ラテンアメリカ地域でのブリュッセル効果の影響は?
※このインタビューは2024年7月16日に収録されました
AIとデータ保護に関する制度設計はラテンアメリカの国々でも積極的に議論が進みつつあります。
今回はブラジリア大学 (UnB) とブリュッセル自由大学(VUB)の共同博士課程プログラムに在籍されながら、ブラジルデータ保護監督局でも活動されているチアゴさんに、ラテンアメリカ地域でのデータ保護トレンドとAI関連の政策動向についてお伺いしました。
前回の記事より
ラテンアメリカ地域でのブリュッセル効果の影響は?
Thiago: わかりました。とても大切な質問ですね。私が関わっていたものだと、ブラジリア大学で同僚と一緒に2020年から2023年にかけてデータ保護環境についての調査を実施していました。
この調査はパンデミックの影響で想定していた調査期間よりも少し長くなってしまいました。調査はブラジリア大学のAlexandre Veronese教授が全体のコーディネートを行ってくださりました。
ぜひ機会があれば、先生をご紹介させていただきます。彼はブラジリア大学でデータ保護の研究を行なっていて、今回の調査では彼のもとで博士課程の学生も参加しています。
当時、私は博士課程の学生として大学に在籍していて、丁度博士研究を始めたところでした。私も調査グループのメンバーとして参加し、調査活動に関わっていました。調査にあたり、データ保護監督局やデータ保護制度を備えている全てのラテンアメリカの国々を調査することになりました。
調査を成功させるためには、データ保護制度を要している国々の人たちが調査に協力してくれるかどうかがとても重要でした。勿論、調査を実施する前には入念に計画を整理する必要もありました。
調査の初期段階では、8カ国を重点的に研究することにしました。もし私の記憶が誤っていたら申し訳ないのですが、コロンビア、チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、メキシコ、コスタリカ、ペルーを対象に実施しました。
調査を実施するにあたり、各国の学術的な文化の違いについても整理を行いました。私たちは先進国の観点だけでなく、文化的な理解を深めることでより現地に根ざした調査を実施するように心がけていました。
純粋にラテンアメリカの研究者や学問がデータ保護の仕組みをどのように理解して、運用しているのかを知りたかったからです。この調査ではアルゼンチンのPablo Palazzi先生やコロンビアのNelson Remolina先生にも協力してもらい、広くラテンアメリカの国々にも調査を実施しました。
また対象地域の多くの学生の方々と協力して調査を実施することもできました。調査にあたり、政府や市民団体、民間企業にも広くインタビューを実施しました。
この調査では幅広いステークホルダーの方へお話を聞くことができました。いくつかの国へは実地調査も行い、各国のデータ保護監督局を訪れたり、関係性を深めていく活動にも繋げていくことができました。とても良い体験でしたね。
この調査は広く対象をカバーするものだったので、いくつか調査ペーパーも公表しています。
先程宏平さんが紹介してくれたペーパーはその一つです。データ保護制度についての調査を実施する際には、各国の文化などが影響して制度の設計に大きな違いが出てくるため、それぞれがどのように影響し合っているのかを調べることが必要です。
データ保護制度の成り立ちについて調査する上で、欧州のブリュッセル効果は非常に重要な論点になります。欧州ではGDPR制定前の欧州データ保護指令の段階から、長くデータ保護制度について議論が行われているからです。
私たちの調査でも、欧州の制度設計がどのように影響しているのか非常に気になるところでした。ただ、実際に調査していくと"ブリュッセル効果に多大な影響を受けている"と単純化するだけでは解説が難しい複雑な関係性も見えてくるようになりました。
勿論、ブリュッセル効果がラテンアメリカのデータ保護制度に全く影響していないというわけではありません。ブリュッセル効果は一つの要因であるということです。多くのラテンアメリカの国々ではGDPR施行前、もしくは95年のデータ保護指令前からデータ保護制度について議論を行っています。
ラテンアメリカの国の中でも、スペイン語圏の国についてはスペインのデータ保護法の影響を広く受けています。同時に、全ての国ではデータ保護に関する文化的な背景やプライバシーの考え方が根付いていて、相互に影響し合っています。
