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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第3話「寿司の心」
「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングル(LINEマンガで30話ほど無料!)へ向かった…
■ あらすじ
相変わらずやる気のないことにかけては筋金入りの山岡士郎。「旧っ曲のメニュー」づくりの企画でタッグを組まされている新入社員の栗田ゆう子は、相手が先輩社員な上に超クセ強だから大変だ。栗田は職場に馴染むため、山岡との距離を縮めるために、おむすびを作って持ってくるのだがそれを一口食べた山岡は「30点。」と言い捨て(おそらく)競馬場へと去る。こんなやつとまともに関わり合いになってもムダだろう。栗田、諦めろ。
しかし、栗田も、そして「究極のメニュー」づくり企画の担当部署である文化部の長、谷村部長も、山岡のことを見放していない。ゆっくりと話をしよう、と大原社主と銀座の寿司屋で一席設ける。副部長の富井は上にヘコヘコのノンポリである。
その寿司屋がよろしくなかった、粗相ともいえない少しの作法お間違いをした客を怒鳴りつけ、失言ともいえない客の軽口を受け流せず、激怒して追い返してしまう。そんな店でメシを食うのは、己を苦しめるに似たりだろう。
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こんな高尚なことを言っておいて次のコマではこれである。
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栗田が雰囲気に気圧されて注文にまごついていると、「自分の食べたいものもわからない、貧乏人の小娘はこれだから」とかなりの人格攻撃をされる。「おたくみないなのは、スーパーで売ってるパックのスシでも食ってればいいんだ」とまで言い放つが、自分のところの社員がこんな扱いを受けているにも関わらず、同席している大原社主は「おいおい、オヤジ。いい加減にしてやれよ」と鷹揚に返すのみだった。
これに思うところがあった山岡は、オヤジのスシを一貫口にすると「オヤジの言う通り、パックのスシを食え」と言い放つ。あんまりだ…と思いきやこの発言には続きがあり、「この店のスシよりスーパーのスシのほうがうまい。」と放言する。当然オヤジはおさまらない。包丁を山岡に突きつけ、これ以上下手なことを言ったら●してやると言わんばかり。実際「ブッ殺されてえのか!!」と凄む。(言っちゃった!)
山岡は物怖じする気配もなく「おまえに本物のスシを教えてやるッ!」と返す。
【◯日後、■■へ来てください。本物の△△をお教えしますよ】の美味しんぼ構文のお披露目会でもある。
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指定の時刻、山岡は佃島の雑居にある寿司屋にオヤジや大原社主はじめ東西新聞社一行を案内する。そこには銀座で名を馳せた名人がこじんまりとした「まちの寿司屋」をやっていた。銀座のオヤジと、まちの寿司屋、どっちが美味いか食べ比べてみると、満場一致でまちの寿司屋に手が上がった。この裁定に納得のいかないオヤジ、山岡は大学病院でオヤジとまちの寿司屋の握った寿司それぞれのCTスキャンを撮り、その違いを視覚で認識させる。実に科学的なアプローチだ。2人のスシの大きな違いは握り方、それによって生まれるシャリ同士の空隙の作り方にあり、まちの寿司屋の方はシャリ同士がふうわりと適度な感覚を保っているのに対し、銀座のオヤジのスシは空隙がなくガチガチに握り固められているということが示唆される。
*ふうわちと、が太字なのは「〇〇の寿司」を一回でもヤッたことのある前科者には刺さるだろうという下心
しかし、オヤジにしてみれば「なんでこんなことまでされなきゃいけないんだ」と思うのもムリはない。こんなことまでして「いったいてめえにどんな得があるってんでえ!!」と怒鳴り散らすも、勢い虚しく、背を丸めて去っていった。山岡は「俺は…ただ言わずにおれなかっただけさ…」とバツが悪そうにつぶやくのだった。オヤジのスシをまずくしていたのは驕り高ぶった心であり、山岡は「食い物はみんな心さ」と初めて自分の信念のようなものを口にする。その信念に基づけば「究極のメニューなんて言うが、その心をどうやって表そうってんだ…表せっこないッ。」ということになるのだろう。しかし栗田はそれを聞いて逆にヒートアップしてしまう。「このおじいさん(まちの寿司屋)は真心を握ろうと一生かけてやってるわ、なのに山岡さんはどう!?グータラで何もしないで、えっらそーに能書きたれてるだけじゃないの!」と、銀座のオヤジに傷つけられた自尊心や名誉を回復してくれた山岡に対して随分なことを言う。日頃それだけ溜まっていたのだろうか…言ったあとで言い過ぎたと思ったのか、この1コマの表情や間が非常に雄弁であるように思える。
