パープルリボンデー
虹が7色、というのは日本では、
よく知られている。
でも、世界どこでも七色ではない。
7色:日本、韓国やオランダ、イタリア
アメリカでは6色
ロシアでは4色、といわれるが
色々、と答えるらしい。
見える虹の色が異なるわけではない。
その色を表す表現がどれだけあるか、
の違いなのだ。
虹の色をあらわす色を表現する数によって見え方はかわる。
世界は言語によって
切り分けられる。
虹はこれを
わかりやすく例示した代表になる
だろう。
知っている言葉の数で、
知っている言葉の持つ意味で、
世界の見え方は変わる。
情報の量の大きさで、
見える世界は異なる。
だから、
情報を多く得られる手段を持つ、
環境的に恵まれた、または
それがイコール、
経済的に恵まれたとなる
子どもたちとそうでない子どもたちの教育格差や情報格差が起こってくるのだろう。
知っていると知らないは大きな違い。
意識していると意識しないも
大きな違い。
当事者であるか当事者でないかも
大きな違い。
(ここでは、例えば病気の患者自身のみを当事者とするのではなく、
それを意識してそのものに対して
考え、または行動を起こす人も当事者とする。)
本当に世界は違って見えるのだ。
ピンクリボンというのは
聞いたことがある人も多いだろう。
ピンクリボンというのは、
乳がんの正しい知識を広めるため、
乳がんの早期診断を推進することを目的に世界規模で啓発するためのキャンペーン、そしてそのシンボルになっているとのだ。
しかし、この、
アウェアネスリボンは、
ピンクだけではない。
そもそも、日本では
このピンクリボンがやっと、
皆知っているもの、になってきた程度で
アウェアネスリボンという言葉自体
あまり知られていないのではないかと思う。
かくいう私も、
自分が持病として服薬し、
2〜3年かかって
それを受け入れられるようになった
一昨年、昨年になってやっと、
この、アウェアネスリボンについて
認識した。
アウェアネス(Awareness)、
つまり「気づき」のためのリボン。
昔、ヨーロッパでは、
病気や事故で若くして亡くなった方への哀悼の意を込めて赤いリボンをつける風習があり、この、赤いリボンがエイズ患者支援に用いられた。
1980年代、エイズで亡くなった方への哀悼とエイズに苦しむ方への支援の意思表明にアーティストたちが赤いリボンをシンボルとした「レッドリボン運動」をはじめ、これがリボン運動のはじまりだという。
アウェアネスリボンには、
透明もあり、これは、
「目に見えない障害や困難」への
支援や理解を意味しているという。
(とはいっても、身体障害や目に見えて困難を抱えている風でなければ、障害に限らず困難は目に見えないものだと思うが。)
「障害は人ではなく、
社会の側にある。」
株式会社LITALICOの考えだ。
この会社では、この考え方をもとに
社会のなかの、さまざまな困難を
“多様な生き方”を実現させようとしている。
ピンクリボンはよく知られているけれど、
パープルリボン
はご存知だろうか。
パープルリボンは
社会や医療の分野で用いられており、
さまざまな意味が込められている。
はじめは、1994年、アメリカで
大人のレイプや虐待やサバイバーの
医療専門家やセラピスト、法律関係者、それらに関心を持つ市民により結成された
「インターナショナルパープルリボンプロジェクト(IPRP)」から始まったそうだ。
2000年、アジア女性センターが、
アメリカの全国DV防止連合(NCADV)を視察したときに、
パープルリボンを持ち帰り、女性への暴力撲滅キャンペーンに使ったことから日本に紹介された。
よって、パープルリボンには、
社会問題や社会運動に深く関連する
ことへの支援の意味が込められており、それゆえ意味がたくさんあるようだ。
パープルリボンが示す撲滅運動
ざっとこのくらいはある。
私は、かなり昔から、
DVに反対だったし、外国人差別問題にも強く関心をもっていたはずだし、
アメリカ同時多発テロ犠牲者のことに関しても考えたことがあった。
自分が困難をたくさんもっていると
いうことは未就学児の時から気づいていたし、発達障害という言葉を知る大学1年まで、それらは克服せねばならない対象としてずっともっていたし、
自分には生まれた時から
半身麻痺があることも未就学児のときからわかっていたし、
それが、生後の右脳梗塞によるものだということも小学校の時からなんとなく知っていた。
お医者さんにかかったけれど、
1年で10kgも増えたのに、
体重が適正体重だったから、問題なしとされてしまったけれど、
大学1年から3年までは摂食障害
(むちゃぐい障害)のような状態だったし、
小さい頃から、
その名前も知らなかった時から
ADHDのような困難はたくさん
持っていて、大学生になって、
教職過程でそれを学んでからは、
おそらくそういうものだろうな
という認識もあったし、
実際に学内カウンセリングで
何回か受けた、DSM-5やWISC検査、
WAIS検査の結果から
カウンセラーさんも、ADHDの可能性大として、5年半カウンセリングを受けていた。
(まあ、それでも、大学院まで行けるなら問題がない、努力できるならあなたは違う、とお医者さんたちには言われたのだが、、)
それから、性的虐待という言葉で
