(1)ウルトラマン、国際連合、日米安保条約~メフィラス星人が突きつけた問い~
一昨年に文章化したが、掲載先がないので分割で載せます。
1.はじめに
2022年から始まる新科目「歴史総合」では18世紀以降の歴史を日本史、世界史を一体化させて取り扱う。「歴史総合」については2018年に学習指導要領解説が出たところであり、生徒の「主体的・探求的な取り組み」「思考力、判断力、表現力」が重視され、それに向けた具体的な授業実践は文部科学省の研究指定を受けた学校で行われているが(1)、現時点で教科書も副教材の見本すらない。推測するに、多くの高校教師は「どうしたらいいのかよくわからない」、あるいは「現行の世界史Aや日本史Aでやっている実践や使用教材がどれくらい活用できるのか」と考えている派に分かれているだろう。
筆者は後者に属すが、「歴史総合」の目指すものに近い実践として手元にあるのが『ウルトラマン』のメフィラス星人が登場する第33話「禁じられた言葉」(初放映は1967年2月26日午後7時)を教材化したもので、それを2018年11月18日に関西学院大学西洋史研究会第21回年次大会のシンポジウム「高校世界史教育の探求」において「ウルトラマンとは何か-国際連合、日米安保条約- ~メフィラス星人が突きつけた問い~」の題で約30分間の報告を行う機会を得た(2)。
「半世紀以上前の」「子ども向けの」「荒唐無稽な」「特撮ヒーローもの」を、と眉をひそめる方も多そうだが、「初期ウルトラシリーズ」と分類される『ウルトラマン』『ウルトラセブン』では「子どもだまし」ではないどころか、大人でさえ凍りつきかねない重い問いがテレビの前の子どもたち(と一緒に見ている本土の大人たちに)突きつけられていた。その重い問いとは、日米安保条約(と付属する密約)(3)によって規定された「アメリカと日本の関係」、「日本と沖縄の関係」、そして「アメリカと沖縄の関係」である、との仮説をそこで提示した。
報告時は時間的制約から「ウルトラマンを作った男」金城哲夫(きんじょう・てつお、1938~76年)(4)に関する部分と戦後沖縄史の大部分を割愛した。本稿はそれを補い、「禁じられた言葉」のメッセージと、この作品がが持つ歴史教育・「歴史総合」の教材としての可能性を探ってみた考察である。しかし円谷プロダクションにおいてさえ初稿シナリオが残っていないものも多く、同時代の証言、あるいは後代の取材、作品論(5)、沖縄現代史研究(6)など二次資料に頼っているため、論文というよりは評論に近い。しかし金城哲夫の軌跡、彼の作品、そして戦後の世界史・日本史・沖縄史と重ね合わせることで、21世紀の「沖縄の本土への視線」と「日本本土の沖縄への視線」が浮かび上がるだろう。
註
(1)神戸大学附属中等教育学校が2013年度から「歴史基礎」段階より研究開発学校の指定を受け、毎年の報告書に加え、平成29・30年度には『地理総合・歴史総合実施報告書』と『地理総合・歴史総合参考資料』が出されている。
(2)第33話は円谷プロダクション『ウルトラマン9』(バンダイ、DVD)に収録されている。また同題で筆者によるパワーポイント、使用レジュメ、授業に関する記録が『関学西洋史論集』第42号、17-32頁に掲載されている。ただ、金城哲夫の玉川学園高等部と玉川大学の入学・卒業年度を誤記している。
(3)アメリカ公文書には残っているが日本側に公文書として残っていない密約の例としては、日本政府側の米兵・軍属への裁判権放棄に関する1953年の密約と1969年の沖縄返還時の核持ち込み密約だろう。
(4)金城哲夫については朝日新聞が2001年5月16日の沖縄特集記事「「ウルトラマン」の苦悩」で前日が沖縄県の本土復帰の日であることに触れながら金城哲夫がウルトラマンに込めた願いと、本土と沖縄に引き裂かれた金城哲夫の悲劇を伝えている。その中で妹の上原美智子氏は「もし兄が生涯沖縄に生きたら、ウルトラマンを生むことも、早すぎる死を迎えることもなかった」「兄は沖縄と本土の溝をあぶり出すような生き方をしたのかもしれない」と、まさに境界人としての金城哲夫を語っている。またNHK総合の『歴史秘話ヒストリア』が2010年9月に「ウルトラマンと沖縄~脚本家金城哲夫の見果てぬ夢~」の放映により、特撮マニア以外の一般の人にも名前が知られるようになった。そこで取り上げられたのは『ウルトラセブン』の「ノンマルトの使者」だが、この作品に最初に注目したのは切通理作氏である。
(5)ウルトラシリーズを作品論にまで昇華したのは切通理作氏で、「ウルトラマンと在日朝鮮人」『映画宝島 異人たちのハリウッド』(1991年、JICC出版局、192~200頁)に始まり。同「ウルトラマンにとって「正義」とは何か?」(『映画宝島 怪獣学・入門』69-86頁、特に72-78頁)を経て、『怪獣使いと少年』(1993年、宝島社。なお2015年に増補新装版)に結実している。
(6)近年、櫻塚誠『沖縄現代史』(中央公論社、2015年)、新崎盛暉『日本にとって沖縄とは何か』(岩波書店、2016年)といった優れた概説が出ている。