奈良の自然農「川口由一」さんとの出会い
インドに行く前に「ヒューマンハウスゆいま」というところで
働いてたのだけれど
此処は「いわゆる」女の図書室・・・だったのに
やたら「男が」出入りしていた
それも「変人」たちが・・・・
天然酵母パンやら、無農薬の野菜の販売やら、カフェもこだわりの無添加のものだったので「そういうたぐいの「人も来ていた」
そのうちの一人「田中くん」が
面白いとこに行くので「満我」さんも来ませんか?つて誘ってくれた
なんばの駅で待ち合わせしたら
知らないどこかの「自然食品店」のオーナーとお客さん
おばさまたちで行く
ふらふらーとついていって「川口」さんを
見ても何も感じなかった「あたしとは違い」、、、
そのオーナーは「川口由一」さんを
ひと目見て
心に決めたらしい・・・・
あの土地を、この人に託そう。。。。。
なななんとーーーーーーー
その人はとんでもない大金持ちの「おばさま」だったです・・・
赤目自然農園はでき
赤目塾ができた
であたしは「インドに行った」
帰ってきて「田中くんの猛烈なお誘いから」第1回の赤目の塾生になる
それは衝撃的な「面白さで」
川口さんには「両サイドに」とんでもない才女たちが君臨していて「川口由一」さんはどう見ても「七福神の一人にしか」あたしには見えんかった。。その才女たちは頭も良かったけれど
活躍もすごかった
常に動く動く
動いて
川口さんをサポートする
並の女では・・とてもなかった・・・・
その中の一人「柴田」さんは「後に」赤目の近くに引っ越し「自然農」する
かっこいいー^^
もう
彼は。。。。。。
人間とは思えない・・・・・・「人間を超えた人」やった
オーラが「周りの人と全く違うねん」______会えばわかる
みんな「魅せられる」会えばね
ある時の事
この「赤目でも」なんか初めてのことやから「元優等生みたいな人が」誰がどこの土地かわかるように「花壇のネーム」みたいな看板立てようー
言う人が出てきて
かと思えば「そんなもんはいらんーいらんのやー
言う人も出てきて
揉めた
まるで「百姓一揆」みたいに「川口」さんの前に歩み寄る人たち
そこで
一言
川口さんが言う「看板を立てたい人は立てて、抜きたい人は抜いてください」
ええええええええ
なんか「みんな」その場の空気が一変して「爽やかな風が吹いてた」
そうか
自由なんや
そうかー^^
正直「コケた」それがなんか「パンパンに膨れた風船が一気にしぼんでいき」なにやら、もうみんなもうどうでもよくなってもうて
わろうた
何があっても「川口さんの答えは常に」中庸
赤目自然塾はホンマに楽しかった
ある時川口さんが言われた「満我ちゃん、さをり織りは自然農です」
「畑していなくても、自然農はできます。」
と言われたことが
あれから30年以上たった今でも
あたしの精神の糧になってる
そうか
さをりは「自然農」かー^^
自然農は「自然農法」とは違うんです
ともいわれてたっけな
やり方はなく
あなたの土地のそこで考えられてくださいと
あたしの此処はこうです
なだけです
と
本当に「川口由一」さんは神様みたいな人です
奈良の日本に降りてきて「人間」の姿をしていたはる
七福神のお一人でおられます
あれ。。七福神って神様やったか??
ま
いいか
ぱたんこ屋「現在」何も作っていません
田舎だけれど「さをり織り」していて暮らしています
廃校で「さをりは自然農」やを教えていまーす「宮砥工藝舎」会いに来てねー^^
今日も読んでくれてありがとうございます^^
「満我」という「あだ名」は「宇宙人のエミちゃんがつけてくれた」
自分に満足という意味「我に満足」
会いたい人はいてる?と聞かれれば「即刻」このエミちゃんに会いたい
エミちゃんは「エスパー」やった、いわゆる「超能力者」
電話ではなしててある日「もう。。満我、、、、ええかげん机の上片付けられんかいな」とかいう
見えとるんか。。。。
エミちゃんはきれい好き
スプーンなんか「簡単に曲げれるし」透視もできたけど
それを誇ることはなかった・・・
彼女は「みんなできる」けどしないだけや「みんなできる」
いうてたけど
当時のあたしたち友人みんな、人ガラが悪かったから
スプーン曲げくらいでは驚かず。。。「鉄棒曲げれたら驚いたる」なんていうてた、、ほんまは「相当」びっくりしてた・・・・
エミちゃんは「絵かきになるいうて」
イタリヤに行ったんやけど。・・・・その絵はあたしにはさっぱりわからんかった・・・・・
悪いことしたな
でも
エミちゃんも「アホ」なあたしたち友人たちにきっと、愛想つかしたんやと思う・・・
会いたいな「エミちゃん」
ではまた~