ポジティブとネガティブ……思うこと
HSS型HSPだと分かっても、相変わらず自己啓発系の本が好き。アファンタジアのせいで小説などにくらべて読み易い、というのはあるけど。外向型優位の世界観を理想として書かれたそれらの内容は、私には実行不可能なことが多いのに不思議だ。
内向型だろうがHSS型HSPだろうが、ポジティブなほうが良いことは変わらないと思う。
ただ、ちょっと私が気になっているのは、ネガティブを封印するって、どうなのかな? ってこと。
心のなかのネガティブに「気づいて」「手放す」のが良いのだろう。だけど小さい頃からの癖で「よくない思考」は封印。って、してた気がする。
小学校から高校まで(幼稚園は怖くて結局通えなかった)、私の内向を外向的になるように指導・矯正しつづけた様々な先生方。こんなに内向的で大人しくて危なっかしくて人生やっていけるのか、と、案じてくれていたのだとは思う。
今、自分が内向型、HSS型HSP、と、判明して納得しても、私は、共感性が高い、とか、敏感、とか、繊細、とか、全くピンとこない。
社会適応のどこかの過程で、全部、落っことしてきてしまったような、そんな気がしてる。
幼い頃のも極度に臆病・怖がり、感情的で癇癪持ち、ひとりでどこまでもトコトコ歩く冒険心。過去を思いだしにくいアファンタジアが、小さなキッカケで少しずつ思いだしはじめている。
身近な人が何か言う前に、してほしがっていることに気づいてしまう。言われる前にしてしまい驚かれ気味悪がられる。
なんとなく学んで、いけないことなんだな、と、子供の解釈で封印してきた。
その延長で、「ネガティブは良くない」と納得したから、ネガティブを封印した。のかな? 心のなか、ポジティブばかりで埋め尽くされている状態に……してみた気がしてたけど、きっとこれ、違うんだろうな。
ネガティブを手放すのではなく封印し、そのときに感情も一緒に封じた。みたい。内向的やHSS型HSPの特徴、美点、才能、といわれることを悉く、自分で叩き潰してきたのかなぁ、と。
こんな風に考えること自体が、内向型・HSS型HSP、の特徴なのかもしれないけど、違うかもしれない。その区別も、今は良くわからない。
内向型・HSS型HSP、それが許される世界に急に放り込まれて、吃驚しているのかなぁ? なんて。
きっと、色々調べたり、自分自身でも探究したり自分自身を研究したりするうちに変化するのだし分かる。
今の、こんな、もわもわで不思議な違和感。でも、柔らかな開放感も感じる。そんな瞬間、心の感覚をちょっと記しておきたくなった。
内向型HSS型HSPという素のままの本来の自分に戻ったら、きっと味わえなくなる感覚なんだろうな、と。そんな風に感じたから。
素に戻る決心したからね。
AIイラストはPixAI-Rosebudで生成。