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後日、栗田は言いすぎた詫びであろうか、もう一度山岡におむすびを作って持って行く。山岡は一口食べると「もらっていくよ、競馬場は腹が減るからな」と言っておむすびをもらって去る。これは完全に個人的な推察だが、おいしいスシの秘密を科学的に知ったからと言って一朝一夕におむすびの技量が上がるわけではないだろう、このおむすびも30点よりちょっと上の程度でしかなかったのではと思っている。ではなぜ山岡は「もらって」いったのか。それは2人の心が少し通じあったからだと思う。山岡は「料理は心だ」と言いつつ、おむすびを作ってくれた栗田の心を知ろうとしなかった。栗田は日々の雑用に追われながらも、必死に距離を縮めようと努力していて、それを山岡は汲んだのだろう。というか、この最高に可愛い栗田を見てくれ、この表情でおむすびを渡されて、なおも無下にすることが出来る人間はこの世に存在するのだろうか。
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あらすじ紹介が長くなってしまったが、それは私がいまのところ一番この話が好きだからだろう。栗田かわいい最高。山岡は少しずつその心根を見せ始めているし、物語が動き始めている感じがとても良い。
「おむすび、どうですか?」は最高。最高すぎ。この後、空気読めない+毒舌+嫌味だらけになる栗田にも可愛い時分はあったのだ。
■ 言わずにいられない山岡という男
山岡という男の本質、それが「言わずにいられない」というところだろう。今回オヤジに喧嘩を売ったのも山岡としては、栗田を助けたというよりは、驕り高ぶった精神で握られた美味しくないスシを出されてむかっ腹がたったのでやり込めたというところだろう。食に対しての妥協のなさ、というよりは「名声だけを有難がって、実を見ようとしない」ことに並々ならぬ怒りを覚えているようにみえる。これは第2話のアンキモの回にもその発露が見れる。究極のメニューづくりに協力してもらおうと大原社主が声をかけた食通が、やれ黒海のキャビアだ、タイの燕の巣だ、ロマネ・コンティだ、シャトー・ムートン・ロートシルトだ、とブランド物を有難がっている中で一人山岡は冷めている。むしろそういったブランドの名前が上がるたびにどんどん山岡は「くだらねえ~~」みたいな態度を表に出す。しまいには大あくびまでかく。
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「言わずにはいられない」それが山岡のらしさ、山岡イズムというべきものなのだろう。今回のオヤジにしてもここまでこてんぱんにする必要はなかったし、そもそも店の態度が気に入らないなら黙って席を立てばいい。だが、こと食べ物のことで名ばかりをありがたがり、実を見ようとしない態度や本質を見誤って高説を垂れるやつがほんとうに心の底から嫌いなのだ。だから山岡は行く先々で喧嘩を売る。
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このバツの悪そうな表情。山岡も自分の性質をあまり自分で好んでいないのかもしれない。
■ 栗田の味覚の確かさ
銀座のオヤジとまちの寿司屋と、どちらの寿司がうまいのか食べ比べをする段で、谷村部長や富井副部長は選ぶのに難儀していたが、栗田の鋭敏な味覚は差異を見つけ出す。「ごはんが右(まちの寿司屋)の方が、ごはんがサラリと崩れて、ネタとたくみにとけ合う感じ」と旨さの理由までピッタリ正解だ。彼女の味覚センスは群を抜いている。
■ ツッコミどころ
シャリの握り方に違いがあることを銀座のオヤジにわからせるためとはいえ、大学病院でスシのCTを撮るのはあきらかにやりすぎだ。ちなみにこの大学病院は山岡の母校・東都大学の大学病院である。山岡が技師に「頼まァ、造影剤をまぶしたコメで握ってあるから。」とスシを手渡すのだが、いつそんなことをしたんだ山岡…造影剤だと!? CTで使う造影剤といえばヨードとかか?人体には基本的には無害だが、副作用が出ることもある。そんなスシを別に握らせたのか、それとも食べ比べをしているときにはシャリに造影剤がまぶされていたのか…
そして最大のツッコミどころはここ。
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どっちがどっちのスシを握ったかわからないように目隠しをして食べてもらう、というのだが、みんなカウンターの上に置かれたスシを迷うことなく手にとって食っている。いや、見えてるだろ!わかってるだろ!
■ 今さら読む『美味しんぼ』
今回は、山岡の性質にフォーカスがあたった回であり、社会問題等に言及する回ではなかったため、連載当時の状況をふりかえっての本作の意義には触れられなかったが、こういった己の腕に溺れた料理人が客を露骨にぞんざいに扱うというのは、もしかしたらこの時代に顕著だったのかもしれない。(いまはもっと陰険なやりかたをする)
また次の話も、このテーマで感想のマガジンをつくっています。『美味しんぼ』はいいぞ、初期は。
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