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月のうさぎ、何見て跳ねる

「お月様には、うさぎさんがいるの、ほんとだよ!」
幼い私は、そう言って聞かなかったそうだ。月のうさぎ。その存在を確かめるべく、天文学を学び、勢い止まらず宇宙飛行士になり、とうとう見つけた。いや、私自身が『月のうさぎ』になった。もちろん、山月記的な話ではない。人間は虎にはならない。後悔しないように生きようという教訓は得たけれど。

「オラ、何ボサッとしてんだ!?100秒後に接触!分かってんだろうな!」
僚機からのザラついた通信音声。あーぁ、ぶち壊し。地球はこんなに青く、360°の星空は、すぐそこにあるのに。
「80秒!オイ、聞いてんのか!?」
「あー、うるさい。こんなのに背中預けてるなんて。」
「ッんだと、コラァ!俺たちは地球の命運握ってんだぞ!」
「あんたに握られてるなんて、命がかわいそうよ。」

年間平均出動回数200回。イコール、何かが地球に向けて突っ込んでくる回数。実に2日に1回以上のペースで、地球は平和を脅かされている。ときに隕石。ときに星間弾道弾。ときに自爆テロ。私たちの仕事は、高機動人型重機『Rabbit』で不審物に追い付き、限界防衛線に到達するまでの間に、誘導マーカー『トリモチ』を取り付けること。取り付けてしまえば、大小様々な防衛ユニットがトリモチを追尾する形で一斉射を仕掛けて、脅威を徹底的に破壊する。
「2人とも、そこまでだ。来るぞ。」
「はい」
「ッしゃァ!」
私が白、僚機が黒。月面基地から出撃した2匹のうさぎが秘密裡に地球を守る。それが真実。

「ムーンリバー、不審船から入港信号は?」
「警告にも返事無ーし。ダンマリで速度上昇中。間違いなく貿易船の類じゃないでーす。」
「よーッし!俺らでボコだな!!」
「一緒にしないでよ。」
ブースターを噴かして、突っ込んでくる不審船に速度を合わせる。高機動作業というと難しいイメージだけれど、相対速度が0なら止まっているのと同じ。簡単にタッチできる。接近。黒い表面。よく見えない。
「慣れっこよ、真っ黒くろ助」
トリガーを引いて、掌からトリモチを射出した瞬間。船体が変形する。急な動きの変化でトリモチは当たらず。操作が追い付かない。逃げられる。
「船じゃない!」
「何だろうと捕まえてやらァ!」

少し先でアマミが不審船に喰らい付く。船体から黒い腕が何本も生えて、装甲を剥がしにかかっている。アマミも負けじと揉み合う。速度は落ちた。でも、限界防衛線まであとわずか。
「そのまま停めてて!」
再加速して、追い付き、今度こそトリモチを着弾させる。船体にへばりついた装置が起動信号を返してきた。
「トリモチよし!いけます!」
アマミが絡んだ腕を何とか解いて離脱。
「安ッ全、確認!撃てェェッ!」
「2人ともよくやった。目標補足、斉射!」

数瞬後、閃光が不審船を包む。反応が消滅するまで光は幾筋も増え続ける。正体なんかどうでもいい。そんなことを気にしていられない。また明日には次が来るんだから。

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