『幸せになったら死ぬ男の話』一人振り返り会場
2021年9月から約9ヶ月、ほぼ毎日描いていた拙作『幸せになったら死ぬ男の話』が完結を迎えた。
個人的にはオリジナルの創作で一番長く描き続け、一番思い入れの深い作品になった。
創作活動だけでなく、日常生活から僕は何事も「俯瞰グセ」があり他人や物事、自分自身からも距離を置いて見たり動くクセがあるせいで、自分の中から生まれた物語やキャラクターであるにも関わらず、深く思い入れることができなかった。
しかし、この作品においては(他者と比較した場合そうでもないのかもしれないが)過去のどの作品よりも思い入れをもって物語やキャラクターと接することができたと思う。
そんな大切な一作になった『幸せになったら死ぬ男の話』を描き始めるところから今現在に至るための振り返りをしていきたい。
読んでくれる優しいみなさんにおかれましては「こんなこと考えて描いてたんだ〜」くらいに思ってもらえればいいなぁと思います。
多分長いです。読める範囲でお付き合いください。
1.発想から描き始めるまで
そもそもの出発点に「ホラーが好きな自分」というものがあって、そんな自分のためになんとなく怖いものを描きたいという気持ちがあった。
そこで「呪い」というものが思い浮かんだ。
「呪い」というものは時に規則的かと思えば、時に理不尽に押し付けられる厄介なものだと思っていて、それが女の子だったら振り回してきてかわいいんじゃないかな、と思いついた(この時点で怖いものは描けなくなった)。
「かわいい女の子の呪いに命を狙われる話」っていう発想自体は描き始める1年前くらいからあったと思う。ただ、その頃は余裕がないのと、以前描いていた続きもののを完結できずに挫折していたこともあって、描き切る自信がなくて手をつけられずにいた。
↑挫折した前作
そこからしばらく時間が経ってその頃より、漫画を描くスピードが上がったという手応えを感じてきたのと、ちょうどその頃尊敬する漫画家のイマイマキさんが「7コマ」という形式で1日1ページの漫画を投稿していたのを見て、「この形式ならコマ割りで悩む時間も減るし、1日1ページなら続くかもしれない」と思い、イマイさんに連絡を取って同じタイミングで7コマ形式の漫画を描くことの承諾も得たので、『幸せになったら死ぬ男の話』を描くことにした。
※「7コマ漫画」の形式は『きつねとたぬきといいなずけ』のトキワセイイチさんがより以前に描かれています。めちゃ面白い。
その上で1週間分のストックを用意して、『幸せになったら死ぬ男の話』を描き始めるにいたったのだ。
2.描き始めてからのこと
そうして描き始めたのだが、オチも決めず見切り発車での開始だった。
ただ一つだけ絶対に変えないと決めていたことがあった。
それは「主人公は絶対にタタリの呪いで死ぬ」こと。
なんやかんやで奇跡的に死にませんでした、ハッピーエンド!みたいなものは絶対に描かないと決めていました。
タイトルに嘘はつきたくなかったので、しっかり責任をもってコウジの人生の幕まで描こうと決めていた。
読んでいた妻も「コウジとタタリがくっつくと思ってた〜」と言っており、一番近くにいた人にも読ませない展開だったとしたらありがたい。
それでもタイトル通りに死ぬのは普通に考えればそのままの展開なので、それまでにどうドラマを盛り込むか、幸せの絶頂=死だと読んだ人が納得してもらえるくらいの「幸せの理由」をどう表現するか、なんてことを考えながら1ページずつ物語を進めていきました。
そしてラストの展開が頭の中で輪郭をくっきり見せてくれたのは描き始めて2ヶ月半ほどが経過した2021年12月4日。調べたらちゃんとツイートしてました。
早朝の犬の散歩は静かで考え事したり、逆に頭をリフレッシュさせたりするのに便利ですね。ここで「カスミ」という存在も生まれました。
カスミの正体が判明した時につぶやいた気もしますが「安藤 カスミ」という名前は「and curce(呪い)」からきています。英語的にはwithの方が正しいんでしょうが、なんとなく雰囲気で。
そこからはそこに向けてとにかく他者を通じてコウジという人間を伝えようという積み重ねの連続でした。
しかしなぜか不思議なことに、コウジを魅せていきたいのに脇のキャラクターたちにどんどんお気に入りのキャラが増えていきました。
先輩のリキ先輩や、カエデさんの創作仲間の焼き芋さん…人柄や外見が好きなキャラが思いのほかたくさん生まれて描く楽しみが増えたし、読んだ人からそのキャラを褒めてもらえるのもすごくありがたかったです。
