魔女ばあちゃんと魔法の瓶
子供の頃からボクはかなりヤンチャで、
毎日のようにケガをしていた。
毎週土曜日は、
親友の大輔の家でピアノ教室があって、
ボクは大輔たちと一緒にピアノを習っていた。
その時間の前は、いつも大輔の家で遊ぶのが恒例で、その日も大輔と大輔の妹の3人で、自転車で坂を下って遊んでいた。
その日は雨がパラパラ降っていた。
ボクはかなりふざけていた。
大輔→大輔の妹に続いて坂を下ろうとした時に、普通に下ったのではおもしろくないから、ボクはスピードをつけた。すると雨にスリップした自転車の車輪は宙を舞い、ボクは見事に地面に顔から着地した。
「痛い」という感覚すらなかった。
気絶に近い感覚だったかもしれない。
慌てた大輔と大輔の妹が、倒れたボクを起こしに駆け寄ってきてくれたけど、二人はボクの顔を見るなり泣き始めてしまった。
ボクは二人の顔を見るしかなかった。
この時、ボクの顔は、えぐれていた。
食べられたアンパンマンのように。
ボクの顔がとんでもないことになっていたことは、後で鏡を見て知ることになる。
大輔と大輔の妹が、彼らの家までボクを運んで、縁側に座らせてくれた。
二人が彼らのおばあちゃんに事情を説明すると、おばあちゃんは家の奥から何やら大きな瓶を抱えながらゆっくりこちらに向かってくる。
ボクの横にその瓶を置き、おばあちゃんはボクの右側に座った。ボクの右の頬から顎にかけて伝う血を、おばあちゃんはガーゼで優しく包んでくれた。
すると、「これが効くよ」と微笑みながら瓶を開けている。
ボクはゾッとした。
透明な瓶だったから、中に入っている物の正体は、一目でわかったのだ。
ひえぇぇぇ〜 蛇だ!
ソイツの正体は「マムシ」だった。
その「マムシ」のエキスをボクの右頬につけようとしたおばあちゃんに、
「これ付けるの?」と慌てて聞くと、
「大丈夫、これが良く効くからね」
とおばあちゃんは言いながら、ボクの右頬にその「マムシ」のエキスを付け始めた。
ボクは瓶の中身の正体をわかっていたけど、
「これ、何?」と尋ねた。
「田んぼで捕まえてきたマムシだよ。これが本当に良く効くからね。」と、おばあちゃんは繰り返し、その手を止めなかった。
染みもせず、痛みも感じなかった。
ボクの顔は、麻痺していた。
数ヶ月、ボクの右頬はガーゼで覆われていた。見た目ヤンチャにもほどがある。
幼少期にえぐれたこの顔には、
今はもう傷一つない。
アンパンマンは、ジャムおじさんに新しい顔を作ってもらったわけではなく、ボクのほっぺたは、見事に再生されている。
病院に行ったわけでもない。
大輔のおばあちゃんがボクの主治医だった。
魔法の「マムシ」の瓶を抱えて来てくれた
大輔のおばあちゃんは、魔女だったのかもしれない。
あの後もケガを繰り返すヤンチャなボクは、
魔女ばあちゃんに「マムシ」のエキスを塗ってもらうことで、その傷は跡形もなく治っていた。
そんな、ボクの幼少期を助け支えてくれた魔女ばあちゃんは、もうこの世にはいない。
でももし魔女ばあちゃんがまだ生きていたら、新型コロナウイルスに汚染された今の世界を、救ってくれたんじゃないかとさえ思う。
「マムシ」のエキスはコロナに効かずとも、
それに代わる何か代薬を作ってくれたんじゃなかろうかと想像している。
きっと天国でも「魔法の瓶」を抱えて
笑っているんだろうな。
「大丈夫、これが良く効くからね」と言って。