私が自由になりたいと思った理由
私にとってそれはとてもシンプルな理由になります。
「家族を心から笑顔にしてあげたい。」
ただそれだけです。
はたから聞けば「綺麗事言いやがって!」と思われるかも知れませんが、私が自由になりたいと本当に心底思った理由はそれに尽きます。
何故そう思う経緯に至ったかというと、
元々私は「多少貧しくても、大切な家族さえ居てくれればそれでいいや。」と思って生きて来ました。
というのも、育ててもらった家庭は決して裕福ではありませんでしたが、父も母も一生懸命働き
沢山の愛を受けて育ててもらったと思っています。
その中でお金に対しての厳しさもちゃんと教えてもらいました。
小さい頃にはお小遣いを1日100円で貰っていましたが、中学になるとたいしてお小遣いというものの存在があやふやになり、部活で必要になるお金や、「散髪をしたいからお金を下さい」と、必要な時に必要な分だけもらうという感じになり、
決まったお小遣いというものが消滅しました。
普通と言えば普通かも知れませんが。
高校では入学するなり母親に「食堂の定食はなんぼや?」と聞かれ、正直に350円だと答えると
本当に350円しか貰えませんでした。笑
まだまだ育ち盛りの高校生。
周りの友人は皆500円、多い子なら1000円もらっている子まで居ました。
そんな中クラブ活動もし、すぐお腹も減る中私は350円明一杯の定食ではなく250円で済むうどんとご飯を昼食にし、
余った100円でようやく至福のジュース代を捻出していました。
それだけではありませんが、経済状況の厳しい家庭環境で育った人達ならば、誰もが「うんうん」とうなづかれる事が沢山あったと思います。
4人兄弟の末っ子。
甘やかされて育ったものの、お金に関しては必要最低限、“お金の事は人に頼るな!”と言わんばかりの教育を受けて来ました。
部活をしながらバイトもしていましたが、つまらなかった部活も1年で辞め、深夜のバイトまで初めました。
そのお陰で人にお金を借りようだとかそういうこともこれまで1度も思った事はありませんし、お金が無けりゃ寝る間を惜しんで働き捻出すればいいと思っていました。
なので高校時代は週4で12万円以上稼いでました。笑
結婚してからもその考えは特に変わらず、
実際バイトも2年程続けていました。
週3回、3〜4時間程度という僅かではありますが無いよりはマシ。
生活が苦しければ自分が多少でも無理をして捻出すればそれでいいと思っていました。
ですがそんな甘い考えが通用するのも最初の内だけでした。
結婚5年目の頃に妻の病気が発覚し、体調も良くなくパートもほとんど行けない日が続きました。
妻の病院代や妻が通っていた大学の奨学金も、妻のパート代と妻の母親の収入から見繕ってもらい、毎月6万円の支払いを捻出していましたが、同じ年に妻の母親が乳癌になり、その手術代と治療費の出費で妻の母親も手一杯になりました。
それで月10万近くの捻出を私の給料からまかなう形になりました。
20万そこらにしか満たない私の少ない稼ぎでは当然まかなえるはずもなく、
瞬く間に家計は赤字となっていきました。
家のローン、光熱費、保険料、保育園代、その他支払い出費を入れればどう考えても私の給料では払えません。
気が付けば自分の口座にもほぼお金が無く、携帯代をひかれれば自分で他に使えるお金なんてほとんどない状況でした。
何とかボーナスを切り崩し、切り詰めて生活する中で
ある日妻の方から「申し訳ない。」と涙しながら謝られました。
家庭が貧乏なのは決して妻のせいではありません。
「家族に余裕を持って生活させてあげられない程の給料しか稼げない私のせいだ。」
と、その時初めて心の底から自分の稼ぎの無さを責めました。
しばらくしていなかったバイトをすぐにまたやろうとも思いましたが、「いや待てよ」何故かそこで直ぐに足を止めました。
今ここでまた誰かの下で働きお金を得るようではたかが知れてる。
早急にお金が必要な状況にもかかわらず、
何故か私はそう思ったのです。
「自分自身の力でお金を得ねば」
そう思いました。
普通に考えてそこまでの不自由を強いられればまずはバイトなり、やってすぐ現金化される副業をやるのが当然。
ですがしかし、そこで私はこう思ったのです。
「自分のせいでこんなに苦しむ家族の顔なんて2度と見たくない!自分のせいで大切な家族をこんな苦しめ続ける訳にはいかない!」と。
私に見えたのは苦しい次の支払いを何とか乗り越える状況では無く、本当に心から笑顔で笑う家族の姿でした。
そこで出逢ったのがこのネットビジネスです。
それこそが私にとって本当の意味で自由を手にする道しるべ、自由になる事を選んだ理由です。
会社でいくら汗水を流し、休憩もせず時間効率だけを求め少しでも給料に反映されればとやってきましたが
そんな事到底叶うはずがありません。
大学も出ていない低脳な私がどれだけ身を削って働こうとも得られる給料なんてたかが知れていました。
会社にはお互いを刺激し合って成長し合える仲間なんて1人としていません。
そんな地獄のような会社の中で一生家族を苦しめてその生涯を終えるより、
私の様な人間のささやかな知識でも必要としてくれる人の為に働こう。
そして努力すればするだけ沢山の人に感謝され
それに対する報酬を得る。
そして家族を苦しみから解放してあげられる。
それがどれだけ素晴らしい事か。
想像しただけでも震えが止まりません。
これが私の「自由になりたいと思った理由」です。
この記事を読んで頂いたあなたにはどう伝わったでしょうか?
もし、今この瞬間この時に
この記事を読んでいるあなたに
少しでも共感して頂ける部分があれば幸いです。