例えば、メキシコのような国は米国やアジア地域の動向が制度設計に大きく影響しています。メキシコは古くからアジア地域の国々との交易があり、チリやコロンビア等の国々はAPEC CBPRのような取り組みや米国の制度からも影響を受けています。
(動画:Business and Consumers Win with the APEC Cross-Border Privacy Rules System)
こういった背景から、現在の状況は特定の地域に依存するのではなく、それぞれが複雑に関係して成り立ってきていることがわかります。そして、調査結果をもとに考えると、ラテンアメリカの国々は相互に影響し合いつつ制度設計を進めていることもわかりました。
カリブ諸島を例にとると、コスタリカを起点にホンジュラスやグアテマラ等の国々でもデータ保護制度の議論が進んでいます。こういった地域はメキシコの動向に大きな影響を受けています。経済的な関係性や地理的な距離感というのが大きな要因です。
ブラジルのデータ保護制度設計が影響を与えている地域もあります。アルゼンチンはわかりやすい国の一つです。面白い点としては、最近ラテンアメリカの国々で積極的に意見交換を行っているということです。英語名で “Ibero American” というネットワークを作り、ラテンアメリカ域内でのデータ保護制度の整理を進めています。
このグループでは年に複数回議論を重ねていて、執行協力や各国での知見の共有を中心に推進しています。ラテンアメリカ地域については、ブリュッセル効果の影響を受けているものの、ブリュッセル効果だけの影響ではなく、あくまでデータ保護制度を設計する上での一要因として参考にしています。
ブラジルで議論が進む責任あるAIとは
Kohei: これまでの数年間でラテンアメリカ地域の国々が取り組まれてきたことは非常に興味深いですね。私のスペインやイタリアの友人から、ブラジルではデータ保護や基本的な権利について積極的に議論が行われていると話を伺っていました。ラテンアメリカ内での調整にも非常に興味があります。
チアゴさんが教えてくださった調査に関する動きやリーダーシップはアジア地域の人たちにとっても関心があります。ここからはAIに関して深掘りしていきたいと思います。今ではAIが広く語られるようになり、AI利用においてのプライバシー保護や基本的な権利の尊重は重要事項になりつつあります。
欧州では既にAIに関連した法案も含めて具体的な議論が広く進んできています。ブラジルでも規制に関するトピックを広く取り扱ってきていると思います。
事前にチアゴさんが関わっているドキュメントを拝見したのですが、ブラジルでは責任あるAIについてどのような議論が行われているか教えて頂いても良いでしょうか?
Thiago: わかりました。まず、責任あるAIを達成するためには考えるべきことが沢山あります。このテーマについて、世界各国の政府の人たちが集まって議論を進めています。
日本政府も非常に重要な役割を担っていると思います。G7でのデータ・フリー・フロー・ウィズ・トラストの議論やヒロシマAIプロセスに代表されるような発表も該当すると思います。特に生成AIに関連した議論については、今後より進んだ議論が必要になると思います。
AIに関連した様々な事象が起きてきたことで、ブラジルでも同様の懸念が高まりつつあります。我々がAIを利用していく中で、気をつけておくべき重要な要因も広がってきています。
そして、AIを利用する際の審査や法的な利益については、どのような影響が起こりうるのかを検討しておくことが必要になります。こういった動きに対して、どのように合意をとって進めていくのかが重要なテーマになります。
合意を前提としたテーマについては、取りまとめるために一定の時間が必要です。ブラジルではいくつかの取り組みが始まっていて、一つはここまで話をしてきた内容と関連性が深いテーマになります。
この取り組みは、ブラジルの国家戦略の中で位置付けられていて、EBIAと呼ばれるブラジルAI戦略というものです。
(動画:When Brazil discusses AI and work, diversity has a seat at the table)
この戦略は私がブラジルに帰国した2020年にスタートし、私もドラフト作りには参加させて頂いていました。残念ながら政治的な意図もあり、最終的な開発まで至らず十分な議論を経ていない状態で進んでしまいました。
〈最後までご覧いただき、ありがとうございました。続きの中編後半は、次回お届けします。〉
Interviewer, Translation and Edit 栗原宏平
Headline Image template author 山下夏姫