#73: 相談屋
「なんでも相談にのり〼。相談料は貴方が納得いく金額で構いません。」
なんて怪しいのだろう。従業員である佐保ですら詐欺にしか見えない。でもここで佐保は救われた。相談料は自分の好きな金額で良いわけだが、佐保は一生返せない金額だと思っている。そのため、無給でこの仕事を手伝うことを勝手に決めたのだった。
***
佐保は事務所に入る。アンティーク調の部屋。一つ一つが主張することがなく、全体で雰囲気を醸し出し、なぜか落ち着く。主人のセンスは抜群だが、そのセンスも主人の力も残念ながら発揮されることは少ない。なぜなら主人は仕事をする気がない。佐保はそれが不満。
「桐生さん、今日も依頼はないんですか?それにあの看板を変えませんか?詐欺にしか見えません。」
「佐保くんはワーカホリックだなぁ。依頼がないことは、悩める人がいない、良いことじゃないか。」
「いやいや、悩める人はたくさんいても、怪し過ぎてここに来ないだけですから!」
「良いんだよ。ここは最後の砦。本当にどうしようもない人が辿り着く場所なんだ。」
桐生は詭弁が得意。これも詭弁か本当か?佐保には判断がつかない。しかし桐生に不思議な力があるのは事実だから、佐保は何も言い返せない。
「噂をすれば、お客さんが来たようだ。お茶の用意を頼むよ。」
何の音もしていない。なぜ桐生には分かるのか?首を傾げながらも佐保はお茶の準備をする。
カラン、コロン。
事務所の扉についた鐘がなる。そこには60代くらいの品のある女性が立っていた。
「桐生様でしょうか?お話を伺いまして、相談に参りました。」
「私が桐生です。どうぞ、おかけ下さい。」
佐保はお茶を出し、桐生の隣に腰をかける。ご婦人が不審そうな目で佐保を見ている。
「あぁ、こちらは雑用の……小林くんです。役にも立ちませんが、害にもならないので、お気になさらず。」
佐保の名字は小林ではない。しかし、ここで争っては信用を無くすだけ。佐保は諦めて、小林となり自己紹介をする。
「小林と申します。私も過去に桐生に相談し、それ以降こちらで雑用をしております。気になるようでしたら、席を外しますので、ご遠慮なくお申し出下さい。」
「そう、まだお若いのに相談されるとは、お辛かったでしょう……桐生様がそうおっしゃるなら、同席して頂いて構いません。
あぁ、名乗ることが遅れまして、申し訳ございません。私、九条喜代美と申します。九条財閥の会長である義隆の妻でございます。」
「財閥と会長のお名前を出すと言うことは、そちらに関わるご相談ですか?」
品格を備えている人間は自分を誇示しない。九条財閥かぁ。相変わらず客筋が良いなぁ。ここはお金持ちに有名なのだろうか……
「えぇ。主人の義隆が呪われているのです。本人も気が狂ってしまい、現在部屋から出られない状態でございます。」
「呪いですか?本当に呪いであるのなら、相談屋の仕事ではなく、お祓いなどに頼むべきではありませんか?」
「ふふ、桐生様は呪いを信じているのですか?私は義隆の妄執だと考えております。会社を大きくするために悪どいこともしてきておりますからね。ですから、桐生様のお力で、義隆を戻してもらいたいのです。」
「喜代美さん、呪いはありますよ。貴方がいう、妄執も呪いの1つ。ただ九条義隆という豪胆な人間がそんなに簡単に気が狂いますか?なにがあったのですか?」
「はじめはもちろん義隆は信じておりませんでした。俗に言うポルターガイストというものですか?そんなことが義隆の部屋で起きるようになり、義隆は徐々に体調を崩しはじめました。そして、毎晩枕元に今まで陥れてきた人間たちが現れるそうです。息子の隆が心配し、何度も義隆の部屋で過ごしたのですが、隆はその時間、意識を失うらしく、真実かは分かりません。」
「喜代美さんは、見てはいないのですか?」
「はい、私が見たのは、散乱した義隆の部屋くらいです。それも義隆が気が狂ってやったものだと思っております。」
「喜代美さんは気丈な方なようだ。ご主人が気が狂うほどの状況で、とても冷静だ。」
「私まで冷静さを欠いてしまった行動を取れば、九条財閥に傷がつきます。ここに相談にきたことが、私にとってどれだけ大きな問題と捉えているか、お分かりかと思います。」
