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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第21話「料理のルール」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングルへ向かった…
【この回はすごいぞ!】とだけまず言わせてください、そして必然的に(?)長文になります、ご容赦を。 


■ あらすじ

 海原雄山(初期ver.)ここにあり。胸糞&スカッと山岡

 フランスはパリの有名店「ル・キャナル」が東京に支店を出すということで、その開店披露パーティーに招かれた東西新聞文化部一行(谷村部長・トミー副部長・山岡・栗田)お仕事とはいえ、超高級レストランのディナーに招待されるなんて役得がスゴイ。谷村部長は文化部部長を務めるだけあってパリの本店にも訪れたことがある粋人。(私はずっと谷村部長推しです)

谷村部長尊い…作中唯一の常識人でプラス粋人とは恐れ入る。

 同じ宴席にはやはりというべきか、海原雄山も招かれていた。まあ作中日本の料理界で、トップ・オブ・トップに近づけば近づくほど、こういった席で雄山を外すことなど出来ないだろうなあ…
 オードブルや魚料理が運ばれてきて、東西新聞文化部一行はその目にも美しい美味に舌鼓を打ち、パリ本店を訪れたこともある谷村部長も手放しで称賛する。
 しかし!雄山は運ばれてきた料理のそのすべてに「ル・キャナル」側にも聞こえるような声でケチを付けはじめる。

「フランス人というのは能がないな、何にでもバターと生クリームを使ったソースをかけなきゃ気がすまんのだからな」
「フランス人は魚の食い方を知らんな」

フランス料理の店に招かれていてこの言い種はまさに傍若無人
「うちの料理人なら(中略)酒蒸しにするだろう、その方が魚の風味を充分に引き出す」と豪語。いやそれは和食の話であって、いま食べているのはフランス料理なんだよムッシュ雄山…という言い訳は通用しない。天上天下唯我独尊、それが海原雄山(初期ver.)

お追従を打つ他の招待客も大概無礼だ。お前ら招待されて来たんちゃうんかい。

 日本人には日本料理・和食が一番だぜっていうごく当たり前のことを言っているに過ぎないのだがTPOをわきまえて欲しい。フランス料理店の開店披露の席だぞ。そこに招待されておきながら、フランス料理を貶めることを言うのはいかがなものか…

 気を取り直して肉料理。「ル・キャナル」自慢の鴨の料理だ。ローストした鴨に、鴨の骨をプレス器にかけて骨髄を抽出しソースにする。伝家宝刀の一閃を食らって東西新聞文化部一行はたちまちノックアウト。山岡も「素晴らしい」と手放しで称賛だ。
 しかし海原雄山は「ソースをからめずに、そのまま持ってきてくれ」とオーダー。これはフランス料理にとって最大の侮辱で、フランス料理の真髄はソースにあるということを知らないわけがないだろうに、またも傍若無人な振る舞い。そして肉が運ばれるや…

たぶん左の彼は中川(初期ver.)でしょうね、悪い顔しやがって…

 といってなんと手下(おそらく中川)に用意させたわさび醤油を取り出して鴨肉に添え「うむ、この方がうまい」と言い放つ。そしてなんと同じテーブルについた招待客にもわさび醤油を振る舞い
「血のソースとやらで食べるよりわさび醤油で食べたほうがよほど美味いだでしょう」と一発かます。同卓の招待客も血のソースよりもわさび醤油の方が美味い、さっぱりしてる!!などと雄山の知見を褒める。ムチャクチャだ。

 イエスマンに囲まれ気を良くした雄山はとんでもない放言をブチかます。

真ん中の黒タイの男性が「ル・キャナル」のオーナー、殺気がほとばしっている

 いや、普通に営業妨害では…?という読者のハラハラもなんのその。雄山はいかにフランス料理より日本料理・和食の懐石が優れているか一席ぶち、またまた取り巻きもそれをヨイショ…なんとも汚らわしい宴席と成り果てたものだ。呼んだ相手が悪すぎた。私でさえ読んでてイライラしたシーンだ、しかしこんなものを見せられて黙っていられないのが我らが山岡士郎である。雄山と雄山をヨイショする奴ら、おそらくハイソサエティらを「情けない連中だ」と一言で切って捨てる。もちろんグルメ戦闘民族・山岡のことだから、ひとりごちたようであっても相手に聞こえるように言っているつまり宣戦布告だ

