会社に法務はいらないのか
サマリ
兼任者に対応できない「量」の法務業務が発生する見込みがあれば、すぐに法務人材の獲得を検討する
法務人材に問題処理を任せる場合、問題の内容全てを話すことも検討する
法務を内製化しても顧問料の節約につながらない場合がある
1. 背景
なぜ会社さんには法務機能があるのか。背景として、いくつかの可能性が考えられる。
CFOや管理部長が法務を兼任していたものの、本来業務または法務の業務量が増加傾向にあるため、専任の方に法務を担当してもらいたい。
コンプライアンス上の問題が発生したたため、その問題の処理と再発防止体制を構築を任せたい。
法務を内製化して、顧問弁護士に支払う報酬を抑えたい。
しかし、それらの背景にもかかわらず、法務機能を持つことが最適解ではないこともある。次の問いを立ててもらいたい。
そもそもその課題は解決すべきものなのか、無視できない課題なのか
法務機能を持つこと以外の選択肢を検討したのか、法務の限界がどこにあるかを理解できているか
法務を置くことによって本当にその課題は解決されるのか、何を法務に期待するのか
突き詰めて考えることを怠ると、不幸な結論が待っている。会社さんには期待を大きく下回る結果となり、法務を担当する方には他の部署からの風当たりが強くなる、業務量が多すぎてまたは少なすぎてストレスが溜まる、自分のケイパビリティを圧倒的に超えていて対応できない無力感を抱くことになる。
以上の検討にあたって、背景をもう少し掘り下げるため、今回は、会社に法務はいらないのかを書く。
2. 法務の移行
スタートアップでは、CFOや管理部長が法務を兼任することが多い。最優先事項は、事業部門や開発部門における優秀な人材の獲得である。専任の法務担当者の獲得に費やせる資金がない、または十分でないため、今いる方だけで対応しているのである。
それでも、ある時期までは十分に対応できる。対応できない「量」の法務業務が発生しないからだ。対応できない「質」の法務業務は直ちに外部弁護士に任せる。そのような業務に、CFOや管理部長が対応できるかどうか不明なのに、対応しようとするのは合理的ではない。
専任の法務担当者の獲得検討は早い時期に行うべきである。人材紹介会社によると、他の職種に比べて、法務人材の流動性は低い。背景には、法務人材の安定思考がある。事業部門の法律相談や紛争対応を除けば、法務の仕事内容はどの会社さんでも大差がないことが一因か。そのような安定を捨てて、自ら積極的に環境を変えにいく法務人材は限られる。転職を希望する法務人材、しかもその会社さんが求める法務人材となると、さらに人数が限られる。必然的に奪い合いになる。対応できない「量」の法務業務が発生してから専任の法務担当者の獲得を検討したのでは遅いということだ。
専任の法務担当者にかかる費用という意味での「コスト」と、CFOや管理部長にかかる対応時間や煩わしさという意味での「コスト」のどちらが高く付くと考えるかは、会社さん次第である。対応できない「量」の法務業務が発生している場合、専任の法務担当者を獲得するまでの間は、CFOや管理部長が本来業務を十分に遂行できていない可能性のあることに注意が必要である。
3. コンプライアンス上の問題の処理と予防
問題の処理には、いくつかの項目を整理して正確に把握する必要がある。専任の法務担当者にはその会社さんの状況が全くわからないからだ。入社時点では、その会社さんの顧問弁護士よりも理解できていない。たとえば、次の項目である。
問題を起こした者の部署や役職
業務上のことか、業務外のことか
今回が初めてのことか、ヒヤリハットも含めて複数回発生しているか
(業務上のことなら、)通常の業務フローの中で発生したことか、通常の業務フローに従わなかったために発生したことか
メールなどの証拠や、問題を起こした者以外の言動の有無と内容
以上を踏まえた関係者の相関図と時系列
その問題を知っている者の範囲
現時点の対応状況と、今後の対応予定
実損害額と、機会損失による想定損害額
法務人材の採用面接時に、会社さんから以上の項目全てが明かされることはない。その時点で入社するかどうかわからない方がその問題をSNS等において漏えいすることによって、その会社さんのレピュテーションリスクが顕在化することを恐れるからだ。