「かしこまりました。一度お宅にお伺いさせて頂けませんか?」
「よろしくお願い申し上げます。」
そう言って喜代美は去っていった。
「桐生さん、引き受けるんですか?呪いですよ?管轄外じゃないですか?」
佐保は小林と呼ばれた文句を言うより、先に尋ねた。
「断りたいけど、仕方がない。わざわざ僕に依頼してくるとは、どこからの紹介か……どちらにしろ僕が断れないこともお見通しか……全く相談屋に切り替えたと言うのになぁ。」
桐生は最後の方はボソボソと独り言となっており、佐保には聞き取れない。ただやる気がないのはいつものことだが、こんなにも躊躇う姿は初めて見る。桐生にはもう全て分かっているということなんだろうな、佐保は思う。
***
九条家は予想以上の豪邸だった。今回佐保が同行することを桐生は渋ったが、佐保は折れなかった。「後悔するぞ。」と言った桐生。佐保には意味は分からないが、1つだけ思うことがある。今回は桐生を1人にさせない方が良いこと。佐保は直感だけは自信がある。
メイドに案内され、豪華な部屋に通され、そこには喜代美がいた。
「本日はお忙しい中、ありがとうございます。紅茶とコーヒーのどちらがよろしいですか?」
「結構です。こちらで何かを頂くのは危険ですからね。」
「どう言う意味でしょう?毒でも入っているかのように聞こえます。私も飲むのですよ。桐生様は用心深い方なのですね。」
喜代美は微笑みながら言う。
「早速ですが、義隆さんの部屋に案内してもらえますか?正直に申し上げて、この仕事は割に合わない。早く終わらせてしまいたいのです。」
喜代美は首を傾げながらもメイドに案内を申しつける。
「喜代美さんも同行してください。今回の相談者は貴方です。貴方が結末を見なくてはいけません。」
喜代美の顔が曇った。
「私は、もう義隆の部屋には近付いておりません。呪いなど信じておりませんが、目の当たりにし、動揺しない自信はございません。今、九条財閥を支えているのは私。それをご理解の上で、私に同行をしろとおっしゃるのですか?」
「えぇ、今回のご相談内容は貴方が同行しなければ、終わりません。貴方も終わりを望んでいるのでは?」
「分かりました。結果が出なければそれなりのご覚悟を。」
佐保には2人が表面上の言葉以外の会話をしていることだけは分かる。佐保は鳥肌が立つ。
***
桐生は躊躇なく義隆の部屋を開ける。佐保は部屋を見渡すが、部屋の中のものは全て壊れており、形が残っているものはなかった。
「はじめまして九条義隆様。私は相談屋の桐生と申します。」
「相談屋?そんなものより呪いを払えるものを呼んでくれ。わしはこのままだと殺される。」
「えぇ、このままだと貴方は殺されるでしょう。ただ私は相談屋と名乗ってありますが、元々陰陽師の血筋。ですので、貴方の呪いを払いましょう。まずは両手を見せて下さい。」
義隆は不審そうな様子だが、藁にも縋る思いなのだろう。桐生に両手を差し出す。
「貴方は現在、吐き気や腹部症状、意識障害、痙攣などの症状も出ておりますか?」
「あぁ、そうだ!ずっと吐いて、下して、意識も朦朧とする時間が増えた。金縛りかと思っていたが、痙攣だったのかもしれない……」
「貴方の症状は呪いではございません。ヒ素中毒の症状で、治療が必要です。しかし、病院に行く前に貴方の呪いを全て解きましょう。まずはポルターガイスト。これは電磁波など、簡単に人為的に起こせるものです。あとは枕元に立つ人々ですね。きっとここらへんに……」
桐生はベッドの下を探している。
「あぁ、ありました。ライトです。人型のシルエットを作り、ライトでそれを照らすだけで、意識が朦朧とし、薬を飲まされていた貴方を騙すのは簡単だ。貴方は呪われていませんよ。」
「どういうことだ。そんなことが出来る人間は限られているではないか……?」
義隆は扉の脇にいる喜代美を見る。喜代美は冷たい視線で義隆を見つめている。
「佐保くん、救急車を呼びたまえ。義隆さんは一刻も早い治療が必要だ。」
佐保は慌てて、救急車を呼ぶ。義隆と喜代美は言葉を発さず、視線で会話をしている。佐保は背中に冷たい汗が流れていくのを感じる。
