凡庸”継続”雑記「超整理手帳」
来年の手張も、引き続き超整理手張に。最近、どこの文具店や書店にも置いていなくて、アマゾンで買うかと思っていたら、さすが、東京駅前の丸善にはあった。
手に入れ、胸をなで下ろし、2025年も安泰と喜んだ。
そこで、毎度のことだけど、一昔は手帳どころか、業務処理の革命になるかもしれない。そう、多くの人が夢見ていたものだったのに、今や、手に入れるのにも、四苦八苦している。そう余計なことをつぶやいてしまう。どうしても。
あの熱気や、期待や夢は、一体どこへ行ったやら。諸行無常の鐘響く(てっとこか)
さて、そんな戯言さておいて、結局僕自身は、今年一年(まだ過ぎていないけど)使ってみて、それなりに気に入って、来年も使う気になっている。だから買ったのだから。
手帳をあれこれ使って、大体は年半分で、引き出しの肥やしになってしまうことがほどんどなのに、こいつはなんとはなく使い続けている。
何がそうさせているのかと言うと、やはり、とても値の張る、手触りと香りが最高の、革手帳カバーのおかげに違いない。そいつの感触と香りを五感で感じるために、使っているようなところがある。(無性に革の匂いが欲しくなり、不自然に手帳を顔に近づけていて、同僚にきみ悪がられている)
手触りと言えば、適度な薄さがとても良い。これが、いい塩梅で手のひらに収まり、気持ちが良がいい。
で、こんなことを書いていたら、超整理手帳が全く価値がないみたいなので、これから手帳のことも書いてみる。
何が良いかって言うと、1週間を書いていれば、それが、自ずと月のスケジュールになるところ。これが本当にズボラな僕には、面倒な週と月の記入をしなくて良く、気持ちが楽。
この美点があるから、いい加減で面倒くさがり屋の僕は、この手帳が手放せない。とにかく、週間を適当に書いていて、ばさっと手帳を広げると、1ヶ月や2ヶ月のスケジュールが、広々俯瞰して見渡せる。
普通の真面目な手帳人は、週間は書き、それを1ヶ月に書き写し、おまけに、1日にも。いちいち、3っつも4つも同じ事を書かなくてはいけない。
ここが、手帳の悲哀というか、残虐なところ。その戦いに疲れ果て、倒れて、敗れて、いつも僕の手帳への希望と愛は消えていくのだ。
この手帳、どうしても書くところが少なくて、書ききれなく、モヤモヤしていたが、それを解消するために、普通のノートの幅を8cmに切り、手帳カバーに差し込んで、日々のメモや行動記録を書いている。書いとかないと、仕事行動報告書を作るときに泣きを見るから。
この組み合わせを実現させて、今や、理想の手帳が完成したのではないだろうかと、悦に入っている。来年もこの調子で、絶滅危惧種の超整理手帳を保護育成するつもり。
さて、こんなところで超整理手帳のお話は終わり。
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