法務人材としては全てを明かしてもらいたい場合がある。入社するかどうかの判断材料にしたいからだ。M&Aにおける法務DDをするイメージである。ポジティブな面として、その会社さんの成長性や経営方針などが自分に期待に沿うかどうかなどを考慮し、ネガティブな面として、リスクの有無や影響度などを考慮する。そのリスクを無視できるほど小さいと法務人材が判断できれば、その方の入社可能性はいくらか高まる。何としてもその法務人材に入社してほしい場合には、NDAを締結した上で、問題の内容を全て話すことを検討してもよいかもしれない。
問題の予防を任せる場合は、採用面接時にとくに注意して確認してほしい業務フローの概要を、入社後にその詳細を説明する。法務人材としては、自ら積極的に業務フローを理解するように努める。時には業務記述書やフローチャートなどと、実態とが整合しているか、法務人材が自分の目で現地で確認する。話者が誰かによって、説明内容、程度、ニュアンスが異なり、業務フローの全てが網羅的に説明されることはないと心得る。
4. 内製化と顧問料の抑制
顧問弁護士の報酬(顧問料)はひと月あたり数万円から数十万円までと幅がある。日本弁護士連合会の調査によると、3万円や5万円といった金額が並ぶ(※1)。しかし、現在から遡って15年前の調査であること、n数が少ないこと、回答した弁護士が所属する、または代表を務める法律事務所の規模などが明らかでないことを割り引いて考える必要がある。最近の調査によると、 8万円から10万円が多い(※2)。
顧問料でカバーされる対応事項には一定の条件が付けられる。多くの場合は、ひと月あたりの対応時間だ。ひと月あたりの対応時間が上限に満たない場合でも、ひと月あたりの顧問料は値引きされず、当月に使わなかった対応時間を翌月に繰り越すこともできない。対応時間の上限を超えたら、1時間あたり数万円がかかる。対応内容や対応領域にも条件が付けられることもある。顧問弁護士の専門性や得手不得手などが理由であると推測する。
法務を内製化するには、顧問弁護士への依頼内容を精査する必要がある。契約書や議事録のチェックといった定常的な業務は、顧問弁護士に一度相談した内容を社内のノウハウとして蓄積していければ、都度相談する必要がなくなる。他方、M&Aや紛争対応といった業務の中でも、仕組み化できそうにないイレギュラーなものは、顧問弁護士に引き続き依頼する。M&Aや紛争対応に豊富な経験を有する法務人材を獲得できれば、イレギュラーのものであっても多くの部分を内製化できるかもしれない。
法務を内製化した場合、節約できる顧問料は50%くらいか。定常的な業務を顧問弁護士に依頼している場合の多くは、この程度の金額を節約できる。ひと月あたり百万円単位の弁護士報酬を支払っている場合や、依頼件数が多くなる場合などはより一層節約できるかもしれない。
費用という意味の「コスト」の観点では、法務の内製化と顧問料の抑制を同時に行うことに必ずしも合理性はない。人材紹介会社の話によると、直近の法務人材の求人情報は、年800万円から1,500万円程度で出されている。この給与幅で法務人材を獲得する場合に、節約できる顧問料が50%と仮定すると、顧問料が年間1,600万円から3,000万円程度の会社さんでなければ、費用という意味での「コスト」に見合わないことになる。人材紹介会社に支払う法務人材獲得にかかる成功報酬や、法務人材を雇用する場合に会社さんが負担する社会保険料を考慮すると、年間顧問料がさらに高額でないと見合わない。
以上、会社さんに法務機能がある背景を掘り下げて検討してみた。一方で、背景は法務機能を持つ「きっかけ」くらいの意味に過ぎず、重要なのは法務機能の役割や結果であるという考え方がある。他方で、土台となる背景がしっかりしておらず、法務の役割がふわっとしたものになるという事態は避けたいという考え方もある。後者の考え方であれば、以上の背景だけでは、法務機能を置く理由として十分でないように見える。これを明らかにするため、法務機能にどのような業務を担当してもらうか、顧問弁護士との棲み分けについて、別の機会にさらに検討してみたい。
参考資料
※1 日本弁護士連合会「アンケート結果にもとづく 中小企業のための弁護士報酬の目安」
※2 株式会社LegalOn Technologies「企業規模に比例して顧問弁護士数は増加、顧問契約のきっかけは「紹介」」
記事の目次は、こちら
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?