「本当の自分を見つける文章術」読み始めた
先日、ナタリーとジュリアの記事のコメントで、BOKEMIANさんから教えていただいたブレンダ ・ウエランドの『本当の自分を見つける文章術』。
24日に届きました。
BOKEMIANさんは、ジュリアがno1で、no2ブレンダ ・ウエランド、no3がナタリー! というのだから、これは読まない手はないな、と。
紙の本のみだから、Kindle本をメインで漁っている私には見つけようもなかった💦
教えてくださり、大感謝です!
レビューには、ジュリアやナタリーを読んでいるなら不要では論、もあったけど。私は、そんなことはない、と、なぜか直感していた(というか読書傾向の似た方々が読んでるだけでも価値ある)。
本を手にしてみたら「逆だ」と思った。ジュリアやナタリーを読んでいた下地がなかったら、この本、私には難解すぎて理解不能だったろう。
つくづく、出逢いは最良の瞬間にやってくる、というシンクロニシティ的なことを実感した。
それに、1P目(はじめに)を見たとき、これは私が読みたかった本だ! と、分かった。ジュリアの本のなかにも、似たような記述があったから。そこは、とても気になっていた部分で。そこを深掘りしてくれる人や書籍、が私には必要だと思っていた。
そもそも、もくじだけでワクワクしちゃったよ。
今、半分くらい読んだところだけど、実はブレンダみたいな人、身近にいる。私、恵まれているのに、最大活用できてないな💦
衝撃を受けた言葉。
うわっ。心の奥底がズキっ、と痛みみたいな衝撃をうけた。
私、「演じる」とか「唄うときに心を込める」という行為ができない。
もちろん、役者さんが感情をこめた素晴らしい演技をしていたり、感情のこもった豊かな唄を披露する。それは見たり聴いたりすればわかる。ちゃんと感動の渦に巻き込まれてボーっとしちゃったりするし。
けれど、それを自分で表現する、となると意味が分からない。すべての感覚モダリティが脳内再生できないように、「感情をこめる」が分からないし、「モノマネ」芸なんて神業だよね。どうすれば、似せられるのか見当もつかない。
アファンタジア故なんだな、と、納得したのも最近のこと。
練習するけど弾かない、それにしても恐ろしい言葉だなぁ。
私は、幾らでも書き殴るけど。それは練習だとは思っていないけど。誰にも見せない文章も、こうやってnoteで公開する文章も、変わりなく書き殴るけど。深く、とても大事な部分を突いてる言葉だ。
その瞬間に没頭してないし楽しんでいない、ってことよね?
それは自覚なく、でも他の人には分かってしまうのか……、などと。色々な思いが巡る。
度々書いてるけど。私は、2019年に「メモの魔力」を読んで以来「抽象化」の意味がわからず、そこからずっと「抽象って何?」という旅をしていた。かなり、理解は進んだと思うけど、まだ旅は続いている。
その過程で知ったのは、アファンタジアの私は「抽象」の世界にとっぷり浸かって生きてた、ということ。抽象のただ中にいるから、抽象が全く理解できなかった。とはいえ、これって俯瞰できるの?
その時と同じように「練習するけど弾かない」という事柄を、深く知る旅を始めてしまったみたい。
いや、そこじゃないでしょ! って、言われそうなのだけどね💦
ゆっくり先も読み進めます。
抱えている私の課題を解くヒントが、見つかるといいなぁ。
見出し画像はPixAIで生成。