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【弁理士による解説】特許権を侵害したら損害賠償は結局いくら支払うことになる?

特許権を侵害したら多額の賠償金を請求されて事業が行き詰まる。だからスタートアップ事業者は気をつけてという広告や記事を多く見かけます。では、実際に特許権侵害の賠償額はどのように決まるのでしょうか。

 大阪梅田でフィラー特許事務所を経営している弁理士の中川真人です。フィラー特許事務所では、知財の本場である米国で広く一般的に用いられている知的財産戦略のメリットを日本の法律の枠内でも極力再現できるように工夫した知財経営のノウハウを提供しています。
 今回は「特許権を侵害したら結局いくら払うことになる?」と言う疑問について解説しようと思います。とかく「特許権を侵害してしまい多額の損害賠償請求がされた!」と言う広告コピーを目にしがちですが、一体特許権侵害の損害賠償額はどのように決まるのでしょうか。

基本は被害回復という考え方

 日本の特許法というか民事訴訟における損害賠償は、基本的に被害者が失った財産に相当する被害額を元の状態に戻すという被害回復という計算方法を採用しています。
 つまり、本来得られるはずだった利益が100万円だったとして、何らかの侵害事件が起きて90万円に減少してしまったら、侵害をした人に10万円を支払ってもらって、本来得られるはずだった利益100万円に戻してもらうというのが典型的な損害賠償の計算方法です(102条1項)。

 ここで、利益の計算方法は特許権者が本来得られるはずだった利益を元に計算するのが楽ですが、自社のお財布事情を知られたくないという場合は侵害をした会社が侵害によって得た利益の分を特許権者にお返しするという計算方法も可能です。
 つまり、特許権侵害をした商品Aがあって、その商品の販売で得た利益が100万円だったとします。次に、商品Aから特許権の侵害がない低機能な商品の状態で販売していたら得られたであろう利益が60万円だったとします。この場合、差額の40万円は特許権者が本来得るはずだった利益として特許権者に戻すようにという損害賠償の計算方法も認められています(102条2項)。

 とはいうものの、この計算方法は他人の懐事情に踏み込んで計算をするわけですから、通常は不可能と考えるのが妥当でしょう。そして、結局落ち着く先が本来特許権者が得られるはずだったライセンス料を過去に遡ってお支払いして精算すると行った形の解決方法が用意されています(102条3項)。

怖いのは取引先との関係

 こう思うと、特許権侵害事件が仮に起きたとしても、いわゆる(俗に考える)赤字になるということにはならないと考えて間違いとは言い切れません(ぼかした言い方をしていますが、察してください。)。というわけで、フィラー特許事務所では「特許権を侵害して多額の損害賠償請求がされるから怖いぞ!」と言うタイプの広告コピーは使わないことにしています。
 とはいうものの、では特許権の侵害は経営にダメージがないのかといえばそういうわけではありません。特許権侵害によって受けるダメージは、特許権者に支払う損害賠償額そのものではなく、事後処理にかかる手間と費用と信用の低下です。

 日本の民事裁判、特に特許法では差止による「行為をやめさせる効力」に重きを置いているため、仮に特許権の侵害事件が発生すると小売店への納入や製品の回収などの対応に追われ、仮に侵害品がBtoB取引における部品などであった場合は、納入先の製品出荷にも影響が出て取引業者に多大な迷惑をかけることになります。

警告を受けたら必ず専門家に相談を

 ですから、「特許権を侵害して取引先に多大な迷惑をかけてしまい事業が行き詰まった!」という事態は十分想定しておかなければいけません。ですから、仮に他社から特許権侵害に関連する警告や何かしらの情報をいただいた場合には、その場ですぐに返答せずに必ず私たち専門家に相談の上一緒に対応するようにくれぐれも気をつけてください。
 特に、警告を送る場合はそれだけでも特許権者側が多額の費用を投じていますから、誠意ある対応をしなければ後々交渉がこじれ解決するものも解決できなくなったりするからです。

一冊の電子書籍にまとめましたのコピーのコピー

弁理士・中川真人
フィラー特許事務所(https://www.filler.jp