言えばかなり強いものを
意識するものだが、実際
襲われかけたり、ストーカーがいたり(下着の中に手を入れる)痴漢が
何人もいたり(というか、下着の中に入れてこない人は痴漢とみなしていなかったから、そこまでしてきた人たちしか、痴漢の人としてカウントしていないのだが)
大学生の時は色々あった。
(以前にもかいたが、これらは、
私は、5〜6年ほど経って
過去の話として昇華させたので
話せるだけであって、被害に遭われた方が全て話すというわけではないし、被害に遭われた方に無闇に聞いたりするのもやめましゃう。私も自分から話す分には構わないが、他人に細かく話して!などとは言われたくはない。)
嫌な思いもしたし、
実際トラウマとして何年も
その経験が私の影についていたそんな経験もした。
そういう経験もあったが、
パープルリボンという名前すら
知らなかった。
私は、てんかんについて
一部友人ではなく、FBで友人承認
しているような多くの人に公表するあたりまでパープルリボンの存在を
知らなかったのだ。
それには理由もあった。
小児以降23年にわたって発作を
おこしてこなかったてんかんにより、
23年ぶりになって薬を飲み始めたのは
ほんの数年前の話で、
それを、
この持病を持って生きることを、
私自身が受け入れなければならないのだと認識しはじめたのはほんの1年ちょっとの話なのだ。
今だって受け入れられたのかというと難しい。
てんかんによりできないこと、
というものにぶちあたると、
悔しい思いも、悲しい思いも
しまい込めない時もある。
それでも悲嘆にくれて
毎日を生きることはない。
悲嘆にくれなくなったのは、
2020年頃からだと思う。
その頃からやっと、
アウェアネスリボンをきちんと知り
epilepsyに関する団体をフォローし、
知識を得たり、それをシェアしたり
するようになった。
てんかん になった時、
親世代や親には、医者には、
外には絶対言うなと言われた。
隠すべきことだと言われた。
なぜ、隠さねばならない、と私は思っていた。
障害も、それから生活習慣病などを含め自らの管理不足でならない限りは病気は、本人だってなりたくてなっているものではない。
ただ、そこに、障壁をつくるのは
社会、いやむしろここは
世間
と言わせてもらおう。
“世間”の側なのだ。
世間とは、「世間は」と、
その発言をした
“あなた(相手)”のことだ。
恥ずかしいことだから、
差別されるから
良くないイメージをもたれるから
それらをしているのは、
それを言う“あなた”の側なのだ、
と私は思う。
そしてそれと同時に、
もし仮に、
「私は障害を持っているんだからあなたよりずっと大変なのよ」
「私はこんな困難をもっているんだから配慮してよね、」
とそれを意識的にでも
無意識的にでも武器に使っているのなら
その“あなた”だって、
障壁をつくっていることになるのだ。
だからこそ、正しい知識、
正しい認識を自分自身がして、また
周りの人にしてもらう活動が必要なのだろう。
だから、私は公の場で、この記事で
少しでも、この名前を
知らせることにした。
2月の第二月曜日は
(今年は2/8)
世界てんかんDay
3月8日は国際女性Day
(ちなみに世界男性Dayは11月19日、
国際カミングアウトDayは10月11日)
そして
3月26日はPurple Day
今まで、全く知らなかった人が
少しでも知ったら、きっと彼らに
虹の色は増えて見える。世界は
知る前ときっと別のものに見えるようになってくれる。
現在日本にあるてんかんに関する
団体は、おおよそだいたいが、
てんかん患者同士でのコミュニティとなっている。
私は、そういったコミュニティを
欲しているわけではない。
唯一、公の団体で
てんかん患者サポートをしているのは
公益財団法人日本てんかん協会だ。
1981年に認可され、
2013年にやっと公益社団法人となった。
これも、私は今回調べ直しているうちにやっと知った。
しかし、てんかんの子どもを持つ親やてんかん患者の生活支援はあっても、
やはりこちらもなかなかに、
教育支援、進路支援、就労支援、
医療支援、経済的支援を、
税金、生活、結婚、出産といった
総合的バックアップを強化した活動
にまでは至っていないような気もするし
何より、てんかん患者の私も
この団体を最近まで
認知しなかった。
そして、この協会も、おおよそ
てんかんに特化している部分もある。
この協会だけではない。
他の団体だって、やはりその団体が
構築しようとする何かに特化した支援になるのは至極当然だ。
さらに、読めば読むほど、
わたし程度の人間は、このような助けを借りてはいけないのでは、と心の中で思うのだ。
同時に、もっと自力で
頑張れるのではと。
しかし、もっと社会が変われば、
支援団体の形も支援の仕方も、
きっと変わる。
もっと社会に
認知してもらうために、
今回はその0.5歩目として、
アウェアネス・リボンの存在について
記載した。
てんかんの日を記念して、
2021年2月7日にアップされた
動画を貼っておく。
飛ばし飛ばしでも良いので、
ぜひ資料と共に、
少しでも話を聞いてほしい
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