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天国からの招待状。

「愛は犬…?」
 首をひねりながら思わず声に出してしまった。出してしまったあとで、その意味の分からなさに私は追加でさらに首をひねった。

 昨夜届いていた封書を開けたのが始まりだった。封筒の口から落ちてきたのは鍵と名刺より少し大きい白い紙。そこには、ひらがなで「あいはいぬ」と書いてあった。首をひねり、声に出して、もうひとひねり。なんだこれ。でも、字には見覚えがある。父の字。でもなんで?もう首はひねれない。と、封筒にはまだ何かが入っている感触があった。のぞき込むと折り畳まれた紙が入っている。つまんで引き出す。それは不動屋さんにある物件情報が書いてある紙だった。住所はここから車で1時間行くか行かないかくらいの所。元は喫茶店で、居抜き物件と書き加えてある。喫茶店かぁ…。居抜きで好みなら内装費が浮くなぁ…。そんな感じで眺めていると、不動産屋さんの名前と電話番号を発見した。

「はい、稲木不動産です」
「えーと、あの、居抜きの喫茶店の件で…」
「あー!ちょっとお待ちくださいね。社長ー!」
 ややあって、社長さんが電話口に出てきた。でも、なんで社長さんなんだろう。小さな不動産屋さんなのかな。
「お待たせいたしました。いやぁ、本当にお電話いただけるとは思っておりませんでしたよ。どうします、見にいらっしゃいますか?」
「え、あ、はい」
 話はすべて決まっていたとでもいうように、トントン拍子に話が進んでいく。どうなってるんだろう。電話を持っていない方の手の中で鍵が鳴る。
「こちらは今日、これからでもお見せできますがいかがでしょうか。気に入ってもらえるといいんですがねぇ」
「あ、それじゃ今からで、はい」
「それでは現地で11時にお待ちしておりますね」
 人が良さそうな声でグイグイ来るおかげで、私は勢いでOKしてしまった。

 急いで準備して、封筒に入っていたものをバッグに入れて、車に乗り込む。物件情報を見ながらカーナビに住所を打ち込んで発進。
「あいはいぬ…」
 私は封筒から出てきた謎の言葉を呟く。
「しかも、お父さんの字…」
 父は去年亡くなっていた。それなのに父の字で手紙が届いた。
「愛は犬…。ラブ、イズ、ドッグ…。あれかなぁ。忠犬ハチ公みたいに一生懸命愛しなさいってことかなぁ」
 私にはそんな相手はいない。だから愛っていうのはカフェを開きたいっていうやる気のこと、夢に対する愛ってことなのだろうか。ずっと持ち続けなさいってことなのだろうか。
「でも、お父さん、カフェ反対してたじゃん」
 カフェなんか無理だ、経営なんか無理だ。顔を合わすたびにそう言われていた。そんな話ばっかりだった。亡くなるんだったら、もっと別な話、しておけばよかった。
「愛…愛は、去ぬ…。愛は去ってしまう…。愛はいなくなっちゃうとも読めちゃうのかぁ…」
 情熱なんかいつか無くなる。だから諦めろ。こっちの方がお父さんっぽかった。でも。
「じゃぁ、なんで?」
 頭の中がハテナと父で埋まっていく。窓から吹き込む夏風が私を冷ます。気持ちいい。どこまでも広がる青い空。
「あと10分です」
 カーナビの声が私を現実に引き戻した。

「どうもどうも、お待ちしておりました!」
 到着すると不動産屋さんが迎えてくれた。ニコニコとしたおじさん。その後ろには好きな感じの店舗物件がある。遠目でも分かっていたけれど、良い。すごく好みだ。
「鍵はお持ちでしたか?…えぇ、これです。せっかくですから、ご自分でお開けになられてはいかがですか」
 ドキドキする気持ちを落ち着かせて解錠する。ドアを開ける。昼の光が薄く照らし出す店内は、居抜きというだけあって内装も調度品もそのままだ。これから営業だと言われても納得できる。
「すごく…良いです…」
 やっとのことで言葉にした。ど真ん中。誰かが私の頭の中をのぞいて作ってくれたんじゃないかと思うくらいだった。
「あぁ、良かった!これで先輩に怒られずに済みますよ!」
「どういうこと、ですか?」
 稲木さんのほっとした声に私は首をかしげる。
「あぁ、そうか。えぇと、あなたのお父さんに言われていたんですよ。喫茶店の居抜き物件は他の客に見せる前に俺に知らせろって。もう何年も前のことです。何件も一緒に居抜き物件を見て回りましたよ。あれがダメだ、これがダメだ、デザインがイケてない、ここもダメだって。で、私も段々好みが分かってきちゃって。でね、先輩が亡くなる前に言うんですよ。お前が良いと思ったら鍵と一緒に物件情報を送りつけてやってくれって」
 いかがですか、と稲木さん。私はただただ頷いて、親指を立ててみせることしかできなかった。
 そして、ふと謎が解けた。そっか、「い」を抜くんだ。私は紙を取り出した。「あ」と「は」と「ぬ」。合わぬ。お前には向いてない、お前には合わない。父がそっぽ向いてそう言っている気がした。
「素直じゃないんだから」
 私はそう言って、紙を大事に抱き締めた。

~FIN~

天国からの招待状。(2000字)
【シロクマ文芸部参加作品】
シロクマ文芸部お題:「愛は犬」から始まる小説 ( 小牧幸助 様 )
写真・題字提供:花梛

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シロクマ文芸部、参加させていただきました。
ここまでお読みいただいてありがとうございました!

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普段はOne Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画で色々書いています。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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