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大学10年在籍引きこもり生活。休学中に火事で家が全焼、猫4匹死亡、エロ漫画が飛んできた。卒論完成に7年費やす

「1984年に、"完璧"に 近づいて入院した」
Silver Jewsの"Random Rules"の歌いだし

https://www.youtube.com/watch?v=hBAVX1oslEM

いろいろあって(なんにもなくて)、大学生を10年間もやってしまったのですが、このような10年間を過ごした人間は稀だと思うので書き残しても良いんじゃないかなと思いました。一応卒論は提出できました。進路(20代が終わる年齢の人間が使う言葉ではない)も何にも決まってないけど、卒業確定までの数か月は、焦燥感と罪悪感から自分を解放して過ごしたい。卒論終わってないのにnote書いてるという罪悪感は少なくとも無くなったので。

I guess she spent her last quarter randomly
「彼女は最後の3か月を適当に過ごしたんじゃないかな」 
Pavement - "Here" より

https://youtu.be/bKipkWC90eU?si=2UaBGMny9Lpn2L9W

2014年 大学入学
2016年 バイトを辞める。卒業論文以外の全単位を取得し、大学に通う必要がなくなる。合同企業説明会に行こうとしたが、スーツに着替えてる途中で行きたくなくなり、行くのをやめる。その時から現在まで就活の概念を理解したことがない。
2017年 4年生スタート。卒論テーマをIndie Rockにする。保護猫活動で猫が4匹に増える。
2018年 前期休学。後期は復学したが卒論に手がつかず前年のような状態に。年末に来た教授の電話で「祖母が亡くなって葬式もあるので提出しません」と伝えた。
2019年 見かねた親の発案で精神科を初受診。発達障害かもと先生に伝えたら爆速で肯定された。その日のうちからコンサータと抗うつ薬が処方される。数か月後にIQの検査を受ける。12月からコロナ禍。
2020年 大学の完全リモート化。だが授業の単位は全て取っていたのでリモート授業を経験することは一度もなかった。
2021年 ネット、ソシャゲ中毒。抗うつ薬の影響で60kgくらいだった体重が80kgに。
2022年 ネット依存の治療と処方される薬の調整のために1か月入院。入院の後半はPCの使用が午後だけ許可されその時間は卒論の作業をしていた。ここで8ページくらい書いた。退院する頃には抗うつ薬は出されなくなった、それ以降も処方されていない。退院後家が火事で全焼する。猫が4匹とも亡くなって悲しむ。→猫のことを書いた記事は非公開にしてたけど公開するかも。仮住まいの家具などを揃える作業をする。
2023年 念願のPavement来日公演。卒論は資料が燃えたことなどもあり、さらに気が散って手がつかなくなった。
2024年 休学4年間すべて使ってしまったので後期学期に復学するも卒論作業をほとんどせず12月に。12月の前半に仮住まいからの引っ越しが完了する。
2025年 締切5分前に卒論を提出。

卒業論文のテーマはインディー・ロックバンドのPavement

卒業論文の内容はアメリカのindie rock文化と一番好きなバンドのPavementについてだった。
英語で本文30ページ以上書くことが必須で、その条件自体もプレッシャーではあったが、周囲に卒論が終わらなくて卒業ができてないことへの言い訳に使っていた面もある。
だがそれよりも、自分の英語に対するプライド、好きなもので書くんだから良いものを書きたいというこだわりの強さが長引かせた要因だったと思う。結局ギリギリに提出したんだから授業でやってた英語のレポートと変わらなかった。
「学部生の論文はそんなに頑張らなくていい」みたいなことは早いうちから言われていたのに納得できず、精神がすり減っていっただけだった。

家がもらい火で全焼。出火元のゴミ屋敷からエロ漫画が飛散する

火事は今でも立ち直れていないくらい辛かったが、「こんなことあるんだ」ということも体験した。
それは火元の家(ゴミ屋敷と言って差し支えない)の壁が崩れ、爆風で我が家にエロ漫画が飛んできたことだ。

飛んできた漫画を並べて撮った写真。

他にも体操服の幼稚園児が表紙の漫画も飛んできた。

ゴミ屋敷の一家は過去にも団地で火事を起こしていたらしく、近所の人はみんな知っていたのに、一番被害を受けた我が家だけそれを知らなかった。火事後に虚言を含む不誠実な対応もされた。

そんなことを書いていると恨みから晒し上げるために書いていると思われそうだが、「火事でエロ漫画の趣味がバレる」なんてことが現実であるんだという驚きが勝っている。ある種のエモさを感じている。


ギリギリの卒論提出

卒論提出締切が1月14日の17時なのに、
期限4日前の1月10日は気分が沈んで一日中寝ていた。

1月11日に原稿の清書していない雑多なメモの部分を消すと原稿が33ページから15ページに減り、3日間で15ページ書く必要がある現実を突きつけられ絶望する。

結局13日から徹夜し14日の15:00まで卒論を書いていた。その日は母が午前で仕事を早退し、完全サポート体制を敷いてくれていた。

15:30に3部印刷し(プリンターの動作の確認も初めてその日にした)、家を2か月ぶりに出る。
この2か月は本当に玄関から一歩も出ていなかった。久しぶりの外出のため自分は財布や鍵を持っていくのを忘れていた。

使っていた駐輪場がだいぶ前になくなっていたので母が知っている駐輪場に案内してもらった。

電車が5分遅延

電車の中で母と一緒に製本作業をする。卒論の製本を母と一緒に電車の中でやった人間はおそらく世界初だろう。だいぶ異様な光景だったので席を譲ってくれた女子高生に変に思われたはず。

16時45分に大学の駅に到着。学務室まで走る。16時55分に提出する。
つまり駐輪場で自転車を置くのに手こずったり、電車があともう5分遅延していたら、今学期の授業料の30万円は完全に無駄になっていた。

欲しいものリスト作りました。
買っていただけたら本当にうれしい。

洋服とか未だに火事後に両親の知人から頂いたものばかり着ています。
8割くらい。







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