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【弁理士による解説】ほとんどの初心者が間違える指定役務の意味

商標登録出願を自分でやろうとすると、指定商品や指定役務を自分で選んで記載することになります。指定商品には、本当に自分がこれからやろうとする事業に関係する商品やサービスを書けば、それで正解なのでしょうか。

 大阪梅田でフィラー特許事務所を経営している弁理士の中川真人です。フィラー特許事務所では、知財の本場である米国で広く一般的に用いられている知的財産戦略のメリットを日本の法律の枠内でも極力再現できるように工夫した知財経営のノウハウを提供しています。


 今回は、ほとんどの初心者が間違える指定役務の意味についての説明をしようと思います。

出所表示と営業表示と指定商品(役務)と

 商標登録は、誰が、何に、どんなマーク・文字を営業表示として使用するかを特許庁に登録し、第三者が本当にそのマーク・文字が付されている商品や役務(えきむ)がその人から出たものかを照会することができる制度です。

 最後のその人から出たものかを「出所表示」と言い、マーク・文字を「営業表示」といい、何にを「指定商品・指定役務」と言います。
 商標登録出願には、この出所表示と営業表示と指定商品・指定役務の3つを特定して記載するのですが、問題なのは「指定商品・指定役務」をどう決めるかです。

 特に難しいのが指定役務です。役務とはサービスのことですが、商標法上の役務とは「他人のために行う労務または便益の提供であって独立して商取引の対象となるもの」をいいます。

例えば水筒を仕入れてECサイトで販売するとき

 では、あなたはAmazonのようなECサイトを立ち上げ、他の業者から水筒を仕入れて販売する事業を始めたとします。このとき、あなたが必要になる指定商品、指定役務はどれだけ指定する必要があると思いますか。下から選んでみてください。

1. 水筒(指定商品)
2. ECサイトの設置(指定役務)
3. 商品の配送(指定役務)

 正解は、どれも必要ありません。

 百歩譲って「水筒」はあってもよいかもしれませんが、少なくともECサイトの設置、商品の配送はまず必要になることはないでしょう。

 なぜでしょうか。先ほど、指定役務というのは「他人のために行う労務または便益の提供であって独立して商取引の対象となるもの」と説明しましたが、問題なのは「他人のために」の部分と「独立して商取引の対象となるもの」の部分の理解です。簡単にいうと、自社のために自社が行うサービスは商標登録の対象ではないという意味です。

指定役務と指定商品の法律的な意味

 もし、ECサイトの設置を指定役務とするのであれば、それは他のECサイト設置希望者の代わりにECサイトの設置を行ってあげるサービスを行うという意味になります。
 商品の配送を指定役務とするのであれば、それは商品の配送希望者に代わって商品の配送を行ってあげるサービスを行うという意味になります。

 指定役務としてECサイトの設置を指定するのはBASEや STORES、ShopifyといったECサイト設置サービス事業者であり、指定役務として商品の配送を指定するのはヤマト運輸や佐川急便といった配送業者です。

 そして、他人の水筒を仕入れて販売する事業を営むのに、その販売事業者が「水筒」についての商標登録を受ける必要があるかについても疑問が残ります。指定商品として水筒を指定するのは、あくまでサーモスや象印といったその製品の製造・販売業者です。さらに、ここでいう販売とは、カスタマーへの直販というよりも、小売業者への販売と捉えていただいた方がより正確です。

 このように、商標法は一見わかりやすく思えるため「素人でもできる」と簡単に手続をしてしまいがちなのですが、実際は法律用語の一つ一つに細かい定義があり、条文が定義する法律用語を日常で使う日本語の要領で解釈をして手続をしても、実質使い道のない商標登録に数万円の特許印紙を貼付しただけという事態にも陥りかねません。

商標法は手続と実務の難しさの乖離が激しい

 確かに商標登録出願の手続自体は紙に書くだけなので正直誰でもできますが、商標法は弁理士試験の科目の中でも10年勉強しても一度もマークシート方式の短答試験で10問中5点以上取れたことがないという受験生も珍しくないような、法律界でも特に解釈が難しい法律です。

 これはポジショントークではなく、商標法で何度も足を掬われた私からの忠告でもありますが、商標法ほど手続の簡単さと実務の難しさの乖離が激しい法律はなかなかありません
 商標法は保護対象の違いから解釈ミスによる損害の発生が他の特許法などの創作法とは桁違いに大きくなる可能性があり、実際に大企業でも商標法の解釈ミスによるトラブルは後を経ちません。無料相談でも話を聞くだけでもよいので、商標登録出願を自己判断で全て完結させるということは、これからきちんとした事業を行いたいというのであれば、避けられることを強くお勧めします

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弁理士・中川真人
フィラー特許事務所(https://www.filler.jp