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トネリコの鍵──ブルーベルとワイルドガーリック

4月も終わるころになると私たちはソワソワし始める。ブルーベルの咲く時期がやってくるのだ。

ブルーベルはユリ科の小さな青い花だ。イギリス人がこよなく愛する花で、この小さな花と同じくらい人々に愛され、待たれている花を私は日本の桜の他に知らない。

全世界のブルーベルの、実に半数がこの国に咲いているのではないか、と言われることもある。北国の長く暗い冬が終わった後、森中を埋め尽くすブルーベルは再生のシンボルでもあって、墓地で見かけることも多い。魂の再生を祈って、昔の人は愛する家族の墓地にブルーベルを植えたのだという。今は保護対象でブルーベルの球根を掘り起こすと罰金刑にあたるし、自分の庭に咲いたら抜いてはいけない。もちろん、ガーデンセンターで買うこともできないから、ブルーベルが咲いているお墓は大抵古くからのものだ。

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ブルーベルのベルは妖精にしか聞こえない音で鳴るであるとか、ブルーベルの森は時折妖精界に繋がるからさらわれないように特に子供は気を付けなくてはならないとか、まつわる迷信も数多い花だ。こんなに美しいのに有毒で、それなのにスターチ分の多い球根は青銅器時代の人々が糊がわりに使っていた形跡がある。同じ理由でエリザベス一世のドレスの首回りの飾り(ラフ)はブルーベルでぱりっと形を保っていたといわれる。語り始めたら全く終わりが見えないのだけれど、それだけ歴史的にもイギリスにとっては大切な花ということだ。

そして、我が家にとってブルーベルは、もう一つ大切な意味を持っている。

ブルーベルは、私たちにとってはワイルドガーリックの訪れを教えてくれる花なのだ。花よりも食欲という感じでちょっと気恥ずかしいけれど。

我が家に一番近い森はブルーベルウッドであると同時に、ワイルドガーリックの群生地でもある。

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ブルーベリーウッドの中の道をテクテクあるいていると、いつのまにか、こんなふうに、植生が変わる。

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目に入る限り一面、艶やかな緑に、小さな白い星のような花。そして、気づかずにはいられない、まぎれもない、ニンニクの匂い。こんなに可憐な花を咲かせているのに、ワイルドガーリックは確かに、ガーリックの匂いなのだ。

とにかく強烈な存在感と、その匂いのおかげで間違えようがない。おかげでForaging(フォレジング・山菜摘み)の初心者にとってはとてもありがたい植物だ。唯一間違えやすいのは有毒の鈴蘭だけれど、花が咲いているときに鈴蘭とこれを間違える人はかなり珍しい。

ギョウジャニンニクのようなもの? とよく日本の人に聞かれるけれど、厳密には違う種なのだそうだ。ソースにしてよし、醤油やお酢で漬けてよし。ニラを使う料理は大抵、これをつかってもいける。我が家のお気に入りは花も含めてのおひたしだ。ごま油を入れて、砂糖醤油を絡めるから、どちらかといえばナムルに近いのかもしれない。日本にいるのだったら焼肉のたれですぐに味が決まりそう。

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ニラ玉のように卵と炒めてもおいしい。

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2020年春、コロナウィルスでスーパーにいく回数を減らしていたころは、ワイルドガーリックには本当にお世話になった。買い物にいく前日、葉物野菜が全滅したタイミングで摘みに行く。「今晩の分だけ、ちょっと分けてください」と、あまり人や犬がこない場所を選んで摘む。必要以上に摘まないのはフォレージング(Foraging野草摘み)の基本だ。

古い記録はワイルドガーリックについては相当評価が低かったようで、昔は牛の餌にしたという。けれど、その牛の乳からできたバターは微かにガーリックの匂いがした、などという話もあって、「ナチュラルガーリックバター?」とちょっと興奮したりなどもする。

ワイルドガーリックが摘めるくらいの季節から、ヨークシャーはフォレージングが楽しい季節になる。そういう意味でも、ブルーベルが告げる春の訪れは、私たちにはとても嬉しいものなのだ。



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