた“彼”の旗艦と、“彼”の本来の体の最後を。

もちろん、だからって慰めにはならなかった。

だけど。

セロンは黙って手を伸ばし、窓に手を付けた。窓の上を滑るように、そっと手を下ろした。

まだ手はある。

窓に映った自らの姿、か弱い少女の姿を見ながら、セロンは唇をかみ締めた。

そうだった。彼の考えでは、まだ方法があった。

取り戻せないのなら、作り出せばいいのだ。

「ドクター・ボスコノビッチ」

セロン・レオネは、彼をこの有様にした男の名前を繰り返した。

ドクター・ボスコノビッチ。彼を探さなければならなかった。それが“彼”に、いや、彼女に残された唯一の方法だった。

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著者プロフィール チャン(CHYANG)。1990年、韓国、ソウル生まれ。大学在学中にこの作品を執筆。韓国ネット小説界で話題になる。
「公演、展示、フォーラムなど…忙しい人生を送りながら、暇を見つけて書いたのが『LEONE 〜どうか、レオネとお呼びください〜』です。私好みの想像の世界がこの中に込められています。読んでいただける皆様にも、どうか楽しい旅の時間にできたら嬉しいです。ありがとうございます」

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