3.ラストへ
カスミというキャラが生まれたことで、ラストに向かって少しずつ進行が始まった。カスミに関してはキャラの転換がくるまでできるだけ可愛く、その分の反動がくるようにしましたが、描いてる僕自身もなんとなく騙されそうになって「こんな子が後々復讐鬼としてコウジを殺すの…?」ってなりました。
だからこそ可愛く描けたのかもしれません。
最終章の展開で、自分でもまったく予定していなかったのが「タタリの過去(呪いとしての出自)」でした。タタリに関してはあくまで「呪い」として人間味をできるだけ消して、呪いとしての本分であったり、ルールを全うして任務を遂行する、人外として存在でいると思っていたのですが、タタリがなぜそこまで呪いとしての使命に固執するのか?その説得力を具体的に伝えようとした時に「掘り下げなきゃダメなやつだ…」ってなりました。
多分、コウジが死ぬシーンでのタタリのセリフだったり涙だったりが出たのはこの掘り下げがあったからこそだったと思います。
そういう意味では嬉しい想定外でした。
逆に失敗したなと思ったのは、カスミの心情の変化に説得力を持たせられなかったことでした。唐突なプロポーズの受諾に納得いっていない人もたくさんいると思います。
ご都合主義ととらえれても仕方のない展開だったと反省しています。
これは単純に現在の僕の実力不足で、きっと描ける人はここをしっかり表現できるんだと思います。
そんな失敗を踏まえながらも、最後の2週間ほどはすでに輪郭だけはあったラストに詳細や色をつけていくような気持ちで描いていました。
タイガくんがまさか移住して、コウジのお母さんの近くにいるとは思いませんでした。
これは直前までずっと悩んでいた「コウジのお母さんを救う(ところを描写する)かどうか」が原因でした。
できるだけ最後に出る人物は絞った方がいいと思いながらも、コウジのお母さんのことを考えるとあまりにもかわいそうすぎて、放っておけず。また、コウジもお母さんへのケアなしに死ぬとも思えないと思い、お母さんを救う描写を入れ、そこにタイガくん一家が加わった形になりました。
コウジのお母さんに関しては、一番僕の予想を超えて重要かつ強い人になりました。
そのおかげでコウジの死に涙するお母さんのシーンは僕も描いててものすごく辛かった。さらにコウジという人間が久慈家の人間らしくない性格になった理由としてものすごく説得力をもたせてくれました。
母は偉大だなと強く感じました。
4.まとめると
こうして振り返ってみると、深い展開を考えずに描き出したことでいい方向にも悪い方向にも、「想定外」がたくさん発生して、描いてて楽しい部分もあり、逆にここまで長い物語になったんだなと思います。
それがいいことか悪いことかは断言できませんが、SNSという個人主張の場だったからこそできたことだと思います。
そしてSNSだからこそ、みなさんの優しい言葉を直接受け取ることができて、最後まで描き切ることができました。
この冗長な記事を書けるのもみなさんのおかげ(この記事も構成とか考えずに勢いで書いています)です。
あいにく、世間でいうところの「バズる」漫画にはなれませんでしたが、僕の拙い漫画を「面白い」と思ってくれる人に少しでも届いて、最後まで見守ってもらえたことは本当に幸せです。
(『たら死』を描いてるときに全然関係ない女の子のイラストの方がバズって複雑な気持ちになったこともありました)
最終回を描き終えた直後、本当に心がからっぽになり、ものすごく虚無の状態が続いているのですが、最終回にいただいたみなさんからの温かいコメントのおかげで少しずつその隙間も埋まってきています。
仕事もちょっと立て込んできているので、しばらくは頭からっぽにして仕事を進めて、落ち着いたところでまた自分の描きたい漫画を描いてみなさんに見てもらえるようにします。
『たら死』もkindle版の最終巻をちゃんと作るし、全部を1〜2冊に再編集して、紙の本としてコミティアや通販で頒布したいなとも考えています。
その資金を作るためにも真面目に頑張ろうと思います。
↓kindle版(既刊3巻まで)
ギリギリの生活ですが、できるだけ長く創作活動を続けて自分やみんなが楽しめる作品を作れるように精進していきます。
長文にお付き合いいただいた方、ありがとうございました。
またSNSとか、そこらへんでお会いしましょう。
2022.6.20 パウロタスク