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YOWLL fesについて SleepInside編





コンビニエンスストアに並ぶ商品は製品として考え尽くされている。
購買意欲を掻き立てるようにデザインされたパッケージは棚の大きさまで考え尽くされていて、お弁当もサンドイッチもおにぎりも清涼飲料水も
綺麗に整列して消費者が手を伸ばすのを待っている。
現代の音楽はその状況に非常に似たところがあると俺は思っていて、音楽そのものへたどり着くまでに視覚的情報やブランディングがしっかりされている
ものが多いように思う。
音楽そのものはもちろん、消費者の耳に届くまでに準備というか体裁というかそういうものがしっかり整っていないとまず土俵にも上がれないような
空気感すらある。
深夜、気分転換に散歩に出かけるついでに小腹が空いたな。なんて思ってコンビニに寄る。
空腹ではあるのだけれど、どれもこれも何となく味を想像できてその後にどんな感情になるかまで想像できてしまうので結局何も買わずに店を出てしまう。
どうしたものかと帰路に着く最中にラーメンの屋台を見つけて思わずいい匂いに吸い寄せられてしまう。

SleepInsideの音楽はそういう音楽のような気がする。(むずいか。ついて来れてるかみんな。)
自分がSleepInsideの音楽に出会った時、まさしく感じたのはそういう温かみである。
人が作っているのだという感じがするのである。

SleepInsideは先輩が
「最近気になっているバンドがいるんだよね」
ということで教えてくれたことがきっかけで知った。
「飛べない天使の羽を切った」「カルト宗教」と順に聴いたのだが、元々ずっと昔から知っていたみたいに染み込んできた。
音源の宅録感が楽曲の焦燥感を掻き立てて、引っ込み思案で繊細な少年が扉の隙間からこちらを覗いているような音楽だと思った。
自分が思ういいアーティストというのは何かテレパシーみたいなものを持っていて、アートという扉を介してお互いの世界を行き来できるような
そんな能力を持っている気がする。
画家の菅野麻衣子さんにジャケットを書いてもらった時もそれを感じた。
写真家の小杉歩に撮影してもらう時も似たような感覚がある。
言葉ではない何かで、何かをやりとりしているのである。
それと同じ感覚を感じた。

そうしてすぐDMを送って素晴らしい音楽だということを伝えたら、YOWLLの東京のライブを観にきてくれたのである。

程なくして大阪と京都でライブをしようと誘ってみたところ快諾してくれて関西プチツアーを敢行するすることとなった。

書きたいことはたくさんあるのだが、彼らがどの程度まで素性をオープンにしたいのかとかそういう塩梅がわからないのであくまで自分の目線で書かせてもらうが
たった2本のライブであったが、彼らの魅力を理解するには充分だった。
彼は20代の男子の体に芸術の悪魔が間借りして住んでるのかな。と思うくらい創作や表現に対して貪欲なのである。
彼には人間としての人格と表現としての人格があって、表現としての人格が人間の人格に収まっていない感じがするのである。
俺の友達で、「見える人に見てもらったら守護霊がめちゃくちゃでかい武士だと言われた。」
という友達がいるのだが、(デカすぎて顔が見えないらしい)それに近い感じがする。
人間の方が追いついていない感じというか。
おそらく彼は、言語だとか情報だとかの物理的なものを栄養にするタイプではない。
もっと実体のない何かを栄養にしているのだと思う。

俺たち人間は、どうしても物理的な世界に生きているので空気を振動させたり、紙に書いたり、体を使って表現したり
物理的なものを使って行われる表現でしか他者に世界を共有することができない。
何かを何処かから何処かへ動かすこと(空気とか絵具とか光とか体とか)で表現することになるのだが、故に体力がいる。
芸術の器としてのこの肉体にエネルギーが満ちていないと表現し続けることも難しいのだ。
だが、彼にはそのエネルギーも備わっていて、ものすごいペースで制作をしている。
絵も描くし映像も作るし音楽も作る。
やはり芸術の悪魔がふわふわと散歩していたらちょうどいい器を見つけたからしばらく借りて住んでみよう。
と、そうやって彼の体を使って表現を量産しているに違いない、、、
それも、工業的な量産ではなく、極めて芸術としての量産なのである。

しかしながらそこに勝手にシンパシーも感じるのである。
表現に対しては超エゴイストなのである。
閃きの消費期限を知っている我々は、腐る前に全てを形にしたい。
だからものすごいスピードで鮮度を保ったまま表現を続けたいのである。
社会とか人間のバイオリズムに合わせて制作していたのでは簡単に腐ってしまうようなものを扱っているのだ。
表現がうまくいくとそれだけで飲まず食わずでも生きていける。
表現がうまくいかない時はどんなことよりも不安で不幸なのである。
YOWLLはそういう自分の表現のスピード感を反映してくれるメンバーで構成されているので不安がない。
なぜならばこれは自分の意思を超えたところで発生している「何か」を自分という変換器を通じてこの世界に表現しているだけだからである。
必然性があるのである。自分だけでなく世界にとって。
そういうそこはかとない自信(自信というのは安心感と同義だと俺は考えている)があるので表現さえできていれば不安はない。

きっと彼もそうなのだと勝手に思っている。(答え合わせはしていないのでわからない)

そしてSleepInsideのライブはその作品たちに本当の意味でフィジカルが与えられるので、相当物理的な表現としてイケている。
固定された表現でなく有機的なライブという媒体は彼らの世界に揺らぎを与えて生命力を吹き込む。
あぁ生きているということはこれくらい不安定なことだったな。
と思い出せるのである。
人間は皆、生きるということ自体が既に表現なのである。
そういう簡単で一番近くにあるけど一番見えないことを彼らの音楽は教えてくれる。
不思議な魔力のあるバンドなのである。





そんなSleepInsideのライブが観れるのは
10月27日新宿ロフトで行われるYOWLL fes!!!

ぜひきてね。

チケットはこちらから

https://t.livepocket.jp/e/g8px9