悲しみにくれた発明家のタイムマシン
タイムマシンがもうすぐ完成する。一郎は額の汗を拭い、ようやく夢が叶うと、頬が緩むのを感じた。
長い道のりだった。何度も失敗し、何度も挫折しかけた。
しかし、どうしても諦めきれなかった。
誰にも言っていないが、一郎がタイムマシンを作ろうと思ったのは、30年前に戻り、妻の幸子に会うためだ。
一郎は30代半ばを過ぎた頃、もともと趣味でやっていた発明品を作ることに夢中となり、いつか特許を取得してやる、と仕事を辞めて、毎日研究に明け暮れた。
仕事を辞め、一郎が作ったものは全く売れず、退職金も底がつき、家計は火の車となった。しかし一郎は、自分のことを棚に上げて、管理が悪いと幸子を責め、酷い言葉もたくさん言った。
幸子はこのままでは生活が出来ないと、外で働くようになった。
発明品を作るためには、お金がかかる。一郎は幸子の苦労も考えず、幸子が稼いだお金も研究に使った。
幸子はさらに仕事を増やし、朝から晩まで休みなく働き、家のこともしっかりやっていた。そして、ついに幸子の体に限界が訪れ、幸子は仕事中に倒れ、そのまま息を引き取ったのだ。
長女の茜は、一郎を責めた。
「お父さんのわがままで、お母さんは死んだ。お父さんが殺したのよ。発明とか研究とか知らないけど、お母さんに悪いと思うなら、今すぐ止めて。止めないなら、親子の縁を切る。」
「発明は止めない。」
一郎は茜に言った。茜は宣言通り、一郎と親子の縁を切った。それ以降、茜とは一度も会っていない。
一郎は、茜に会いたい。孫が出来たと、風の噂で耳にした。きっと可愛いのだろうな。
しかし、タイムマシンを作って、昔に戻り、幸子に謝って、過労死なんてさせない。そのことの方が重要だ。
そして、幸子が死ななければ、茜と親子の縁を切ることもない。全てタイムマシンが出来れば、解決するのだ。それまでの辛抱だと言い聞かせ、一郎は必死に研究し、タイムマシンを作ることだけを考えて生きてきた。
遂にタイムマシンは完成した。今思えば、酷い夫だったのに、幸子は一度も自分を責めなかったな。もうすぐ会える。今度こそ、幸子に謝り、感謝を伝え、そして守る。
幸子が亡くなる1年前に設定し、一郎は目を閉じた。
タイムマシンは、大きな音を立てた。
一郎は気付くと見渡す限り草原の中の一本の道に立っていた。
おかしいな、こんな場所は知らない。だが、自分の手を見ると皺が無くなっている。
若返っている!タイムマシンは成功したのだ。
しかし、ここはどこだろう。早く幸子に会いたい。家に戻らなくては、と早歩きをする。
しかし、30分以上歩いても景色は全く変わらず、人の姿も見当たらない。
しまった、タイムマシンがどこに着くのかを調べていなかったな。人もいないのでは、道を聞くことも出来ない。
すると、人の姿が見えた。一郎は安心し、走り出す。その人は、幸子だった。
「あぁ、幸子、やっと会えた。苦労ばかりかけてすまなかった。今まで助けてくれて、本当にありがとう。これからは、俺がしっかり幸子を守るからな。」
「ふふ、あなたらしくないわね。気持ち悪いわ。」
幸子が笑っている。あぁ、良かった。これでやり直せる。
「ところでここはどこなんだ?家に帰ろう。茜と会いたい。孫…」
おっと、この時代にはまだ孫はいないんだった。
「茜の孫の顔が早く見たいもんだな。」
「あなたは必死に頑張った。だから、今はゆっくり2人で散歩を楽しみましょう。」
幸子が微笑む。
「そうだな、もう焦る必要はないからな。」
一郎も笑って、幸子と一緒に歩き始める。
***
「お父さんのバカ!なに考えているのよ。過労死なんて、お母さんと同じじゃない。どうして2人とも同じ道を辿るの。そんなところは似なくて良いのに…私が縁を切らなければ…」
茜は泣き崩れる。夫の雄介が茜の背中を優しく撫でてくれる。
「これ、お義父さんはタイムマシンを作っていたようだよ。お義母さんのためだったんだろうな。お義父さんは、責任を感じていて、お義母さんが亡くなる前に戻るために、必死だったんだ。でもお義父さんは頑固な人で、恥ずかしがり屋だったから、茜には言えなかったんだろうな。」
「お父さんの気持ちを知ろうとしないで、私は親子の縁を切ってしまった。孫の顔も見せなかった。なんて、酷い娘なんだろう…」
「茜のことも考えて、お義父さんは、タイムマシンを作っていたんだと思うよ。茜が泣かないように、と。だから、自分を責めちゃいけない。泣いちゃいけない。茜が笑っていないと、お義母さんもお義父さんも後悔するよ。大丈夫、きっと今頃、お義父さんはお義母さんと再会しているよ。お義父さんの夢は叶ったんだ。悲しみの連鎖は断ち切らないと。」
「お父さんは、自分の命をかけて、お母さんを助けようとしたのね。そんなお父さんを尊敬するわ。2人は今、再会出来たかしら?ちゃんとお父さんは謝ったかしら?2人の邪魔にならないように、そしていつか2人に胸を張って会えるように、そっちにはまだ私は行かない。でもこれからは、2人が仲良く見守っていてくれていると信じて、生きていくわ。」
茜はそう言い、涙を拭い、空を見上げた。雲の形が、2人が笑顔で散歩しているように見えた。
完
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