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縁側に座って
子供の頃の思い出が渦巻く時の中で、僕はなにかしらの幻覚と出会わなければならなかった。その幻覚を、またいでみれば、時間の移り変わりは不思議なもので、もう2025年の月日を指している。こういう時に、偶々カントなどの時計をみると一定の安心感はあるのだが、それでも何かおびただしいほどの時間が、複雑な位相の中で渦を巻き、僕に何かを訴えかけているような光景が、蜘蛛の糸みたいに天井から垣間見られる。
そういう時に、本当の変化というものに実感として気が付くことも多いのだが、それでも時間というものは過ぎている。僕は、子どもの時から、時間の勘定だけは人よりもずっと優れた洞察を持っていて、それ故に「計算」、とりわけ人生の計算を務めることになってしまった。そういう過去が内在的に存在すること、その精神に至っては、ある程度、相互依存するものが絡み合っている。発想として「自分が存在している」、創造として「自分が形成される」ということにはとりわけ疑問があった。多くの哲学などを専攻している人が、その土台において、考え得ない特質な部分である。
つまり、私の言い分はこうであった。
人間が果たせるべき叡智というものは、柔軟さを増している。つまり、知識が階層的についているということである。
そして、この縁側に座った感覚は、久しぶりのことで、nostalgiaとの共存ということではなく、また一致ということでもなく、少なくとも記憶というものが「印象」によって与えた遠近感のある作用に近かった。通り行く人が笑えば、それは記憶の中、懐かしい思い出の地で出会えたこと。それがかみ合ったと理解できる。
では、脳の中を不思議に伝達していく物質、つまり想像力とはなんであろうか。
僕が子どもの頃は、メジロが遊びに来たり、巣を作ったりしていたので、その光景が発展して、錦鯉が泳ぐように、庭の敷地の池に「本当に」鯉が泳いでいた時期もあった。
最近の意思決定論のような難しい分野ではどういった解釈がなされているのか。
つまり存在のあり方についてである。僕は、白馬やユニコーンのような存在が流れ落ちてきたり、星に向かって、美しい景色がきらめいたりする花々が好きだった。それは、おそらく幼少期にたとえ、物質というものの解像度が低くても、田舎で育ち、絵本を読んで、ゆったりとした休みをとっていたころが、人格形成へと至っているような気がする。今の現代を見ると、模範としてこういった「追体験」出来そうなものが、「共有」できることに尽きよう。最近の僕は、形而上学的なことよりも、人々が幸せで、小鳥が飛び立つような何だか白い儚い描写に憧れているような気にさえなる。いずれにせよ、今までの時間は、哲学者に起こり得る危険へのシグナル、そういった直感が消えていた。そして、危険を示すシグナルが少ないという流れがあってから、矢を放つように文章を構成した。そんなとき、どことない場所で、一休みする農家のおばあちゃんが笑顔を見せてくれるような錯覚と出会ったりした。僕は、AIには負けるけれど、そう言った風に、人間というものが人間として生きている、つまり、その原点を失っても、また蘇生できるような生き方をしたいと願っている。