おべみ二次小説4×MC
『人はなぜ本を読むのか』
おべいみー/Obeyme! 4男×MC小説
「ねぇ、本貸してくれない?」
「ああ、喜んで」
開口一番にそういう彼女に、俺は笑顔を返した。
ここ最近彼女はよく本を借りにくる。
目的は人間界の本だ。ライブラリーにはない本を、俺の部屋までわざわざ借りにくる。魔界の本も読んでいるが、時々人間界の物語が恋しくなるといっていた。
俺に会うための口実にであればいいのに―――と思わないこともないが、こればかりはどうしようもない。
「君のためにいくつかピックアップしておいたんだが…ちょっと待っててくれないか。探すから」
「私も探そうか?」
「…いや、いい。下手に触ると雪崩が起きかねない」
俺の視線の先の状態を理解して、彼女は苦笑した。
貸そうと思っていた本があったあたりには、すでに本が積み上げられている。
以前からたびたび彼女に指摘されて直そうとはしているものの、この悪癖はいっこうに直る気配がない。
「しばらくその辺りでも眺めておいてくれないか」
俺は本の片付けに取り掛かる。そのあいだ、彼女は本棚のラインナップを眺めている―――というのが常だった。
背中に彼女の存在を感じながら、俺はいつも考える。
俺は本が好きだ。
本はいい。一人の世界を作り出すものだ。俺は生まれてからずっと、いつも心の中にある、ぶつけようのない怒りをどうすればいいのか考えていたが―――それに答えをくれたのが本だった。
本は自分を偽るすべを教えてくれた。他人より知恵のあるものを、人は称賛し認めることを知った。
俺はそうすれば、行き場のない怒りを抱えながらでも“アイツとは違う”ことを認めさせることができる。
だから俺は本を読んだ。一つでも多くの知識を身につけることが、俺が俺自身であることを証明する方法なのだと思っていた。
だが今は―――少し、後悔している。
本は一人でしか読めない。ゲームのように対戦もできないし、食事のように同じものを味わえない。音楽のように同じ音を聞けない。
俺は孤独で良かったから、本がそこにあればいいと思っていた。これまでは。
でも今は、本を読むだけでは満足できなくなっていた。
できるなら、俺が見ている世界を共有したい。彼女と。
だから、彼女が俺の読む本を借りてくれるのは嬉しい。そんなことを大っぴらに言うつもりはないにせよ―――
「あれ?この本って…」
その声に振り向くと、彼女は一冊の本を手にしていた。
タイトルは『失楽園』。悪魔ルシファーによって人間が楽園を追われた物語だ。
俺たちの世界とはかけ離れた物語だが、人間界では有名な物語らしい。
「この本、読んだの?」
「いや、たまたま手に入れただけだ」
至極不思議そうな彼女に、俺は嘘をついた。手にした本に視線を落とす。
彼女からしてみれば、ルシファーを描いた本を俺が持っているのは違和感があるのだろう。
偶然手に入れた本だったが、人間がどんな風に悪魔を―――ルシファーを描いているのかが気になって結局読んでしまった。
悪魔というのは、人間にとっては楽園からの追放の原因を作った悪でしかない。だが、その物語に描かれているルシファーは傲慢で怒りに満ち満ちていて、高貴で不屈の精神を持つ存在だった。
そこに、俺が生まれた一端を描かれているような気がして居心地が悪かった。
一度読んだきりだったが、しかしなぜか捨てる気にもなれず、本棚に押し込めていたのだ。
彼女は少し考えた風に視線を泳がせてから本の表紙をそっと撫でた。
「この物語はね、人間が悪魔にそそのかされて知恵の実を食べて、楽園から追放されるって話なんだ」
「それは……人間界では有名な話なんだろ?人間が堕落する原因を悪魔に押し付けるのは正直感心しないけどな」
俺の言葉に、彼女は「サタンらしい」と笑った。
彼女は本を本棚に戻して、一息つくと俺に向き直った。
「でも私は―――正直、知恵の実を食べさせてくれた悪魔には感謝してるかな」
「…何故だ?」
意外な言葉に、俺は手にした本を危うく取り落としかけた。
あの本の内容を知っているとしたら、悪魔に感謝するとは到底信じられないが。
「だってもし知恵の実を食べなかったら、きっと本はこの世にはないし、私はここに居ないし―――」
そう言うと、彼女はひょいひょいと本の山をすり抜けて、俺の前にやってきた。
「サタンにも会えなかったよ?」
「―――!!」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼女は俺の手から本を取り上げると、「じゃあ借りていくね」と軽やかな足取りで去っていった。
俺はその背にかける言葉が思いつかず、結局閉まるドアをしばらく眺めていた。
「…甘言学の授業が過ぎたか?」
そう独り言ちて、俺はため息をついた。
たかがあの程度の言葉で浮足立つなんてどうかしている、俺は。
だけど一つ気づいたことがある。
本は一人で読むものだ。それは変わらない。
でも、同じ世界は共有できる。綴られた文字をかき分けて、君の考えを聞かせてほしい。
君の見ている世界と、俺の見ている世界はきっと違うだろう。
だからもっと教えてくれ。君と俺の言葉で、新しい世界を作ろう。
やっぱり、俺は本が好きだ。
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