「感受性がせまいんだ」 ここまで言ってはバトルは不可避

 「懐石料理の方がカモ料理より上だなどと言って喜ぶに至っては、料理愛国主義の発露ともいうべきで、こっけいでみっともない」
 歯に衣着せない直截な批判をリアルタイムで雄山と取り巻きにぶつける。
 雄山は論点はフランス料理と懐石料理の”完成度”の差とし「懐石料理は料理人の指定した食べ方を無視したら料理は崩壊する、それだけ完成度が高い証拠なのだ!!」と言い張る。対する山岡も「それは勝手な思い込みだ、懐石料理はそんな不自由な物じゃないさ」と真っ向勝負の構え。となると行き着く先はグルメ戦闘民族同士のバトルしかない… 「ル・キャナル」のオーナーやスタッフは心からこんな奴らを招待したことを悔いているだろう。場外乱闘までおっぱじめやがって、まったくなんということだ…勝負を受けることにも谷村部長らは「海原雄山が指揮して作る懐石料理は完璧に決まってる、指定された以外の食べ方なんか出来るわけがない!」「これは勝ち目がないぞ!」と狼狽周章するばかりだ。

この雄山のドヤ顔がたまらない、倒すべき巨悪感に満ち満ちている。

 戦闘民族たちは有言実行、「静水亭」という料亭を舞台にバトルが始まる。

美味しいものには国境はない=日本料理・懐石サイコー!のマインド

 そして雄山が用意した料理は「完璧」を豪語するに恥じぬ仕上がりで、雄山が招いたと思しき外国人ゲストも東西新聞社一行もぐぬぬして称賛するしかない… 突出し、椀物、造り、隙がないよね。でもオイラ、負けないよ!

 隙のない品の数々から、山岡が着目し、反撃に転じたたのは造りで出されたカツオの刺身だった。雄山はカツオを生姜醤油で食えと指定し、その場にいる山岡以外の誰もが、そのシンプルさも相まって、これ以上の食べ方などあるはずもないとシャッポを脱ぐ。しかし!山岡は仲居に「マヨネーズを持ってきてくれ」と意外な注文。おいおいマヨネーズなんてどうする気なんだ…と思ったら、山岡はマヨネーズを醤油にぶっこみ、食ってみせる。何をやっているんだこのアンポンタンは!とゲストも、身内のはずの東西新聞社一行も呆然としている。山岡の奇行とも言えるこの行為に、しかし栗田は果敢にもトライする。

「美味しい!!」

 栗田のピュアなリアクションにつられてか、ゲストらもトライしてみると、大絶賛であった。当然雄山は怒髪天を衝く勢いでブチギレ。
「みんな舌も頭もどうかしてしまったのか!?」とちょっとヤバめな発言まで飛び出す。頭て…

 取り乱す雄山に、栗田は臆さず…

栗田はこの時から雄山を掌の上で転がす術を心得ている…やはり強者だ。

 栗田に煽られ、食ってみる雄山。!!という文字、表情、それらが全てを物語っている。雄山はこれを美味と直観で認めたのである。しかしそれでも雄山は「こんなのは邪道だ」と苦しい言い訳をするのだが、山岡に「同じことを『ル・キャナル』のオーナーは言いたかっただろうな」と雄山の自国料理至上主義を批判する。

文化の理解、尊重。この時の山岡のセリフは非常に重要だ。

 ここまで喝破されては雄山もたまらない、捨て台詞を吐いてこの席を立つが、この後「ル・キャナル」の料理を絶賛し、己の過ちを(詫びることはないが…)見つめ直し、彼なりの反省を示すのであった

