いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第14話「包丁の基本」
「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングルへ向かった…
■ あらすじ
和食の板前を志し、アメリカから日本へやって来た若者・ジェフ。アメリカの日本料理店でも修行を積んではきたものの、本場・日本で経験を積みたいという思いが募りついに来日。東西新聞社の谷村部長は、何の縁か、ジェフに修行先を紹介してやるなど世話を焼いてやる。あわよくばジェフで特集の一本も組めるだろうという狙いもあるかも知れないが、『美味しんぼ』作中トップクラスの人格者、谷村部長をしてそのような思惑はあくまで上層部への建前で、根本は単純な親切心での行動と思いたい。
谷村部長が紹介したのは、アメリカで複数店舗を展開している和食店の本店。ここならジェフも馴染めるだろうという谷村部長の心配りだったのだが、この店の花板の振る舞った刺身の味は一行の満足できるものではなく、ジェフはパフォーマンス重視の店の姿勢に辟易し「ぼく、この店で働くのいやです…」とストレートに拒否してしまう。
(なんというか…もうすこし手心というものを…)
当然、「外人を受け入れてやる」つもりであった和食店側は大荒れ。そりゃそうだ。花板は「これだから外人は嫌なんだ、刺身の味がわかってたまるかい!」と激昂する。ジェフも負けじと言い返すが、料理人の資質(right stuff)は口で証明できるものではないだろう。そこで山岡が助け舟を出す。
この山岡の発言は、すでにカッカしている店側の火に油を注いだ、大火事大荒れ。結局ジェフと花板とでスズキのあらいで勝負することになった。
山岡は馴染みの日本料理屋「鯛ふじ」の主人にジェフを鍛えてやってくれと頼む。この主人、氷塊からあらいを作るのに盛り付ける氷を柳刃包丁で削り出すというスゴ業を持った達人である。もちろんこれは最初に連れて行ってもらった和食店でのパフォーマンスのようなものではなく、氷は細かく切れば刺身の熱を効率よく吸ってくれるという、あくまで美味しさを追求したがために生まれたスゴ業なのだ。
ジェフは「鯛ふじ」の主人に惚れ込み、ここで修業させてくれと頼み込む。主人は大根のかつらむきを「夜の目も寝ずに命がけでやってみなはれ」と言いつける。正気にては大業ならず…ってことか。
ジェフは言葉通りに夜の目も寝ずにひたすらかつらむきに取り組む。向こう側が透けて見えるように薄く、しかし途中でちぎれない。包丁で天使の羽衣を織るようなものであるが、花板との勝負の直前、ジェフはついにその妙技を体得する。
そうして迎えた勝負のとき、パフォーマンスを交えながらスピーディに軽快なリズムであらいを仕上げていく花板だが、試食した栗田は「なんだか水っぽい…」と低評価。ジェフは少し時間がかかりながらも、体得した氷切りのスゴ業も披露、師匠の仕事を見て覚えたあらいで相手を屈服させる。
社長は、最も大事なことを忘れていた、と反省し
「私が花板に変な演出を強要したのがいけなかったんだ…」
「我々はもう一度やり直そう」 と花板に語りかける。
社長の人格者ランクがうなぎのぼりだ。今のところ、谷村部長とまではいかないが、大原社主よりだいぶ上にランクインしている感がある。
調理の技術とは、美味しいものを作るための技術で、技術を引き出す道具は必要があってその形をしているという、技術と道具の根源的な関係性に触れられた回でした。柳刃での氷切りがいかに見た目に派手であっても、それは美味しさを追求した結果生まれた技術なのだ。見た目ばかりで内容(味)が伴わない技芸は本末転倒ということを鋭く指摘する回であった。
◆ 将太の寿司 -1.0
このコマの絵見たことあるな…と思ったら『将太の寿司』の包丁回とそっくりだった。
断面の細胞を顕微鏡で拡大したような表現は本当に瓜二つ。
ちなみにしばらく刺身の断面を本当に顕微鏡で観察した画像があるのか調べてみたがヒットせず…当時の和食専門誌にでも載っていたのだろうか。
続いて「鯛ふじ」主人の大根かつらむきのシーン
『将太の寿司』下段の画像で椅子に立たずともキレイにかつらむきが仕上がることが分かる。なぜわざわざ上段の画像で椅子に立つシーンを入れたのか。なんとなく、共通したモチーフがあるというよりは、後世の料理漫画に『美味しんぼ』が与えた影響が大であると解釈するほうが自然なのではないかと思う。『美味しんぼ』は(昔は)偉大な漫画だったと言う風に受け止めたい。
◆ 栗田、シャッキリポンの兆候あり
不穏なワードが飛び出した回。
刺身の歯ごたえの良さを「シャッキリ」していると表現することは無くはないので、この時点では【要経過観察】。
こんなのは本当のシャッキリポンじゃない、10年後くらいにまた来て下さい、本物のシャッキリポンを味わわせてあげますよ。
◆ パフォーマンスと味
客を魅了するものがなくては店はやっていけない。他の店よりも優れている何かがないとすぐに潰れてしまう。それが味につながっていれば言うことはないが、得てしてそんな一石二鳥のやり方はすでにやり尽くされていて、現代の飲食店は本当に大変だと思う。ふつうのことをしていて客が入るような時代じゃないんだろう。ただ、店の個性を出すために、方向性を見失ってわけのわからん食材に手を出してみたり、youtubeで店内を生放送してみたり、高価な事自体をウリにしたり、合理的でない派手なだけの盛り付けをしたり、ロクでもない方向にひた走っている店があるのも事実。個人的には鉄板焼きというものはジャンル自体がそういう分野だと思っている。あれはパフォーマンスも味も中途半端すぎるとおもう(そのくせ高い…)鉄板焼きの良さがわかんない…(「明日また来て下さい、本物の鉄板焼きを味わわせてあげますよ」)
◆ SNSと飲食店
スマホ・SNS時代の業なのか、内装が良くて料理の見た目がハデで、オリジナル的な料理があれば味は「そこいらの居酒屋の方が美味いなあ」ってレベルでも”バズる”し、バズがさらなるバズを呼ぶ。しかも値段もけっこうな額とくれば、「〇〇って店に行きましたー」で写真とってSNSにアップしたらビューが稼げて承認欲求が満たされやすい。そういう装置になっている飲食店、多いんじゃないかと思う。
中華街の回(第11話 「手間の価値」)にもあった通り、メディアが「これが美味」と称賛すれば、いっちょ食べてみるかと客足はワッと増える。見た目が派手な演出にも心を惹かれやすい。当時は雑誌だったものが現代ではSNSに替わっただけだ。たぶんこれは時代が変わろうと、人間という生き物の社会的本能としてずっと不変であろうと思う。SNSがなくなっても、その役割を担う何かがまた生まれるだけだろう。
◆ 今さら読む『美味しんぼ』
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・実は、本業は…
私の本業は観光促進、移動交通におけるバリアフリーを目的とする組織のイチ職員で、食い物のことに関しては偉そうに話せる立場にないんです。≠鉄道オタク の視点で、日本の鉄道はこれからどうなっていくのか、特にローカル線って維持するのがいいの?すべきなの?っていうところを考えるためのマガジンも出しています、もしよろしければ是非以下を…
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