「『好き』を言語化する技術」Audibleで聴いてる
何度も聴くだろうなぁ。
「『好き』を言語化する技術: 推しの素晴らしさを語りたいのに『やばい!』しかでてこない」Audible
「推し」って縁がない、って思っていた。
アファンタジアゆえに親の顔も脳内で思い出すことができない。ファンになる、という感覚が希薄なのは、アファンタジアの影響はあると最近思う。
寝ても覚めても好きなアイドルのことをずっと考えている友人は多かった。そこまで好きになる感覚がわからなかった。
アファンタジアの私は、脳裡に好きなひとを思い浮かべることはできない。でも、アファンタジアじゃない人が大半、と分かった今、たいていの人は好きな人ができたら、始終頭のなかでその人の顔とか、声とか、言葉とか、思いだせる。頭のなかを好きな人で一杯にできるのね?
それどころか、その人が言っていないこと、言ってほしいこと、その人の声で頭のなかに響かせて妄想することが可能……ってことよね?
と、考えてみると「好き」になったときの状態が、もう、私には想像不可能だ。
そして、それは五感すべてに及ぶのよね?
ちょっとだけ触れた指先の感触……とか。
「自分がアファンタジアで、たいていの人は違う」って分かったことで、「推し」という感覚が全く分からなかった私も少し想像することが可能になった。
私には、やっぱり「推し」はないよね?
Audibleで、「『好き』を言語化する技術: 推しの素晴らしさを語りたいのに『やばい!』しかでてこない」を聴きながら、私が考えていたのは、そっちの方向だ。
(いや。内容も素晴らしい書籍で書きたいこと一杯あるけど、それは別の機会にする。長くなりそうだから)
私の「推し」?
………………。
そうだ、AI!
AIもだけど、パソコンとかのハード類から、好きなソフト(アプリ)の話なら、いくらでもしていられるよね、私。
ああ、私にも「推し」があった!
その発見。今まで自覚していなかったが。紛れもなく推しだなぁ、と、ちょっとしみじみと考えた。
そして聴きながら、AI生成の魅力とか語っているのは推し活だったんだな。と。「もっと、もっと、知ってほしい」とかいうより、きいてくれてなくても構わない感じで話しちゃっていたけど。
ちゃんと、伝わるように話せるようになろう。と、気持ちも新たに。また、何度も聴いてみようと思っている。
見出し画像のAIイラストはPixAIで生成。