小説家の真似
授賞式。
それは晴れの舞台。
本来なら喜ばしいはずだ。
しかし、澪は困っていた。
***
話は半年前に遡る。
好きな小説家が書いた物語に
「売れたいなら、自分の人生を売る覚悟が必要。」
という台詞があった。
ふむふむ、なにかを成し遂げるなら、それくらいの覚悟が必要だよね。
よし!澪は、その言葉の真似をすることを決めた。
澪の今までの人生を書いた。
事実をベースに脚色を加えた。
元々えぐかったが、さらにえぐい内容にした。
書いている間、何度も吐き気がした。
これが、私の本心だったのかも。
澪が目を逸らしている、醜い心と向き合っているように感じた。
何度も逃げ出したい衝動にかられた。
小説家はみんなこんな思いと負けずに戦っているんだ。
負けるもんか!
澪はなにと戦っているのか、良く分からなかったが、
取り憑かれたように、最後まで書いた。
応募までが完結だと思った。
そのため、応募するために、何度も読み返した。
そして、その度に吐き気に襲われた。
***
キューブリックの映画を思い出す。
見るたびに吐き気がする。
そんな風に、人の感情を動かすことが出来る作品は、名作だ。
でも澪の吐き気は、全くの別物。
自分の心の醜さに嫌悪しているだけだ。
***
そもそも澪は小説が大好きで、少し書いていたが、どこかに載せることはしなかった。
小説家になりたい、と思うことはなかった。
たくさんの本を読んできたから分かる。
澪が今まで書いた話は、全て今まで読んできた本の真似だ。
ここは、あの本の真似だな、と記憶力の良い澪は書きながら、気付いてしまう。
オリジナリティーもなければ、文才もない。
それが澪の現実だ。
澪の中で、小説は大きく4つに分類される。
①凡人には思いつかない発想、着眼点を持ち、読んだ後に余韻を残し、さらに文才まで兼ねそろえた天才タイプの小説
②好きなジャンルではないにも関わらず、次の展開が気になり、読むことが止められない小説
③なにも考えることなく、読む小説
④読み続けることが苦痛な小説
①、②は澪には逆立ちしても、真似ようとしても書けない。
③、④は澪の好みの問題で、本が出版されている事実が、才能を証明している。
澪は上の4つに当てはまることはない。
だから、自己満足の趣味で良いのだ。
***
そのため応募したことは、すぐに忘れた。
真似は終わったのだ。
澪は可笑しくなった。
ふふ、小説家の苦悩を見事に演じたな。
キューブリック監督の映画を思い出し、名作と勘違いしそうになるとか、我ながら面白すぎる。
役になりきる才能の方があるんじゃないかな?
と、澪は笑う。
でも、改めて小説家は大変な仕事だなーと、実感した。
そして、今後も書くだろうが、もうあんな辛い思いをして、書くことはないだろうな、と澪は思う。
***
そして、現在。
その応募した小説が、まさかの新人賞の佳作に選ばれた。
いやいや、嬉しいことだよ?
奇跡だよ?
もしかしたら小説家になれるかも、だよ?
だが、澪は内容を思い出す。
これを読まれたら、家族、友人を失うよ?
フィクションだ、と言ったところで、あまりに現実とリンクしすぎてて、信じてもらえないよ?
直木賞や芥川賞とかではなく、
新人賞の佳作なら、誰も読まないよね?
念のため、顔出しNGで、笑いを取るために、なにか被り物でもしてみる?
いやいや、ムリムリ。
そもそも余計に目立つでしょ。
困った。今からでも断る?授賞式直前で?
いやいや、それもムリムリ。
「売れたいなら、自分の人生を売るくらいの覚悟が必要。」
この言葉の本意を知る。
「自分を売る=全てを捨てる」
澪は覚悟が決められない。
この時点で小説家になる資格も次もない。
分かってはいるが、澪はまだ諦めることを選択することが出来ない。
時間だけが無常にも過ぎていく。
完