義隆は救急車で運ばれていった。
「これで満足なのですか?私には貴方が何をしたいのか理解出来ません。なぜ私に相談したきたのですか?」
「ふふ、貴方に相談しなければ、義隆の死は近いうちに訪れ、そして私は九条財閥のトップとなり、息子の隆と2人で義隆のような悪どい経営を辞め、正しくあろうとしたことでしょう。それが世のためでしょうね。しかし、隆は素直な子。いずれ九条財閥に利用されることでしょう。それに、私はそれでは満足出来なかったのです。もっと苦しんで苦しんで、奴隷と思っていた人間から裏切られたときにどうなるのかが知りたかったのですよ。」
喜代美は妖艶な微笑みを浮かべて、答える。
「頭の良い貴方があんな簡単なトリックを使った理由はそういうことですか。息子の隆さんも協力者ですか?」
「それは違います。隆は何も知りません。隆に疑いを持ち始めた義隆は、隆に酷い仕打ちばかり致しました。それでも隆はあんな男を慕い、寝ずに見張りをしようとする優しい子です。そんな子に申し訳ないとは思いましたが、睡眠薬を使わせてもらいました。」
「なるほど。貴方の目的は義隆さん、九条財閥への復讐だけではなく、隆さんの保護だったのですね。しかし頭の良い貴方が他人の私を巻き込むこのようなやり方ではなく、もっと良い方法を取ることも出来たはず。そこが解せない。」
「私にはもう時間がないのです。雑な計画でしたが、これで満足です。お代はおいくらお支払いしましょうか?」
「結構です。今回は私は仕事をしたのではなく、貴方に利用されただけ。こうなる結末は分かっていました。しかし、私が依頼を受けなければ2人の人間が死ぬかもしれない。断ることは出来なかった。そこまで考えた上での貴方の策略。貴方からお代は頂けません。私にもプライドがあるのです。」
「私は貴方を利用して、私と隆を救ったのです。でもお代を払うのは、共犯と思われてしまうでしょう。お代の代わりに私の友人達に貴方を宣伝させてもらうことにしましょう。」
「くれぐれも過去の私ではなく、現在の相談屋としての宣伝でお願い致しますよ。」
喜代美はまたしても妖艶な微笑みを浮かべて、去っていった。
***
佐保はやりきれない気持ちが湧いてくる。満足と言った喜代美の表情は決して幸せそうな表情ではなかった。
「喜代美さんはこれからどうするのでしょうか?」
「隆さんと新しい生活を始めるのだろう。証拠を残すような人じゃない。最後は好きに生きることが出来るのではないかな?」
「隆さんって……」
佐保が言いかけた瞬間、桐生は佐保の口を塞ぐ。
「佐保くん、それ以上は言ってはいけない。せっかく喜代美さんは、最悪な方法を取らなかった。だから、喜代美さんのこれからの幸せのために、この件は全て忘れるんだ。君に大切なことを教えよう。言葉は呪い。人は簡単に人を呪えるんだ。どんな時代でも恐ろしいのは人間なんだよ。さて、今後はこういった案件が増える可能性が出てきてしまった。佐保くんはこちらの道に来るべきではない。ここでお別れをしよう。」
「それは無理なお話です。もともと雇用契約書も何もありません。私が好きで通っているのですから、クビにする権利は桐生さんにはありません。」
佐保は明るく答えた。
桐生は初めから全てを分かった上で利用される道を選んだ。依頼を受けなければ、2人死ぬかもしれないと言っていた。その2人とはきっと義隆と喜代美だろう。しかし、2人は今生きていて、喜代美は残りわずかだとしても、新しい人生を送る。佐保は桐生が相談屋として仕事をしたと思う。しかし、佐保には分かる。桐生は悲しんでいる。桐生の悲しみはどこに向いているのか?それが桐生が相談屋を始めた理由かもしれない。
陰陽師とは詭弁なのだろうか?そして桐生は相談屋となる前に何があったのだろうか?気になるが、佐保を救ったのは、相談屋の桐生。だから、桐生が話すまでは聞かない。役に立たない私だけど、これから桐生が辛い思いをするのならば、少しでもその荷物を一緒に担ぎますよ、佐保は心の中で呟く。
完
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