まったく素直じゃないんだから…

◆ 非常に示唆に富んでいる回

 この回はほんとうにすごいことをやっていると思う。取り扱っているのは単なる味の優劣ではなく、異国の文化に接する心構えだ。雄山は日本の懐石料理が至上と思い込み、フランス料理の名店の味を公然と侮辱した。だって食ってるの日本人だもん、いまだにステーキに醤油つけて「これが美味い」と言っている日本人なんだもん、でもそれはそれでいい。自分の味覚に素直になることは悪いことではない。ただし相手のフィールドに乗り込んでいって、そんなことをするやつは無礼で野蛮だという、異文化との邂逅において非常に重要な「態度」の話をしている。単純に骨髄と血のソースをかけるのと、わさび醤油をつけるのと、どっちが美味であるかなどという比較をしているのではないのだ。相手の文化や伝統に敬意を持ち、どうやってそれを尊重する態度を示し、受け入れるのかについて、この山岡の喝破以上の金言を私は知らない。
 ともすれば、連載当時の過剰に西欧圏の料理がもてはやされていた時代に、雄山のわさび醤油は痛烈なカウンターであったかもしれない。スカッとした読者も多くいたのではなかろうか。
 しかしながら、日本人の口に合うことが、すなわち食文化の価値ではないということを山岡は身を以て証明した。自国の食文化に誇りを持ちつつ、相手の食文化を尊重し受け入れる態度。連載から30年以上の時間の隔たりがあろうとも、こうした態度の重要性は不変のものだと思う。この回から学んだことを大切にして、私もこれから異文化との邂逅の際には思い出すようにしたい。こういう問題提起が出来る『美味しんぼ』(初期)というマンガには、やはりそこからしか得られない栄養素がある。それを明確に示す回だ。

◆ 雄山(初期ver.)とってもゲスい

勝負当日にいきなりこんな無茶振り。性格悪いっすねえ…

 いやいやそんな約束なんかしてねえ!
 …といって席を立つことは、もはや東西新聞社としては出来ない段階であることをよく分かっていて、ふっかける雄山。
 しかも素直に謝ることはプライドが邪魔してか、門下に抱えている弟子たちの面目が潰れることも厭うてか、出来ないのが雄山だ。まあその後謝罪の意味を込めてか、「ル・キャナル」を称賛する記事を書かせたりしているのだが…(サバの回と同じようなキレかたと結末だ)2度同じ負けパターンを食らわされた雄山の株は下がり続けている…
 「ル・キャナル」招待宴席での振る舞いといい、雄山(初期ver.)のいやらしさゲスさが全面に出ている。本当にこの回はすごい。

◆ フランス料理の進化スピードの速さに驚く

 「ル・キャナル」開店披露の席で雄山が言い放った問題発言がこれである。正直3,40年前ならこの感想に意義がある人は相当少なかったと思われる。

何にでもバター、クリーム…かったるいぜえっていう批判は当時性があったかも。

 しかし最近のフランス料理は違う。「素材の良さを引き出す」方向の料理が称えられる傾向にある。もはや和食の双子のようなものだ。実際にフランス料理で和食のだし汁、昆布とかつお節を用いることは既に一般的になっている。実際に料理の現場では、ダシDashi、コンブKombu、カツオKatsuo、シイタケShitakeなどはそのまま単語として使われる。一方で日本料理もフランス料理のエッセンスをふんだんに取り入れるようになり、ミックスアップが進んでいる。ヌーベル・キュイジーヌ後のフランス料理とはもはやフランスの伝統料理のみを意味せず、この世で最上の美味を追求した料理体系という意味をも有するようになり、科学的に料理にアプローチする先端ガストロノミーとのミクスチャーも進んでいる。最先端最高峰のそのまた先へ行こうとする止まぬ探究心にこそ敬意を表したい

◆ (小ネタ)「ル・キャナル」のモデル

 鴨肉に鴨の骨をプレスして抽出して取り出した骨髄と血のソース…これは文句なしに「トゥール・ダルジャン」だろう。「トゥール・ダルジャン」は日本にも支店があり、日本人の口に合うアレンジを加えているそうだが、パリに行かずとも、骨髄と血のソースの鴨を味わうことは出来るぞ!


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